第221話 戦いの終結
荒い息を必死に抑えるようにして告げられたダスティンさんの言葉は、私にとって到底頷けない内容だった。
「レーナ、私がなんとかして魔物の気を引く。その間に、魔物に致命傷を与えてくれ。それが一番、犠牲が少なく済む」
「それって……っ」
ダスティンさんが犠牲になるってことですか!?
その言葉は声にならなかった。ダスティンさんの瞳には覚悟が浮かんでいて、でも私はそんな覚悟なんてできない。
しかし私が悩んでいる間に、ダスティンさんは動いてしまった。魔物に向かって目眩しの水流を浴びせると、その間に魔物へ向かって一直線に駆けていく。
「ダスティンさんっ……!」
ダスティンさんは、魔物の尻尾によって地面へと叩きつけられた。しかしそこで意識を失うことなく、隠し持っていたナイフを尻尾へと突き刺す。
さらに尻尾を全身で押さえつけながら素早い詠唱を行い、氷で魔物の尻尾を地面に縫い留めた。さらに手のひらを魔物に向けて、至近距離から魔法を放とうと再度の詠唱を始める。
「水を司る精霊よ――」
そんなダスティンさんに向けて、魔物が怒りの表情で氷槍を作り出した。
私はそんな光景を自然と流れ出る涙の向こうに見つめながら、ルーちゃんに頼んでいくつもの攻撃を放つ。私がいる正面から、そして魔物の死角から、地面から、さらに上空から。
今までなら確実に避けられていたけど、魔物はダスティンさんによってその場に縫い留められ、怒りによって意識がダスティンさんに集中していた。
ルーちゃんによって放たれた石弾や火魔法は、魔物に気づかれることなく着弾する。しかしそれと同時に魔物が放った氷槍も、ダスティンさんの胸を貫く――
その寸前で、どこからか飛んできた剣が氷槍を弾き飛ばした。
「無事か!?」
聞こえてきた声は、シュゼットのものだ。シュゼットは投げたのと別の剣を構え、魔物に切り掛かった。
「はあぁぁぁぁっ!」
魔物はシュゼットの強さが未知数だからか、ルーちゃんの攻撃が効いているのか、剣を受け止めるのではなくその場を離れる。
「ダスティンさん!!」
魔物がいなくなったところで、私は必死にダスティンさんの下へ駆けた。怪我の有無も聞かず、ルーちゃんに治癒を頼む。
地面に叩きつけられた時、相当な威力だった。絶対に内臓が無事じゃないはずだ。骨も折れてるに違いない。
そう思ったのは間違いではなかったようで、左腕を治した時よりも明らかに治癒に時間が掛かった。ダスティンさんは辛そうに顔を歪めていたのが、だんだんと眉間の皺が取れ、穏やかな表情になっていく。
「はぁ……なんとか生きていたか」
治癒が終わってから起き上がりそう呟いたダスティンさんに、私は思わず叫んでしまった。
「なんとか生きていたか、じゃないですよ! 命を投げ出すようなことしないでください!」
ダスティンさんは驚いたように瞳を見開きながら、私を凝視する。そして私の頭に軽く触れるようにして謝った。
「――すまない。もう無謀なことはしない」
「絶対ですよ……!」
「ああ、私も死にたくはないからな。それに子供にトラウマを植え付ける趣味もない」
立ち上がりながらそう言ったダスティンさんに、私は少しムッとしてしまった。ここで子ども扱いはずるい。今まで散々、その子供に危険を冒させてたくせに。
「レーナ、あと少し頑張れるか」
色々と文句を言いたかったけど、ダスティンさんが真剣な眼差しを向けた先ではシュゼットを筆頭に騎士団の皆さんが戦っていたので、改めて気合いを入れ直した。
「もちろんです」
「では騎士たちに合わせ、魔法を撃ってくれ。私も魔物の気を引くために補助をする」
「分かりました」
騎士たちは人型魔物に翻弄されているみたいだけど、ダスティンさんが必死に作り出してくれた隙にぶつけた攻撃はかなり効いているようで、魔物の動きは鈍かった。
このままでは魔物を倒し切ることは難しそうだけど、騎士たちのおかげで魔物は自由な動きができず、こちらにはあまり意識が割かれていない状況だ。
これならルーちゃんの魔法は、問題なく当てられる。
私は深呼吸をしてから、近くにいるルーちゃんに視線を向け、ダスティンさんとも視線を合わせた。頷き合ってからダスティンさんが詠唱するのを聞き、ルーちゃんに呼びかける。
「ルーちゃん、魔物の死角から首を貫く氷槍を撃って」
その言葉に答えたルーちゃんは、張り切って魔物に向かって飛んでいった。そして死角に向かうと騎士たちの攻撃タイミングと合わせて、魔法を放つ。
ルーちゃんが生成した氷槍は、かなりの速度だ。狙いはさっきの攻撃で深い傷ができた場所らしく、これが最後の攻撃になってほしいと祈っていると、何かを感じたのか魔物は騎士たちの牽制を無理やり振り切って、後ろを振り向こうとした。
しかし振り向く直前に、魔物の瞳へと吸い込まれるようにダスティンさんが放った複数の氷の矢が向かうと――
魔物は視界に映った氷の矢に咄嗟に手が伸びたようだ。いくつもの氷の矢はパリンッと音を立てながら叩き落とされ、その間にルーちゃんが放った氷槍は魔物の首に到達した。
「うっ……」
そこまで大きくはなかったけど、魔物の呻き声は辺りに響き渡る。そして驚いたように見開かれた瞳のまま、魔物は力をなくしてその場に倒れ込んだ。
その瞬間に周囲にいた騎士たちが一斉に退避し、しばらく警戒していも魔物はぴくりとも動かない。
シュゼットがカディオ団長と共に生死の確認に向かうと、二人は――
魔物の死を宣言した。
「もう生きていない。討伐成功だ……!!」
その声を聞いた瞬間、私はその場にへたり込んでしまった。騎士たちが喜ぶ声をどこか遠くに感じながら、大きく息を吐き出す。
するとさすがのダスティンさんも疲れたのか、私の隣に腰を下ろした。
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