第23話 魔術師ハイディ

 アンリとジュリアスはカストル王国中部の街ルーベルカイムの郊外にある古びた屋敷を訪れていた。


「ハイディ!いるかー」


 アンリが屋敷の扉を叩くと、眠そうな目をしたリンアルド族の女が現れた。


「うるさいぞ!アンリ……」


「ハイディ、頼んでた例の薬の件どうなった?」


「……ん、ああ……とにかく入れ……だいぶ散らかってるが」


 額から一本の角が生えたリンアルドの女はアンリとジュリアスを屋敷に迎え入れた。


「寝てたのか?」


「いや……寝ていない、少し……うとうとしていただけだ」


 ハイディと呼ばれた女は欠伸を噛み殺しながら、研究室の椅子に腰を下ろした。


「この娘がジュリアスか……」


 ハイディはジュリアスをじっと見つめる。


「……ジュリアスだ、よろしく」


「あたしはハイディだ……マリエスブールの王都魔術学校で教鞭を執っていたこともある術師だ、よろしくジュリアス君」


「ハイディ、例の人喰い魔獣は獣性の開放で魔獣化した元人間みたいだ

……こいつを見てくれ、ルースで回収した体毛と灰だ」


 アンリはそう言うと、研究室の机の上で皮袋をひらいた。


「ほう……回収したのはこれだけか?」


「……もっとあったんだが、官憲とマリエスブールの魔術師協会に渡した残りがこれだ、討伐の懸賞金は出なかったが、情報料として少しだけ金をもらった」


「そうか……マリエスブールの魔術師協会か……」


「不味かったのか?」


「いや……」


「コーヒーでも飲むか?本物のコーヒー豆ではなく、ドングリを使った代用品だがな」


「ああ、もらうよ」


「……本物のコーヒー豆は高くてな

この大陸で本物のコーヒーを生産するには無理があるからな」


「……ハイディ、ガラテアの様子は?」


「奥の部屋で寝ているよ、状態は良好だ」


「……そうか」


「さて、ジュリアス君の身体を診ることにしようか」


 ハイディはジュリアスの服を脱がし、へその周囲をまさぐる。


「うっ、くっ、あっあっ」


 ジュリアスは声をあげる。


「……随分と感覚が敏感になっているようだ

一見すると、生まれながらのサキュバスと言われても信じてしまうような綺麗で素晴らしい肉体だが……魔性に違和感があるな……これは生まれ持ったものではなく、何らかの形で後天的に植え付けられたものだろう」


 ……ハイディはジュリアスの下乳からみぞおち部分に手を伸ばす。


「……あたしの見立てによるとあの秘薬は……まあ……あたしは淵術の専門家で無いから、正確な仕掛けはわからんが……淵術の技術を用いたものだろう

……人間の身体は女を基準に作られている、男の身体にも乳首がある……あとは男の股に筋があるだろ、あれは元々あった割れ目が塞がった跡なのだ

……かつてそうであったものをかつてそうであった状態に戻す……

男の身体を女に作りかえたいなら、女だったときの肉体の記憶を引き出せばいい」


 ハイディはジュリアスの下腹部に触れながら、胎内の魔力の流れを確かめる。


「……あの秘薬には強い魔性を植え付ける力があるのではないか

魔性を発生させつつ、肉体に瘴気……すなわち重リゾームを流し込み

肉体を暴走状態にさせ、淫魔の力の源である欲望と獣性の力を解放し

人間の男をサキュバスに変異させるのだろう

生まれながらの淫魔の中には性別を自在に変えられる者もいるが……

この娘は生まれながらの淫魔や先祖に淫魔がいて隔世遺伝というわけでもないだろうな……そうであるなら、先天的に魔性をもっているはずだ

……下腹部に淫紋が浮かんでこなかったか?……あと、そうだな……獣性の開放によって一時的に筋肉の肥大化も症状もあったと思う」


「ああ……確かに淫紋が浮き出ていた」


「あの薬はザルトって男から筋力増強の薬だって渡されたんだ」

とジュリアス。


「筋力増強の薬と偽ってか……なるほどな

強い魔性をもつ女が濃密な瘴気に触れることで不意に淫魔に変異することがある

……その場合、下腹部に淫紋が浮き出て、脳が犯されるような強烈な快感が波のように襲ってくるらしい……そして、多くの場合は理性と自我を保てず、精神が変容してしまう……」


「……」


 ……三人は顔を見合わせ、少し黙り込む。


「……なあこれって、もしかして相当ヤバイ連中が絡んでいるのか?」

とジュリアス。


「……人間の男をサキュバスに変異させることは理屈の上ではできないことはないが、実際にやろうとすると難しい……これはかなり高度な技術だ、これを作った奴は相当なやり手だろう……」


・・・・・・・・・・・・・


 屋敷のベッドの上で一人の美女が体を横たえていた。


「ガラテア、身体はどうだ?」


「……前より、だいぶ落ち着いた」


 ガラテアはアンリの声を聞くとベッドから起き上がった。

 彼女の白く柔らかな肌を魔力を抑制する黒霊布の下着が包み込んでいる。


「ガラテア君、体の調子を確認しようか……上の下着を外してくれ」


「でも、先生……」


「魔力を抑えきれないときはアンリの奴に減速術式で魔力を抑えてもらう」


 ハイディに促され、ガラテアは黒霊布のブラを外した。黒霊布により抑え込まれていた魔力がガラテアの肉体を刺激し、彼女の胸が膨張する。


「……少し、触るぞ」


 ハイディはガラテアの腹部に触れる。


「ああ、くっ、あっ」


 ガラテアはベッドの上で苦しそうな声を漏らした。少し顔が紅潮し、少量の汗で肌が輝いている。


「ガラテア君も感覚が鋭くなってるじゃないか」


「……先生、感覚が敏感になったみたいで……音が響いて頭がガンガンするんです」


「大丈夫だ、じきに慣れるよ、状態は悪くない」


・・・・・・・・・ 


「……アムブロシアの魔女が不老不死の研究の副産物として生み出した肉体を魔導具と一体化させ、術者自体を強力な魔導具に変異させる秘術……

……ガラテア君、貴女は相当に優秀な術者なようだ

普通の人間は聖槍から湧き出る濃厚な魔力に肉体と精神が耐えられんよ」


 ハイディはガラテアのへそ周りに触る。ガラテアの腹部が微かに脈動する。


「……わかってるだろうが、これが中央教会の連中にバレたら不味いぞ

隕鉄の聖槍は本来、教会が厳重に管理していなければならないものだからな

……それに聖槍の力を狙ってくる連中もたくさんいるだろう」


「大丈夫です、先生」


 ……ガラテアは立ち上がると、魔力を抑制する術式の刻まれた黒霊布のブラを装着し、黒い修道服に着替える。彼女がブロンドの髪をかきあげると蠱惑的な女の匂いが部屋にひろがった。


「肉体が変異したせいで、少しサイズが苦しいな……」


「ガラテア君、魔力を抑える薬だ」


 ガラテアがハイディに手渡された丸薬を飲み込むと、膨らんでいたガラテアの胸が少しずつ萎んでいく。


「……なあ、アンリ、オクタヴィアとはどういう関係なんだ?」


 ベッドに腰かけながら、ガラテアはアンリに問いかける。


「どうした急に?……アイツとは昔からの友達だよ、アイツの父親とオレの親父の仲がいいってのもあって昔からよく知ってる

ガラテア……オクタヴィアの奴は美人に目がないから気をつけろよ

……ああ、それと、アイツは女だけしか……ってわけじゃなくてシェイマ以外の男をそういう目で見れないってことらしいぜ」

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