第248話 出発日

 今日はシーヴォルディス聖国に向かって出立する日だ。私はオードラン公爵家の令嬢として聖国を訪問するので、貴族令嬢として最大限に着飾って王宮に向かった。


 王宮にはたくさんの人たちが集まっていて、着々と出立準備が進められているようだ。そんな中で私はお養父様と共に、目立つ場所で待機していたダスティンさんのところに向かった。


「ダスティン様、この度はよろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく頼む」


 お養父様の声掛けにダスティンさんは鷹揚に頷くと、私に視線を向けた。


「レーナ、体調などに問題はないか? 今回の訪問は、君がいなければ成り立たないからな」

「はい。体調は良好です。ご配慮いただき感謝申し上げます」


 周りにたくさんの人がいるので丁寧に答えると、ダスティンさんは満足そうに頷き立ち上がる。そして準備されているリューカ車を示した。


「そろそろリューカ車に乗り込むことにしよう。できる限り早くに出立したほうが良いからな」

「かしこまりました」


 今回のリューカ車割りは、国の代表として向かうだけあってとても余裕がある。私とお養父様、ダスティンさんは全員が一人一台だ。


 私は侍女のパメラと護衛のレジーヌ、ヴァネッサと共にリューカ車に乗り込む。道中は仲良く話をして過ごす予定だ。


 ちなみにティモテ大司教のリューカ車と私のリューカ車は、できる限り距離を離してもらっている。


 そういえば、ティモテ大司教はどこにいるんだろう。できる限り避けたいな。そんな気持ちから何気なく周囲に視線を向けると……シュゼットとカディオ団長を見つけた直後、ティモテ大司教の姿を見つけてしまった。


「あっ」


 つい声に出してしまい、私は無意識にダスティンさんの陰に隠れる。するとダスティンさんは私の意図に気づいてくれたようだ。


 さりげなく私の姿を隠すように動いてくれたけど……無事リューカ車に乗り込む前に、ティモテ大司教に見つかってしまった。


 私に対するセンサーでもあるのかという精度でダスティンさんの後ろに隠れていた私を見つけたティモテ大司教は、恐怖を感じる素早さでこちらにやってくる。


「レーナ様……!!」


 目をぐわっと見開いて私の目の前までやってきたティモテ大司教は、肩で息をしながらその場に跪いた。


「今日この日を迎えることができ、このティモテ、大変感激しております!! レーナ様と共にシーヴォルディス聖国へ向かうそのかけがえのない日々は、神々と通じることができる素晴らしいものとなるでしょう! 私は確信しております!」


 それからも右から左へと流れていくティモテ大司教の言葉は絶え間なく続き、私がゲンナリとし始めた頃にやっと終わった。


 しかし、最後に爆弾を落として。


「ということでレーナ様、ぜひ私のリューカ車に同乗をしていただけませんか!」


 その言葉に曖昧に頷きそうになり……私は慌てて首を横に振った。


「い、いえ! 私は専用のリューカ車を準備されていますので……」


 すぐに断ったけど、ティモテ大司教はしつこく同乗を求めてくる。


「そのリューカ車は他の者が使うでしょう。それよりも道中ではぜひ、レーナ様が感じられている創造神様の気配についてお話を伺いたく……!」


 いや、創造神様の気配なんて感じたことないから! というか感じてたとしても、それをティモテ大司教に話すのは嫌だし、同じ車に乗るなんて論外です!!


 そう叫びたいけどさすがに言えず、どう断ろうかとひたすら悩んでいると……すぐ近くにいたダスティンさんが、私の前に出てくれた。


「ティモテ大司教、申し訳ございません。レーナは今回の訪問によってノルバンディス学院をしばらく休むことになるため、道中は学院で教鞭を取る私と共に勉学に励む予定なのです。レーナは私の研究室に属する学生でもありますから、色々と進めるべき研究もあります」


 ダスティンさんのありがたすぎる助けに、私は思いっきり乗っかった。


「そうなのです。私はまだ勉学が大切な歳ですから……申し訳ございません」


 そこまで理由をつけて断られたら、さすがのティモテ大司教でも強行できないようだ。不満そうに、悲しそうに、この世の終わりのように嘆きながら――なんとか私たちから離れていってくれた。


 ティモテ大司教と距離が離れたところで、私は大きく息を吐き出す。


「ダスティン様、本当にありがとうございます……」

「構わない。あまり教会の者たちには、一人で近づかない方が良いだろうな」


 ダスティンさんの小さな声に私が何度も頷いていると、お養父様も苦々しい表情で私の頭を軽く撫でてくれた。


「レーナ、ティモテ大司教には特に気をつけなさい」

「もちろんです」


 言われなくとも全力で避けていきます!


 そんな気持ちで大きく頷くと、お養父様は少し頬を緩めた。そしてダスティンさんに伝える。


「ダスティン様、レーナのことを守ってくださりありがとうございます。どうか道中も、よろしくお願いいたします。何かありましたら私もすぐに動きますので、合図をくだされば幸いです」

「分かった。何かあればすぐに報告を向かわせよう」


 そうして二人の会話も終わったところで、私たちはリューカ車に乗り込んだ。

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