第220話 ギリギリの戦い
「ダスティンさん!」
思わず叫ぶように声を掛けると、ダスティンさんは薄らと目を開き、呻きながら左腕を指差した。
「左腕が、たぶん、折れている。治せるか?」
「もちろん治せます。ちょっと待っててください」
意識があったことに少しだけ安心したけど、ダスティンさんの表情は辛そうに歪められていて、慌ててルーちゃんに治癒を頼んだ。
魔物はまだ石弾に腹部を抉られた衝撃が抜けないのか、こちらに意識を向けていないようだ。お願いだからもう少しこっちに来ないで、治癒が終わるまでは……!
必死で祈りながら実際にはほんの少し、しかし永遠にも感じられる時間が経過し、ダスティンさんの腕は治った。
「ありがとう。痛みが消えた。普通に……動かせる」
「良かったです……!」
なんだか気が抜けて、その場にへたり込みそうになってしまった。しかしそんなことをしては、魔物に殺してくださいと言うようなものだ。
必死に体に力を入れて、ダスティンさんに手を貸した。
「この場から移動しましょう。もうゲートの周辺は魔力がかなり減ってきていて」
「そうだな。レーナ、あいつに向けて僅かな時間差で同時に魔法を撃つ。撃った瞬間に走るぞ」
「分かりました」
ダスティンさんは私に提案してすぐ、すらすらと小声で詠唱を唱えた。私はそんなダスティンに合わせるように、ルーちゃんに呼びかける。
そしてダスティンさんがいくつもの氷の矢を魔物に向けて放った直後、魔物の足元の土を無数の針状に変化させた。
地面から出現した土針が魔物に向かっていくのを最後まで見届けず、踵を返して全力で走る。魔力はもったいないけど、自分に強めの身体強化をかけた。そうしないと、もう体は限界なのだ。
「ダスティンさんにも、少し魔法を、かけますか?」
その問いかけで身体強化のことだと分かったらしいダスティンさんは、少しだけ逡巡してから頷いた。
「頼む。しかし私は慣れていないので、弱めにしてくれ」
「分かりました」
慣れてない人に強い身体強化をかけると、自分の動きが制御できなくなるのだ。ルーちゃんに心の中で細かく指示をして、ダスティンさんにも魔法をかけた。
「……やはり凄いな」
「一気に体が楽になりますよね」
例えるなら、重力が自分だけ半分になったみたいな感じだと思う。ダスティンさんは弱くかけてるから、もう少し効果は薄いだろうけど。
「そろそろ魔力も……」
十分に残ってる場所に来たでしょうか。そう告げようとした瞬間、ダスティンさんに強く腕を引かれた。そして私がさっきまでいた場所に、氷の矢がいくつも突き刺さっているのが視界に入る。
ダスティンさんが助けてくれなかったら……そう考えただけで、恐怖に体が震えた。
魔物と少し距離ができたからって油断しちゃダメだ。完全に倒すまでは、ずっと警戒していないと。
「ありがとう、ございます」
「ああ、できる限り油断はするな。とはいえ、私たちは戦闘の専門家ではないからな……騎士団はまだ来ないのか」
焦れたような声音でそう言ったダスティンさんは、チラッと周囲に視線を向け、近くに人影がないことを確認したのか、大きくため息を吐いた。
「まだしばらく、私たちで対応するしかないようだ」
「そうですね……」
アナンに騎士と兵士への伝言を頼んだけど、あの大混乱の中では動くのも大変だろう。そして逃げている他の人たちも助けを求めて、情報は錯綜するはずだ。
学院に警備として滞在していた騎士が状況を把握して王宮に走り、そこから騎士団が準備をして動くとなると……もう少し時間がかかるかな。
「……っ、来ますっ!」
少し離れた場所に魔物の影が見えたと思ったその瞬間、一気に魔物は距離を詰めてきた。
「早いなっ……!」
石弾が腹部に深く刺さっているはずなのに、魔物の速度はさっきまでよりも上がってるぐらいだ。
「なんでっ」
魔物の表情には、強い怒りが滲んでいた。さっきまでは楽しんでいるような遊びの色が少しはあったのに、それは全て消え去り、感じるのは純粋な殺意だけだ。
「ルーちゃんっ、あいつに火球!」
身体強化のおかげでなんとか致命傷は避けてるけど、魔物に有効打を与えられる隙は全くない。ダスティンさんと二人で、防戦一方だ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
自分たちを守るための攻撃を放ち、あとはひたすら逃げて逃げて、逃げるしかできない。
またしばらく時間が経過した。私もダスティンさんも、そろそろ体力が限界だ。援軍はいつになったら来るんだろう。
やっぱり私の――ルーちゃんの力は、後衛に専念できてこそ最大限に発揮できるものだ。的が小さくて素早い魔物と直接戦うのは、かなり厳しい。
騎士団が来てくれれば倒せるのに。そろそろだと思うんだけど、私が長く感じてるだけで、まだ戦闘開始からそこまで時間が経ってない?
「ルーちゃん、二人とも上に!」
私とダスティンさんを上に飛ばしてもらって、尻尾の薙ぎ払い攻撃から逃れた。魔力がもったいないのですぐ地面に降り、今度は飛んできた氷弾を土壁で防ぐ。
本当にギリギリだ。私が一つ判断を間違えたら、その瞬間に死ぬかもしれない。そんな緊張状態も、より体力を奪っていく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「辛い、なっ」
ダスティンさんからも弱音が聞こえてきた。私は強めに身体強化をかけてるけど、ダスティンさんは弱くしかかけていない。
体の大きさが違うとしても、たぶん先に限界を迎えるのはダスティンさんだ。
どうしよう。このまま防戦一方のままだと、近いうちに私たちが負けることになる。騎士団が来るまでなんとかあの魔物を引き付けていたかったけど、諦めて空に逃げる?
多分あの魔物は空を飛べないから、そうすれば私たちは助かるはずだ。でも私たちという標的がいなくなった魔物はどう動くのか……多分、他の獲物を探すだろう。
つまり家族の皆が逃げた方に向かうのか、学院から出て王都内で暴れ回るのかだ。
どっちにしても最悪すぎる。私たちが助かって、その代わりに大勢の人が命を落としたなんてことになったら、一生後悔しそうだ。
でもだからと言って、私は死にたくないし、ダスティンさんにも死んでほしくない。
どうしよう――そうして思考がループしてしまい、どの選択肢を選べば良いのか迷って決断を下せないでいると、ダスティンさんの声が耳に届いた。
〜あとがき〜
シリアス展開が続いていますが、次で戦いは終わります。
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