第3話 胸にロザリオ
「ああ、余は弟王エドワード6世に
殺されるのか?
しかも、あの大人しい妹エリザベスも
余に刃を向けるとは・・」
長姉メアリーは震えながら声を絞り出す
1549年クリスマス。
ロンドンのホワイトホール宮殿は
エリザベスの堂々たる入城により
完全にプロテスタントと化す。
英国でのカトリック勢力は、これで
このメアリーの居城ハンズドンに
に限られた。
その宮殿の執務室
メアリーの前に
男が一人静かな笑顔を浮かべている。
「シモン・ルナール!
どうしたというのか? 貴殿の企み通り、
エドワード護国卿を失脚させたではないか?
これで、
あの忌々しい『礼拝統一法』は唾棄され、
カトリックが戻るのではなかったか?」
スペイン大使シモン・ルナール
彼は皇帝カール5世が信頼を置く40歳の男盛り。
メアリーは7歳上のこの切れ者のスペイン大使を盲目的に信頼していた。
シモン・ルナールは落ち着いて答える
「メアリー内親王。
このロザリオに誓って言いましょう。
御心配には及びませんヨ。」
と、笑顔を崩さず
胸にある金の鎖で繋がれた
ロザリオを握りしめる。
するとメアリーも胸に手をやり、シモンに倣って静かに自身のロザリオを握る。
2人は目を閉じ、深く深呼吸、黙祷。
メアリーは祈る。
一方、シモン・ルナールは
追い込まれた原因を思考していた。
何かが、何処かが
腑に落ちない
いや、待てよ・・
・・・おかしいと思ったのだ。
没落貴族ジョン・ダドリーだけで、
手強いエドワード・シーモア護国卿を
僅か数ヶ月で失脚させ、しかも逮捕まで
上手く行きすぎだと感じてたんだ。
そうか、エリザベスも絡んでいたのか!
だから、ここまでの成果を!
ジョン・ダドリーの奴め、
性懲りも無く
エリザベスにも近いていたのか、、
、、それとも、まさかだが、
エリザベスの方からジョン・ダドリーを呼んだのか?
まだ17歳の小娘エリザベスが
この私と同じ発想を?・・・
沈黙をメアリーが破った
「いっそ、このままスペインに逃亡!
どうだ?シモン・ルナール?
そういう事もあろうかと、居城を英国東部のここハンズドンに決めたではないか」
メアリーの動揺・不安は
刹那のロザリオへの祈りでは
解消されてないようだ。
シモン・ルナールは、静かに首を振る。
・・皇帝カール5世閣下は
アルプスの麓インスブルックに居られる。
それに北ドイツのプロテスタント諸侯の勢力も侮れない。
こんな時に
英国王第一継承者メアリーが逃亡しても
カール5世陛下とお会いするのは困難
ここはメアリーに冷静になって頂こう・・・
「メアリー内親王、安心なされよ。」
シモン・ルナールは、静かにロザリオをメアリーに翳した。
「次の手は既に打って居ります。しばしお待ちを」
・・
そして年が明けた1月6日
この日は公現祭だ。
みどり児イエスの元に
東方から3人の博士が訪れ祝福したとされ、
この日に特別なミサが行われる。
西欧のクリスマスは
まずは12月25日にイエス誕生を祝い
12日後の1月6日の公現祭で締めくくる。
シモン・ルナールは、1月6日に、
例の没落貴族ジョン・ダドリーを
呼びつけていた。
ハンズドン宮殿の応接の間
メアリーの傍らに
シモン・ルナールが控えている。
「おお、ジョン・ダドリー殿。久しぶりだのう。まあ、グラスを持ちなさい。聖なるイエス様の血を祝し、乾杯をしようではないか?」
「メアリー内親王、滅相もございません。内親王の御望みとあらば、いつでも喜んで馳せ参じます」
「そうか、その言葉を聞いて嬉しいぞ。・・ところで、ジョン・ダドリーよ。
そなたの行動は素早いのう!
驚いたぞ。あの手強いエドワード護国卿を
こんなに早く片付けてくれるとは」
「それは、もう、私だけの力ではなく、メア・・」
すると、メアリーは言葉を遮る
「エリザベス"様"のお力添えも
あったからであろう?」
「・・・・」
ジョン・ダドリーは驚き、黙る
「おい!ジョン・ダドリー!
とぼけるでない!
貴様、エリザベスに取入ったな!
しかも
エリザベスが
クリスマスに武装集団を引き連れ
ロンドンに入場したのも、貴様の入れ知恵であろうが!
正直に答えよ!ダドリー!」
「そんな、そんな、エリザベス様は突然ロンドンに入場されたのです。私めも驚いたのです。。。」
もうジョン・ダドリーは顔を上げれない。
・・父が断頭台の露と消えてから
血泥に染めた40数年、ようやく掴んだ
千載一遇のチャンスが、ここでまた
この私も父のように処刑されてしまうのか?・・
ダドリーはここまでと観念する。
その時、メアリーの声色が優しく変わる
「顔を上げよ、ジョン・ダドリー。
そなたは真面目なのだ。よく理解して居るぞ。余の願いを叶える為に、敢えてエリザベスと接触したと。」
「そ、その通りです。メアリー内親王」
そうではない。そうではないが、
もうこの場ではそう答えねば殺されるであろう。
「そこで、一つ確認だ。エリザベスには、そなたが余と接触した事を知らせて居るのか?」
「私がエリザベス様に言う訳はございません。もしその事がエリザベス様に知られれば私の身はどうなる事やら?」
これは、本当であった。この日メアリーと会う事も、エリザベスには悟られていない
「それでは、ジョン・ダドリー殿。改めて、お願いがある。
その前に、大事なミサだ。
ダドリー殿も参加せよ。
ところでロザリオはどうした?
そなたはカトリック教徒であろう?
何故ロザリオが無いのか?」
ジョン・ダドリーは、プロテスタントでもカトリックでもない。
彼はダドリー家の復興の為なら神をも欺く輩である
「失礼致しました。
ここに大事に入れております」
ジョン・ダドリーは懐から銀の数珠のロザリオを取り出し、メアリーに翳して見せた。
メアリーは満足そうに笑顔を見せ立ち上がり、ミサに向かう。シモン・ルナールも後に続いた
(こんなロザリオなど!)
ジョン・ダドリーはロザリオを鎖から引きちぎり、床に叩き付けたい衝動に駆られたが
グッと堪え
この日からジョン・ダドリーは長姉メアリーの手下となる覚悟を決めた。但し表明的にだ。
・・
1ヶ月後の1550年2月
ジョン・ダドリーは、
枢密院のトップである護国卿に昇進。
普通では考えらない異例の大出世だ。
その頃、エリザベスは
カトリックだった領地・利権を餌に、
全国からダドリーのような没落貴族を続々と集め、兵力増強を図っていた。
エリザベスの周りに不穏な空気が流れる。
英国は内戦か?
いいや、内戦に留まらないかも知れない。
北ドイツのプロテスタント諸侯と呼応し、
皇帝カール5世のハプスブルグ帝国と相見える危険も孕む
・・
1550年1月6日
ハンズドン宮殿の応接の間から
ジョン・ダドリーが退出する
胸にロザリオを握りしめて
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