第247話 スラムの皆

 空間魔法を使って異空間に収納すれば、量は考えずに持ち帰ることができるから、問題はお金だけだ。ただ私に割り当てられているお金は、正直使いきれないほどある。


 今回の遠征でも多額の報酬が出るらしいし、気になったものは端から買ってこよう。ロペス商会で扱えるようなものはもちろんだけど、少しはロペス商会があまり手を出してない分野の品もありかな。


 なんだか楽しくなってあれこれと考えていると、ギャスパー様が私の手を取った。


「レーナ、ありがとう。とても楽しみにしているよ」

「はい。大量に買ってくるので、保管場所を空けておいてくださいね。それからこれはできたらになりますけど、仕入れ先の情報なども聞けたら聞いてきます!」

 

 ロペス商会で働いていた時のことを思い出してそう伝えると、ギャスパー様は柔らかく微笑んでくれる。


「ありがとう。こんなことを言ったら烏滸がましいかもしれないけれど、レーナはずっとロペス商会の一員だよ」

「ギャスパー様……ありがとうございます!」


 正直その言葉は、私にとってとても嬉しいものだった。創造神様の加護を得なければ、絶対にずっとロペス商会で働いていたと断言できるほど、あのお店での仕事が好きだったのだ。


 私が感動していると、ポールさんが口を開く。


「レーナちゃん、ぜひ美味しい料理を見つけたら、そのレシピも集めてきてくれないかな。他の街や他国には、新たな美食があるかもしれないからね……!」


 ポールさんらしい頼みに、私は思わず苦笑を浮かべてしまった。


「もちろんです。道中でいろんな料理を食べてみますね」


 料理人さんたちが同行してくれるけど、その料理人さんたちにその地域の伝統食を食べたいと伝えれば、作ってもらえるはずだ。

 それから認められたら、普通に街の市場で食べ歩きとかをしてみたい。


 なんだかそう考えると少し旅行気分になって、楽しくなってきた。もうティモテ大司教なんて忘れて、道中は特に楽しみたいな。


「ジャックさんとニナさんにもお土産を買ってきますね」

「ああ、ありがとな」

「楽しみにしているわ」


 そうしてロペス商会の皆との挨拶は、とても楽しい雰囲気のまま終わりとなった。


 そして最後に応接室へとやってきてくれたのは――スラムの友達であるエミリー、フィル、ハイノだ。三人は緊張の面持ちで中に入ってくると、私を見て頬を緩めた。


 室内に三人と私だけになったところで、私はまずエミリーに思いっきり抱きついた。


「エミリー、久しぶり! フィルとハイノも会えて嬉しいよ!」

「レーナ、久しぶり!」


 まずはエミリーが抱きしめ返してくれて、それからハイノは私の頭を撫でてくれる。フィルはちょっと照れながら手を差し出してくれたので、ぎこちなく握手を交わした。


「久しぶりに会えて嬉しいな」

「レーナ、元気そうで……その、良かったぜ」


 皆との再会が嬉しくて頬が緩んでしまっていると、私から体を離したエミリーが苦笑しながら口を開く。


「それにしても、すっごく豪華なところだね。緊張しちゃった」

「ここは公爵家だからね。でも皆はもう街中で暮らしてるんだから、少しはスラム以外にも慣れたんじゃない?」


 スラム街の解体は少しずつ前に進んでいて、今は希望者の中から選ばれた少人数だけが市民権を得て、街中で仕事をしているのだ。


 定期的な面談などが行われて、問題が起きなかったら少しずつ人数を増やしていくらしい。

 この三人は読み書きが少しでもできたことで、その最初のメンバーに選ばれた。


「でも街中とここは全然違うよ。スラムと街中ぐらい違う!」

「俺もそう思うな」

「エミリーの言う通りだ」


 三人にそう言われてしまい、確かにと納得した。最近は公爵家の豪華さにも慣れちゃったけど、改めて考えてみると高そうなものばかりだもんね……。


「貴族家の豪華さはちょっと特殊だよね。特にこの家は王家に次ぐ爵位の高さだから」


 私が何気なく発したその言葉に、フィルが自慢げに顎を上げた。


「今のレーナの言葉、ちゃんと理解できたぜ。爵位ってあれだよな。王様が貴族に与えてるなんか凄い称号だよな」


 勉強した知識を自慢するフィルがなんだか可愛く見えて、私はつい笑顔になる。


「そうそう。フィル凄いね」

「へへっ、このぐらいは当然だ」


 これからもちゃんと学んで仕事も頑張れば、皆の生活水準はかなり上がるだろう。そんな事実がとても嬉しい。


「これからも頑張ってね」


 思わずそう伝えると、エミリーが頷きながらも心配そうな表情で私の手を取った。


「私たちも頑張るけど、それよりもレーナでしょ? 遠くの街に行くって聞いたよ」

「そうなんだよね……でもたくさんの護衛とかお付きの人がいるから大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」


 私がそう告げると、三人の表情が緩んだのが明らかに分かった。やっぱり遠くに行くと聞くと、もう会えないと想像してしまうのだろう。


「それなら良かった。じゃあ、レーナこそ頑張ってね!」

「無事に帰ってくるんだよ」

「帰ってきたら、一回ぐらい俺たちの今の仕事場に来いよな!」


 三人のその言葉に、私は笑顔で頷いた。


「うん! 帰ってきたら、またこの屋敷にも呼ぶから、一緒に美味しいものを食べたりしようね」

「楽しみにしてるね!」


 そうして私はスラムの皆にも挨拶をして、出発前にするべき全てのことを終えた。


 後は、シーヴォルディス聖国に行くだけだ。私にできる限りのことをしてこよう。そんな決意を胸に、拳を握りしめた。

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