第33話 マリエスブールの夜

 宿から出た四人は月が陰ったマリエスブールの星空の下で状況を確認する。


「ルカさん、説明してくれないか」

ハイディはルカに問いかける。


「妻が……目を離したら、突然いなくなっていて……」


 ルカは目を泳がせながら、三人に状況を説明する。


「奥さんは一人で外を出歩けるような状態ではない……何か事件に巻き込まれたのかもしれない」

とハイディ


「たしかこのところ王都で女性が昏睡状態に陥る事件が起きてるって話だよな」

アンリが口を開く


「ああ、そうだな……今夜は新月……月が見えないせいで外はだいぶ暗い」

 

 ……ルーネはアンリとハイディの会話を聞きながら、金色の瞳でルカの顔をじっと黙って見つめている。


「どうするハイディ?手分けして探すか」

とアンリ


「……そうだな、だが探す当てはあるのか?……ルカさん、奥さんが行きそうな場所に心当たりはないだろうか?」


「妻が行きそうな場所は大方探しました」


「そうか……何事もなければいいが……念の為」


 ハイディはそう言うと腰に差した魔法銃を抜き魔力を込める。


「……なあ、ルーネどうした?」


 ルカが現れてからじっと黙っているルーネにアンリが話しかけた。


「いえ、ちょっとね……」


「屋敷に戻って痕跡を調べるか?何か手掛かりが掴めるかも……」


 ルーネはアンリと会話しながら、ゆっくりと自身の太腿のベルトに着けられたダート(棒手裏剣状のもの)に手を伸ばす。


「ええ、そうね……探すにも手掛かりが……」


 ルーネは太股のベルトからダートを素早く抜きルカへ投げつけた。


「ねえ……貴女なぜ姿を隠しているの?」


 ルカの身体にルーネが投擲したダートが突き刺さり、ルカは路面に倒れこむ。


「!!」


 その時、夜闇から現れた何者かがハイディの首元に鋭い牙を突き立てる。


「くっ、うっあっ!」


 ハイディは苦しみの声をあげながら、自身の首元に食らいついた何者かの顔を掴むと、その顔面に加速術式で火炎を生じさせ、正体不明の人影を引き剝がそうとする。

 正体不明の人影はハイディの一撃に怯んだのか、素早く彼女から距離をとる。


「ぐっ」


 ハイディは距離をとった人影に魔法銃を向け火球を放つ。放たれた火球が人影を直撃し、炸裂した爆炎が夜の街路を照らす。


「ハイディ!大丈夫か!?」


 ハイディは首の傷口を手で押さえ、魔力を込め止血する。


「ああ、なんとか……しかし、こいつはどんな状況だ……」


 爆炎が晴れ、マリエスブールの街路が闇に戻っていく。爆炎が晴れた夜闇の中に立っていたのは口元を血で赤く濡らしたルカの妻だった。


 ……ルーネが路面にうずくまった男に語りかける。


「ねえ、貴女……下手な芝居はよしたら?……瘴気の臭いがするのよ」


「……うまく化けたつもりだったが……」


 ルカは立ち上がりそう呟くと、彼の身体が黒い霧に包まれ変容していく……そして黒い霧の中から赤髪の女が姿を現した。


「あたしの幻影魔法を見破るか……それなりにやるようだ」


 ルカに化けていた赤髪の女はそう言うと、まとった黒い霧から双剣を構成する。


「アンリ、どういうことなの?随分面倒そうな女に狙われてるじゃない?」


 ルーネはアンリに問いかける。


「さあ!?オレにも状況がわからん!」


「くっ油断した、魔力を持ってかれた……しかも血が止まらん……」


 ハイディは左手で傷口を押さえながら、震える右手で銃を構える。石畳が流れ落ちる彼女の血で濡れている。


「カサンドラ君、吸血鬼の肉体の具合はどうかね?」


 ルカに化けていた赤髪の女がルカの妻カサンドラに語りかけると、吸血鬼カサンドラは笑みを浮かべる。


「ええ、とても素晴らしい、最高ですわ……この肉体、こんなにも心地よい気分は生まれて初めて……」


 金髪の女吸血鬼の美しい肉体が夜闇の中、星の光をうけて微かに輝いている……今の彼女にはベッドの上に横たわっていたやつれた女の面影はなかった。爆炎でボロボロになった服から白い足と豊かな胸をのぞかせている。


「王都で若い女を何人も襲ったのはアンタか?」


 アンリはカサンドラに問いかける。


「ええ、そうよ……若くて可愛い女の子の血は最高でしたわ……魔術学校の魔術師の女の子達の血も美味しかったわね、ハイディさんも……あとルーネさん?だったかしら、とっても美味しそうね……ねえ、サニアさん、食べちゃっていい?」


「ああ、カサンドラ君、好きにするといい、良質の食事は良質の肉体をつくる……そこにいる三人の血は君がより高い場所へ到達する為のよい糧になるだろう」


 吸血鬼カサンドラからサニアと呼ばれた赤髪の女は淵術で構成した黒い双剣を構えた。

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