第8話 窓のロンドン塔

7月29日

メアリー新女王誕生で

興奮冷めやらぬロンドン郊外


騎馬隊がゆっくりとやって来る

「Wow! Oh! Sir! Wow! Oh! Sir!・・」


3,000頭の騎馬が

一歩ずつ呼吸を合わせている

並大抵の訓練ではここまで到達できないだろう


「Wow! Oh! Sir! Wow! Oh! Sir!・・」


騎乗する兵は皆

緑地の服、その胸に白い飾りで統一

チューダー家の象徴だ


そしてその先頭には豪華3頭建ての馬車


「Wow! Oh! Sir! Wow! Oh! Sir!、

Ohhhhhh,Sir,Yes,Sir!」


コルチェスター街道沿いを

市中心に向かって西に進んでいた行進は


市中心までの途上残り10㎞で止まる

そこは広大な敷地を有するサマセット邸だ


何故ホワイトホール宮殿まで進まないのか?


馬車の扉が開く

姿を現したのはのはメアリー新女王ではない


20歳に成長したエリザベスだ。


エリザベスは

メアリーの勝利を確信して

ようやく、

ハットフィールド宮殿から動いた


目的は

先にロンドンに入城し、

メアリー新女王を出迎え祝福する事だが


ロンドン入城を目指すメアリー新女王は、

この報に驚く

「ルナールよ。まさかエリザベスが反旗を?」


英国はやはりプロテスタント国


現実に今付き従ってる兵も

殆どがプロテスタント。

もしやロンドンに到着すれば

エリザベスに囚われるのでは?と恐れたのだ


スペイン大使シモン・ルナールは答える

「メアリー陛下、心配には及びませぬ。エリザベスはそのような軽率な行動は取らぬでしょう。堂々と慌てずロンドンに入城するのです」


8月3日 

メアリー一行もコルチェスター街道に入った

すると屈強な兵士と共に

跪いて待機しているエリザベスを目にする


メアリーが近づくと3,000人の兵士全員が

立ち上がる

「Yes Sir!」

掛け声を上げ一斉にメアリーに敬礼し、

息ぴったりにまた跪く姿勢に戻った


メアリーは感激し、

エリザベスの下に走り、抱擁する


そして、手に手をとって、二人並んでロンドン市内に入城

時折、笑顔で話す姉妹の姿に、

ロンドン市内は大歓声に包まれる


エリザベスの作戦は成功だ

メアリー女王の信頼を勝ち取ったのだ


しかし

ルナール大使は警戒していた。

この国はプロテスタント勢力が強く、そのトップに君臨するのがエリザベスだからだ。


それに屈強で訓練された騎馬隊をエリザベスは見せつけたではないか。


・・なんといっても、今やエリザベスは王位継承者の筆頭・・


ルナールは皇帝カール5世に手紙をしたためた。


皇帝カール5世の息子フェリペ(後のスペイン王フェリペ2世)とメアリー女王との婚姻を打診したのだ


当時フェリペはポルトガル王女との婚姻が進んでいる。だからこの縁談は難しいと

ルナール大使は覚悟したが


「英国宮廷がカトリックである我らを受容れる事が条件だ。ならば前向きに検討してもよい」と皇帝から色良い返事が来た


これを受けてルナール大使は

メアリーに、お触れを出させた

「これから教皇だの、異端者だのと悪口を禁じる」


事実上の融和宣言だ

カトリックのトップでもあるメアリー女王は

プロテスタントを迫害しないと宣言したのだ


これでメアリーの報復に戦々恐々としていたプロテスタント信者は安心する

エリザベスも言葉通り信じてしまった。


ルナールの策は決まったのだ


こうして皇帝カール5世の要求を満足した事で

王太子フェリペ本人にも打診


こうして婚姻の障害が

一つ一つ取り除かれていく


2ヶ月後の10月1日 

ルナール大使は

ここでエリザベスに攻撃を仕掛けた


その日は新女王の戴冠式

厳かな儀式の後

メアリー女王は議会を招集し宣言する


「朕の母キャサリン・オブ・アラゴンの名誉を回復する」


壇上で女王の隣で座っていた

思わずエリザベスの眉が引き攣った。


メアリーの母キャサリンに何があったのか?

何故エリザベスが驚いたのか?


こう言う事だ

昔、この20年前に

母キャサリンは娘メアリーしか産めず

男子に恵まれなかったが故に

父ヘンリー8世から結婚無効を

押し付けられた挙句

庶子に落とされた


そしてヘンリー8世は

侍従アン・プーリンと結婚し

生まれたのがエリザベスというわけだ


なので母キャサリンの復権は

アン・プーリンとの結婚は無効を意味し


つまり

この宣言にはエリザベスの名は

書かれていないにも関わらず

巧妙に婉曲的にその娘エリザベスは

庶子だと解釈されかねない内容なのだ


この宣言でエリザベスは

王位継承権こそ奪われはしなかったが

公式な宮廷行事の序列は

末席に貶められる

・・

メアリー新女王の豹変、突然の攻撃に

議会から戻ったエリザベスは憔悴する

・・義姉に処刑されるかも・・


執務室で考えあぐねていたところに

精悍な出立ちの若者が入室を許された


「エリザベス様、重要な情報がございます」


声の主はトマス・ワイアット。

エリザベスお気に入りで

屈強な騎士。

エリザベスより3歳年上の23歳だ。


「エリザベス様、どうも、メアリー陛下はスペイン王の息子フェリペとの縁談が進んで居るようです」


「何?」


エリザベスは、戦慄を覚える

この時エリザベスは敢えてロンドンに

留まっていた

メアリー女王の側近くで仕え

彼女の一挙手一投足をこの目で捉え逃さぬ為だ


しかし、女王の方が

エリザベスより上手だった


女王はエリザベスに悟られぬよう

縁談を進める事に成功したのだ


エリザベスは、何の手も打てぬまま

無為に過ごしてしまった事を悔いる


・・スペインのカトリック勢力が増せば

このままロンドンに居ては危ない・・


エリザベスは居城ハットフィールドに戻る

準備をする


ふと窓の外を見た


「まさか自分も母のように、あのロンドン塔で?」


そうはならぬと誓うエリザベスであった


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