第7話 Vox Dei (神の声)

7月10日

ロンドン中の鐘が鳴った

新女王が誕生したのだ


しかし

祝福モードの戴冠式で

ジョン・ダドリー護国卿は苛立っていた


「メアリーが居ない」


護国卿は

ハンズドンに居るメアリーを

ジェン女王の戴冠式に招待し、

拒否すれば拘束するよう手配していた。なのに、


「どこに行ったのだ?」

「それが、、恐らく逃亡したものかと」

「なっ、・・」

・・・

そう、メアリーは逃亡していた。


ハンズドンから100㎞東のフラミンガム城まで

一足先に逃れていたのだ


この城から港は近い


メアリーは船で英国を脱出しスペインに逃れ

神聖ローマ皇帝カール5世の庇護を当てにしていたのだ。


しかし、皇帝からは厳しい叱責を受ける。

「メアリー・チューダーよ、

英国脱出はまかりならん。

ましてや英国宮廷と戦うなどもっての外!

英国宮廷に恭順の意を示せ・・」


スペイン大使シモン・ルナールは、皇帝の言葉を読み上げると、ロザリオを手に目を閉じる。


・・ダドリーはメアリー様に容赦はしない。皇帝陛下からも見放された。これでもうこの国はプロテスタントの手に落ちてしまうのか。カトリックの命運ももはやこれまで・・


その時メアリーが呟いた

「なんの音じゃ?外が騒がしいぞ」


ルナール大使は下を向く。

・・まさか、ダドリーの奴め、こんなにも早く、このフラミンガムまで・・・


すると伝令が興奮して飛び込んできた

「メアリー様、メアリー様!」


「何事だ」


「城門に大勢集まっております!その数およそ1万5千。」


「何?敵か?ダドリーか?」


「分かりませぬ、それが、その、攻撃してくる気配が無いのです。ただ、、、、、」


「ただ何だ?」


「皆が口々に、“Vox populi vox Dei”と叫んでまして、、」


メアリーはシモン・ルナール大使と目を合わせた。2人とも事態が飲み込め無い


「”Vox populi vox Dei“? 群衆は確かにそう叫んでおるのか?間違いないか?」


「はい、確かでございます!」


シモン・ルナール大使はここで口を挟んだ

「メアリー様、是非直接降りてみましょう!もしかすると神の御加護かも知れません」


メアリーとシモン・ルナール大使は

階段を降りて行く。


その声はどんどん近づいてきた

連呼される言葉は確かに

“Vox populi vox Dei!”


ラテン語の諺で “民衆の声、神の声”


しかし彼らの胸にロザリオは無い

やはり彼らはプロテスタント?


敵ではないのか?

何故カトリックのメアリーの元に

集まったのか?


「Vox populi vox Dei!」


・・はっ、そうか!・・


メアリーは飲み込んだ。

これは民の声が宗派を越え

メアリーを選んだという事だと


英国王エドワード6世に手をかけ、

卑劣に権力を奪った

ジョン・ダドリーへの怒りの声は


たとえカトリックであっても

英国に祝福される王は

チューダー家のメアリー!


そう言っているのだと!


そう強く確信し

メアリーは勝負に出た


意を決して、誰も伴わず丸腰で

1人で城門から出たのだ


すると

総勢1万5千人がヒートアップする


「Ooooooooooh!」


そしてメアリーは大声で叫んだ

「皆の者!聞きなさい」


すると波を打ったように徐々に静まり返る


「私の名はメアリー・チューダー。由緒正しきチューダー家の血をひく、ヘンリー8世の娘である」


「Ooooooooooh!」


大歓声、そしてまた静まり返った


皆、メアリーの次の言葉を待つ


「・・・・・・・・・」


そして、メアリーは一瞬天を仰いで一息つき、

胸にあるカトリックの象徴ロザリオを握ると

群衆に翳して見せた


ブーイングは沸き起こら無い

しかし拍手歓声も無い


・・やはり宗派では無いのだ・・


メアリーはロザリオを両手で胸に当て目を閉じ、しばらく沈黙する


そしてロザリオを放し

両手を広げ、目をかっと見開き叫んだ。


「ここに居る皆の者!良く聞くが良い!

ロンドンのホワイトホール宮殿に

しかと伝えよ!

私、メアリー・チューダーは、」


「・・・・」


「私、メアリー・チューダーは、

本日、この偉大なる英国の

王に即位した事を宣言する!」


瞬間、1万5千人が、雄叫びをあげ、武器を鳴らし、お互いに身体をぶつけ合う。

「メアリー新女王様の誕生だ!

万歳!!メアリー女王様!万歳!」


「Vox populi vox Dei!

Vox populi vox Dei! 

Vox populi vox Dei!」


・・

このフラミンガムの報は、早くも

ジェン女王の戴冠式の次の日の

7月11日にロンドンに届く


ジョン・ダドリー護国卿は驚嘆し恐怖した。

・・これはかなりやばい・・


メアリーを追討せねば!

枢密院で緊急協議がされた


しかし枢密院メンバーは

全員メアリーに寝返っている。


護国卿は、追討将軍に

ジェン女王の父ヘンリー・グレイを指名した。

ヘンリーならば、娘の為に必死に戦うだろう。

謂わば、ジェン女王が人質だ。


しかし父ヘンリーは、娘から離れれば

枢密院の裏切り者どもから娘を守れないと判断し反駁


「恐れながら、護国卿。私は、父として、ジェン女王を傍でお守りしたい・・」


すると枢密院の一人が言葉を遮った

「護国卿殿!そなたが適任であろう。」


他のメンバーも口々に

「護国卿殿は我が国きっての勇猛な将軍」

「護国卿殿を置いて、他は居りますまい。」

と、そのうち皆が拍手で賛同、


これでジョン・ダドリーの命運は尽きた。


・・

護国卿がロンドンを離れメアリー討伐に出発すると、枢密院はジェン女王と父ヘンリーを拘束


そして、


7月19日

ロンドン中の鐘が鳴った

今度の鐘の音は、

9日前よりひと際大きく、ひと際激しい。


ロンドン不在にも関わらずメアリーに

英国王即位宣言が発布されたのだ


さあ、これでジョン・ダドリーはロンドンに戻れない

背水の状況だが


7月21日

メアリーの居城フラミンガムに

辿り着く事すら諦め、帽子を天に投げ上げ

「メアリー新女王万歳!」

と叫んだ


なんて奴だ・・

こんな男だから没落したのだ

その日の夜にダドリーは逮捕され、

次の日にはロンドン市内を引き回され

民衆から罵声を浴びせられた挙句

斬首された


8歳の頃から戦場に出て40年余り

ダドリー家再興を目指し

泥を啜りすぎた男は

性根から腐り切っていた


そしてジェン・グレイは?

彼女はまだ17歳だ

健気にダドリーに反抗した彼女は

情状酌量されたのか?


新女王メアリーは許さない

父と共にロンドン塔で斬首。


切れ味の悪い斧が、

何度も振り下ろされたという


英国初の女王と言う金字塔も

僅か9日で崩れ去り歴史に

埋もれた


・・

こうして

ハンズドンから果敢に動き

メアリーは、勝利する


英国から脱出する事も、戦う事も無く


“Vox populi vox Dei”


民衆の声も神の声も呼び込んだ


ではエリザベスは?


エリザベスは、

ハットフィールド宮殿から、

ずっと動いてない








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