第6話 英国初の女王

突然、激しい物音と叫び声が

下の階から響き渡る


・・まさか強盗が?・・


ジェン・グレイは急いで階段を駆け下りた


すると

泣き叫びながら

大声で悪態をついて出てきたのは


・・え?お母様?・・


母フランセスが髪を振り乱し

壁にもたれ泣き始めているではないか。


そして

娘ジェンを確認すると

今度は苛々した仕草で

前髪を右手で整え乍ら娘に近づいて来る。


いつもの優しく気品ある母とは

まるで別人の様相に

ジェン・グレイは息を呑んだ


すると母は、なんと、目の前で跪き、

顔を上げぬまま、震える声で


「ジェン、、、」


・・お母様、どうされたの?・・


「"内親王"様、、、明日からは私が傍に仕えます故、・・」

「お、お母さま?」


ジェン・グレイは母の言葉が理解ができない


「お母様、立ち上がって下さい。どうか・・」


すると母フランセスは、娘の靴に接吻をする。


まるで罰を受けた侍従が

許しを請うような母の振る舞いに、

ジェン・グレイは驚き動けなかった。


そして母フランセスはゆっくり立ちあがると、

足早に啜り泣きながら、娘に背を向けて屋敷から出てしまった。


ジェン・グレイは、混乱した

・・一体何なの?・・


母が飛び出した部屋

・・あの部屋で何があったの?・・


部屋に入るとそこに居たのは

ジョン・ダドリー護国卿。


「お義父様、いや、護国卿殿、これはどういう事でしょうか?」


「・・・」


「母は、私を"内親王"と呼びましたが、何か関係があるのでしょうか?」


護国卿は重々しく口を開く

「恐れながら、ジェン様は王位継承者の筆頭となられました」


「何ですって?」


「・・・」

護国卿は畏まったまま沈黙する。


「護国卿、冗談はおやめください。

次の王は、私ではなく、メアリー様です。

それに、母も王位継承者です。

メアリー様を、ましてや、母を差し置いて、何故、私が次の王なのですか?」


「・・・」


・・はっ、まさか!・・


護国卿の沈黙で、

ジェン・グレイは全てを理解した。

自分がこのダドリーの息子と結婚した理由も

母が泣いた理由も


そして怒りが爆発した

「こんな事は道理に叶いません!枢密院に申し立てます。

次の王はメアリー様です。

この国の法を軽んじてはなりませんよ、護国卿!」


・・私も母もこの男の出世の道具ではない!・・


するとジョン・ダドリーの声色が変わった

「おい!ジェン様よ!」


「な・・・」


「貴様が次の英国王なのだよ。そう決まったのだ。我が息子の嫁よ!」


・・腰が低く、感じの良いお義父様ダドリー護国卿のこれが本性!?・・


「・・聞こえぬのか。ここから出ていき、今すぐ、我が宮殿ダラム・プレイスに戻られよ!

寝室で我が息子が待っている。

息子に抱かれ、そして立派な男子を産むのだ。

これが大事なのだ。分からぬか?」


・・

ジョン・ダドリー護国卿は

姉メアリーを王位継承者から外す工作は着々と進めていた。


メアリーを王位継承者から外した理屈はこうだ

①姉メアリーの母とヘンリー8世との婚姻は無効であり、従ってメアリーは庶子に格下げする


②サリカ法に準じて英国王位は男子でなければならぬ


③継承者に男子がいなければ、

以下の条件を満たす者を特例として

女王とする


・英国人と結婚したチューダー家血統者

・まだ子供が産める女性


④男子が授かれば、即座に女王は退位し、男子(息子)に王位を譲る


そして、護国卿は

ジェン・グレイを

王位継承者の筆頭とするべく


自分の息子と

ジェン・グレイを結婚させると


次にその2週間後の

6月12日

法務長官や首席裁判官など

呼び集めた


場所はグリニッジ宮殿。

そこには病に苦しむエドワードが

ベッドで横たわっている


余命宣告の3か月は過ぎた。

もう時間がない。


皆を前に

エドワード王は力を振り絞って告げた

「皆の者、ここにサインをしなさい」


ダドリー護国卿が皆に遺言書を示す。


すると皆は騒然となった


「これは先代の父王ヘンリー8世の遺言を

大幅に覆す内容!」


「恐れながらエドワード王様、これ程の変更には議会の審議が必要です」


「メアリー様だけではなく、エリザベス様も?」

「フランセス様も継承者から外すのか?」

「フランセス様の娘が次の王? 十分な審議なくしては・・」


皆がヒートアップすると

エドワードは、息を切らしながらも、

ベッドから起き上がり


「皆の者、静粛に! 黙らぬか!」

と言い放つと

大量に黒い血痰を吐いた


一同は静まり返る


「貴様ら、王の命令に従わぬのか?」


ものすごい形相。一同はこんなエドワード王を見た事がない。


「目の前で、サインをしろ!おぬしらがサインをすれば、議会を通したも同然。違うか?」


一同は息を呑む


「この国には女王は要らぬ。王は男子でなければならぬのだ。この国がスペインに食われてもよいのか?はあ、はあっ・・」


皆、渋々、サインをする。


これでもうメアリーも、エリザベスも

恐れる事は無い

2人は庶子に落ちた


次はジェン・グレイの女王即位だ


・・そのチャンスは直後にやって来た・・


エドワード6世は

皆を退出させる


ダドリー護国卿は口を開く。


「恐れながらエドワード王様、書類に不備がございませぬか?」


「ああ、何度も確認したぞ護国卿、全員署名をして居る。後は頼んだぞ」

そう言ってエドワード王がベッドに横になる


すると護国卿はドスを利かせた

「了解したよ、お坊ちゃん!」

と、言うやいなや、エドワード王の口に

布を強く押し付ける。


エドワード王は10数秒手足を

ばたつかせた後ぐったりした


冒頭のシーンはその日の午後だ

つまり、ジョン・ダドリー護国卿は

エドワード王を殺害した後に

フランセスに会いに行ったのだ


・・

それから3週間が経過した

7月6日

エドワード6世の死が発表


最後の言葉は「気が遠くなってきた」


はあ?何とも取ってつけたようなセリフ


こんな発表を信じる者が居ない


7月10日

ダドリー護国卿は、

ホワイトホール宮殿ではなく、

守りが堅牢なロンドン塔に

ジェン・グレイを連れて行く。

そしてついに・・


ロンドン中の鐘の音が鳴らされた。


「ジェン女王 万歳!」


ジョン・ダドリーの企みが

成就された瞬間だ。


紀念すべき英国初の女王が誕生だ


しかし、あまりに拙速・・

・・

メアリーも、エリザベスも放っていたスパイから一部始終を把握する。


そして、姉メアリーは自身の居城ハンズドンを抜け出した

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