第36話 夜戦
アンリは吸血鬼カサンドラを追って民家の寝室に踏み込んだ。
……寝室の床が血で赤く濡れている。
「魔力の反応は……あっちか」
彼はカサンドラの気配を追って、血痕が残る暗い階段を登っていく。滴り落ちた血を辿り二階を進むと奥の廊下の窓が開け放たれていた。
「この窓から逃げたのか……そう高くはないな」
アンリは窓から飛び降りる……彼が路面に着地しようとした瞬間を狙いカサンドラは石畳を投げつける。アンリは減速術式で氷の盾を形成し攻撃を防ぐ。
「やりますわね」
吸血鬼カサンドラは若い女を抱え、マリエスブールの運河に架る橋へと走り去る。
「くそ」
アンリは体勢を立てなおし、カサンドラを追う。
……その時、暗闇から一本のダートが飛翔しカサンドラの足に突き刺さった。
「アンリ平気?」
夜闇からルーネが現れ、アンリに問いかける。
「ああ何とか」
カサンドラは橋のたもとで立ち止まると足に刺さったダート抜き取る……抜き取ったそばから彼女の傷跡が再生していく。
「今夜は最高の気分だわ……」
吸血鬼カサンドラは再構築した自身の手を見つめつつ、笑みを浮かべた。
「再生能力にも限度があるはず……淵術、魔剣の疾走」
ルーネの放った淵術の刃がカサンドラを攻め立て、鮮血が石畳に飛び散る。だが傷は瞬く間に塞がっていく。
「カサンドラ君、身体の調子はどうかね?」
赤髪の女サニアの声が王都マリエスブールの夜闇に響く。
「ええ、とってもいいわ、サニアさん」
「奴に血を吸わせるな!」
夜闇から現れたハイディが叫ぶ。ハイディは橋の上で倒れていた若い女を抱き上げ、走り出す。
ルーネは勢いよく踏み込みポールアックスで上段から切りかかろうとするが、吸血鬼カサンドラは素早くルーネの得物の柄を掴む。
「くっ、また」
ルーネはカサンドラの手を振り払う為、吸血鬼の顔を目掛けて蹴りを入れる。しかし、吸血鬼カサンドラは怯まずにルーネの首筋に喰らいつく。
「ああああああっ!」
ルーネは悲鳴を上げながら激しく抵抗する。アンリはルーネのフォローに回ろうとするが、赤髪の女サニアが進路を阻みアンリに斬りかった。
アンリは形成した氷の短刀で斬撃を受け止める。
「アンリその女から離れろ!」
ハイディが魔法銃から放った火炎がサニアを包む。
その隙にアンリはカサンドラへ一気に間合いを詰め、吸血鬼の腕を切り落とした。
「あら」
吸血鬼カサンドラはアンリに鋭い蹴りを叩きこみ吹き飛ばす。
カサンドラから解放されたルーネの投擲したダートがカサンドラの身体に突き刺さった。
「はあはあ……」
ルーネは傷口を押さえつつ、苦しそうに膝をつく。
「ルーネさん、魔力をだいぶ失ったようね」
吸血鬼カサンドラは体に刺さったダートを抜き取ると、マリエスブールの運河に架かる橋の欄干に立ちルーネを見下ろした。先程アンリに切り落とされたカサンドラの腕が再生していく。
「いいわ、ああ、気持ちいい……」
魔力が巡りカサンドラの肉体が強化され、彼女の身体が少し大きくなっていく。カサンドラはより豊満になった胸を触りながら、笑みを浮かべた。
「ルカさんはどうした」
ハイディが欄干に立つ吸血鬼に問いかける。
「あの人は……とても美味しかったわ」
カサンドラは腹部をさすりながら答えた。
「そうか……食ったのか……」
ハイディは流れ落ちた血を拭い、カサンドラに向け光の槍を打ち出す。
「カサンドラ君、すまないね、さっきは援護が間に合わなくて」
サニアは二本の黒剣でハイディの放った光術の槍を切り落とした。
「サニアさんも大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
サニアは煤を払いながらカサンドラの問いに答えると、一本の黒剣を膝をついたままのルーネへ投げつけた。アンリがルーネの前に立ちふさがり氷の短刀で投擲された黒剣を弾き飛ばす。
「やるじゃないかアンリ君」
ルーネはポールアックスを杖替わりにして立ち上がる。
「ルーネ君、君もなかなかタフだね、だが、力量はあたしの方が上のようだ」
「格上の相手……いいじゃない……」
ルーネが息を深く吸い込むと黒い霧のようなものがルーネの身体に集まり、彼女の身体に取り込まれていく。
「吸血鬼はグールを上回るパワーをもっている……夜闇の中で吸血鬼と戦うのは海原でサメと戦うようなものだ……カサンドラ君もういいかね?」
カサンドラの腕が元通りに再生している。
「ええ」
ハイディは光の槍と炎弾をカサンドラとサニアに向け同時に放った。カサンドラは高く宙に跳び回避し、サニアは結界を展開し炎弾を受け止める。
アンリは跳躍したカサンドラへ氷の刃を投げつける。カサンドラは刃を拳で受け流しながら欄干の上に着地した。
アンリは着地したカサンドラに向けタックルを仕掛ける。
「私を運河に突き落とす気ですか」
カサンドラは体をひねって攻撃を躱し、逆にアンリを運河に突き落とした。
「危ないところでしたわ……さて……」
カサンドラは手についた霜を払いおとす。
「ルーネさん止血は終わりましたか?」
ルーネはカサンドラが立つ橋の欄干に跳び乗る。ルーネのポールアックスとカサンドラの拳が何度も激しく打ち合う。
「いきますわよ」
吸血鬼カサンドラとルーネのハイキックがぶつかり合う。
「くっ!」
ルーネが顔を苦痛に歪める。
「ルーネさんのお陰で私とても成長できましたわ、ではもう一撃」
カサンドラの鋭い蹴りが再びルーネを襲う。ルーネはポールアックスの柄で受け止めるも欄干から蹴り落とされ橋の路面に倒れこむ。
「うっ、なんてパワー」
「そろそろ終わりかしらね……」
欄干の上から橋の路面に倒れたルーネを見下ろすカサンドラ……その時、運河から伸びた鋭い氷柱がカサンドラの身体を深く貫いた。
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