第40話 大路

 王都マリエスブールの大路をバフォメットの兜をかぶった女が歩いている。


「王都の瘴気濃度は普段と変わらないか……」


 腕に着けた瘴気計に目をやった。


「今日は街に人が多いわね……ねえ、アンリ今まで歩いてきて、ブーツの調子はどう、歩き易い?」


「ああ、問題ないよ」


「あなた魔性持ちでしょ?……腹の底から濃い魔力がどんどん湧いてくるみたい……フフフ……凄くいい気分だわ……」


「上機嫌だな」


「今はわたしの身体がベースになってるけど、この様子だとアンリの方は問題ないみたいね、魔獣狩りが楽しみだわ」


 ……マリエス川の東岸から少し離れた小高い丘陵にマリエスブールの王城は建っている。その王城へとつながる大路を幾台もの馬車の車列がラディナ騎兵を引き連れ進んでいく。


「見物人が結構いるな……」


 黒い制服を着たカストル王国憲兵達が軍刀や銃を携え大路に集まった見物人達に睨みをきかせていた。


「ラディナのエレオノーラ大公はどの馬車に乗っているのかしらね」


「もしかしたら、陽動で大公は別の場所にいるのかもしれないぞ、ラディナは皇帝派で中央教会の主戦派を警戒してるだろうし」


「あれ?ねえ、オクタヴィアさんじゃない?」


 ルーネは共有する視覚の片隅に女の姿を捉えた。


「ん?遠いな……見た目は確かにそれっぽいな……」


 車列を挟みアンリから遠い場所にいたオクタヴィアらしき黒髪の背の高い女は人混みに紛れながら

マリエスブールの路地に消えていった。


「魔力の波長は若干違うか?……いやオクタヴィアか……この人混みだと良くわからないな、シェイマはリゾーム感応値が低くて、探知の反応が小さいし、似たような波長に感じられてわかりにくい」


「オクタヴィアさんも見物に来たのかしら、それとも王都に何か別の用事があるのかしら……そうそう、アンリ、わたしたちも師匠のところへ行きましょうか」


「そうだな、確か……マリエスブールのはずれのほうだったか、ルーネの師匠の研究所」


「ええ、少しわかりにくい場所にあるの」


 ……アンリは大路の人混みを離れ、中心街から郊外へと足を進める。


「アンリはマリエスブールの王都魔術学校の出身よね?」


「ああ」


「ハイディさん、マリエスブールの王都魔術学校で先生だったんでしょ?」


「元帝国魔術アカデミー主席のエリートだって鳴り物入りでさ、最初はとっつきにくいエリートって思ったんだけど、話したら意外とそうでもなくて、そこから仲良くなったんだ……生徒の間で帝国からカストルにやってきたのは訳アリなんじゃないかって噂も立ってたな……本人は帝国の冬は寒いからカストルに来たって言ってたけどさ」


「わたしは14までマルテル派の修道院にいて、それから師匠のもとで淵術の修行をして暗黒騎士になったの、8歳の頃から闇の力を司る暗黒騎士に憧れていたから……わたしの家は魔術師の血統じゃないから魔術の世界への憧れが強かったのよ」


「そういや……ルーネの実家はマリエスブールだよな、エステルグラム商会だろ?大商人だ」


「わたしの父はエステルグラムの分家だけどね」


「はじめて会ったとき、高そうな装備をしてるし、いいとこの娘だろうなって思ってたよ」


「そう……わたしはあなたに初めて会ったとき、良い弟さんがいて羨ましいと思ったわ……わたしには妹や弟がいないから……そうそう、あなたのお爺様って優秀な騎士だったんでしょ」


「オレの家は爵位のない郷士だからなあ……あと、オレのお袋は……あれだ、正妻じゃないからな、それにオレは長男じゃないから土地を相続できないんだ」


 カストル王国において郷士とは爵位を持たない地方の下級貴族や豪族のような存在である。(地元の名士や大地主や顔役を兼ねている場合もあり、地方において一定の影響力と財力をもつ)


「アンリはお姉さんとは母親が違うの?」


「ああ、そうだよ」


「前に会ったことあるけど、アンリのお母様って凄い綺麗な人よね、もともとメイドさんだったんでしょ、黒髪で背が高くてスタイル良くて、正妻や正妻の子供たちとも上手くやってるみたいだし」


「なあルーネ、ここ、どっちに曲がればいいんだ?」


 アンリは路地の分岐点で立ち止まった。


「ここを右に行って、えーそれから……ああ、やっぱりこの先の道、説明するの面倒だから肉体の主導権代わってもらっていい?」


「わかった、いいぞ」


 バフォメットの兜に隠れた女の瞳の色が青から灰色に変わった。ルーネは腰をひねった後、腕を上に伸ばした。


「んん、ふう……」


 彼女はストレッチと深呼吸の後、しゃがみブーツのずれを調整した。


「さて、じゃあ、行きましょうか」

 

 ……しばらく入り組んだ路地を進んでいくと蔓草にまみれた門のある古びた屋敷にたどり着いた。


「ここよ、師匠の研究所は」

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