第32話 月の見えない夜

「……身体が熱いわ……最近食べても食べてもお腹がすくの、身体が成長したがってるみたい」


 そう言うとルーネがバフォメットの頭蓋骨から造られた兜を脱いだ。彼女は長い栗色の髪を持ち上げ、うなじに風を通す。


「ねぇねぇ、ハイディさん今度一緒にお風呂入りましょうよ」

 ルーネがハイディに語りかける。


「構わないが」

 ハイディが答える。


「わたしお風呂やサウナで綺麗な女の子の身体を見るのが好きなんだけど、綺麗な女の子を見てると目の保養になるし、美意識が高まるじゃない……あと自分以外の女の身体って気になるでしょ」


「……あたしは自分の裸を見られることにあまり抵抗はないが、他人の身体は見ないな」


「アンリだって街に綺麗な女の子がいると目で追ってしまうことってあるわよね」


「……まあな」

 ルーネの問いにアンリは答える。


「肉の付き方って種族によって違うし、個人差もあって見ていて面白いのよ

好奇心と嫉妬や羨望は己を高めてくれるから、積極的に綺麗な女性を見るようにしてるの、こういう身体になるぞって、目標にもなるしね、わたしは筋肉が太くなりにくい体質でオーガやアマゾネスやシェイマのような身体にはなれないけどね……あと触ってみるのも面白いわね、シェイマの身体って見た目はさほど筋肉質に見えないんだけど触ってみるとカチカチなのよ」


「へえ、そうなのか」


「わたし子供の頃から身体を動かすの好きだし、身体鍛えるのも好きなんだけど…………身体能力に優れた種族相手に白兵戦をやろうとすると魔術による肉体強化が必要だということが良くわかるわね……そういえば、二人は瘴気の匂いって気になる?」


「オレはあんまり気にならないな……もともと瘴気に対して身体が鈍感なのかもしれない、瘴気の強い場所でざわざわした感覚がするけどな」


「あたしは慣れたな、今は平気だが十代の頃は少々敏感で頭痛や眩暈を感じることもあったな」


「……淵術刻印は魔力と淵術資質と瘴気耐性を高めてくれて便利なんだけど、少し瘴気の匂いがするから気配を探知され易くなることがあるのよ

魔獣の中にも瘴気や魔力にに反応する個体がいるから、魔獣をひきつけやすいし……あと探知術式にもかかり易いわね、リゾーム感応値や魔力の低い個体は探知術式にかかりにくいじゃない?……淵術刻印から出る魔力が術式探知に引っかかるのよ」


「……なあ、ルーネ、人間を魔獣に変える技術や魔獣の死体や本体から切り離された部分が灰や瘴気に変わる現象って聞いたことあるか?」

 アンリがルーネに問いかける。


「体が灰に変わる?もしかして……獣性の開放」


「獣性の開放?」


「……肉体に強い魔力やリゾームを流し込んで獣性を強化し、肉体を暴走状態にするの、暴走状態になると元の姿から大きく離れた姿に変容し……大抵は強い衝動に支配されて自我や知性を保つことが出来なくなる……そして、生命活動が停止すると魔力負荷の影響で灰状に変化する」


「例の人喰い魔獣の討伐に行ったときに元が人間なんじゃないかっていう銀色の大猿に出くわしたんだ……で、その魔獣の切り落とされた腕が灰と瘴気に変わるのを確認した」


「……ねえ、あの人喰い魔獣って、三つ目オオカミの変異種で近衛騎士団が討伐したんじゃないの?」


「……ああ、騎士団が帰った後にルースの村の周辺で奇妙な魔獣の目撃情報があったらしいんだ、で、人喰い魔獣は複数体いたのかもしれないと思って、仲間と一緒に討伐に行ったんだ……最初に現れた時、奴は少年の姿をしていた……あの魔獣には知性があった……あれから目撃情報はないが奴はまだ死んでない、何処かに隠れているはずだ」


 ハイディは何かに反応したように羽と耳をぴくつかせた。


「……ん?何だか、あたりが騒がしいな」


 騒音が次第に大きくなり、部屋に男が飛び込んできた。


「ハイディさん!大変なんです!」


「どうしたんだルカさん」


 やつれた男ルカは息をきらせながら、声を絞り出す。


「妻が……気づいたら居なくなっていて、探しても……どこにも……」

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