第219話 苦戦

 私とダスティンさん、どちらも警戒して自由な身動きができない魔物に、この機会を逃す手はないと私は必死に追撃をした。

 睨みつけてくる魔物の形相にはかなりの恐怖を感じるけど、恐怖に負けたらそれはそのまま命の危機だ。


 魔物が動揺してる間に倒し切りたい……! そう思って魔法をいくつも放ったけど、その全てが弾かれてしまった。やっぱり魔物が油断してないと、攻撃を当てるのは相当難しい。


 ここからどうやって倒せば……せめてあと数人いれば全然違うのに。早く援軍来て、お願いっ。


 心の中でそう願っていると、こちらを最大限に警戒している様子だった魔物は、何を思ったのか自身を貫く氷槍に手を伸ばした。


 そして次の瞬間、思いっきり引き抜く。


「え……」


 私はあまりにも衝撃的な行動に固まってしまい、魔物の体から吹き出したドス黒い血のようなものを、呆然と眺めることしかできなかった。

 しかし次の瞬間には、魔物の傷口は氷で塞がれ、一切血は流れ出さなくなる。


 この魔物、やっぱり魔法を使えるんだ。そんな現実逃避した考えが頭をよぎるけど、そんな事実よりも自分で引き抜いたことが衝撃すぎる。


 もしかして、魔物って人間とは痛覚が違うのだろうか。人型だからどうしても人間と同じ枠に嵌めようとしちゃうけど、それは良くないのかもしれない。

 さっき首があり得ない角度に曲がっていたし、首が落ちてもまだ致命傷じゃないなんて可能性も、あるのかも。


 そんなことを考えながら魔物を最大限に警戒し、さらにしっかりと観察した。さっきまでの感じから、不意打ち以外で離れた場所からの魔法攻撃は当たらないだろうと考えて、どうやって倒すのか魔物の隙を探る。


 もう結構魔力を消費したから、出来る限り無駄な魔力を消費したくはないよね……一つ一つの攻撃を、確実に当てたい。


 そう考えはしても、良い案が思いつかずに場が停滞していると、ダスティンさんがこちらに視線を向けてきた。その視線は何かを訴えているようで――魔物に気づかれないよう目を凝らすと、ダスティンさんは護身用のナイフを取り出していた。


 ダスティンさんが接近戦に持ち込むから、私はその援護をするってことかな。確かに近い場所と遠い場所、どちらからも攻撃が飛んでくれば、捌くのはより難しくなるはずだ。


 私は魔物の隙を見て大きく頷き、ダスティンさんが動く時を今か今かと待った。長いようで短い時間が過ぎ、ダスティンさんが動く。


「はあぁぁぁ!」


 ダスティンさんは魔物の注意を引くためか、大声を出しながらナイフを構えて魔物に向かっていった。


 私はそれを確認した直後、魔物に向けて火球を放つ。火球は直前で気づかれ消し飛ばされたけど、魔物の意識がほんの僅か火球に向いている間に、ダスティンさんのナイフが魔物の首筋に突き刺さる――


 そう確信した瞬間、全く想定していなかった攻撃によってダスティンさんが吹き飛んだ。


「グハッ……ッ」

「うっ……」


 さらに私のお腹も真横に切り裂かれる。一気に腹部が熱くなって力が抜け、倒れるかも――と思いながら視界に入ったのは、魔物の巨大な尻尾だった。しかも先端に鋭い針がついた尻尾だ。


 さっきまでそんなのなかったのに……そう思いながら地面に膝をつき、意識をなんとか繋ぎ止めてルーちゃんに治癒をお願いした。


 幸運なことに魔物は私にトドメを刺す必要を感じなかったのか、私から視線を逸らしてくれた。その代わりにダスティンさんの方へ向かったのかもしれないけど、今はそっちにまで手が回らない。とにかく早く治癒しないと。


 ルーちゃんの治癒によって、腹部がぬるま湯に浸かったような気持ちよさに包まれ、少しして信じられないほどに怠かった体に力が戻ってくる。


 すぐに治癒は終わり、もう痛みも傷跡もなかった。


「ルーちゃん、ありがとう」


 素早く立ち上がって心からの感謝を伝え、ダスティンさんが吹き飛んだ方向へと優雅に歩く魔物を後ろから睨みつける。

 幸いにも魔物に、私の怪我が治ったことは気づかれていないみたいだ。魔物がこっちを警戒していない今、絶対に攻撃を当てる。


 そう決意して、ルーちゃんに心の中で魔法を頼んだ。その瞬間にルーちゃんは張り切って高威力の魔法を撃ってくれて――


 魔物に向かって飛んでいった火球は、途中で気づかれて難なく防がれてしまった。しかし次の瞬間、魔物の腹部に鋭い石弾が突き刺さった。


 上手くいった……! 咄嗟に考えた二重に魔法を放つ作戦だったけど、なんとか形になったみたいだ。さすがルーちゃん。


 魔物は火球を防げたことで安心していたのか、腹部に受けた衝撃に瞳を見開き固まっている。石弾は貫通はしてないけど、小さいので無理やり抜くこともできず、魔物の体内に埋め込まれたままになったようだ。


 私は魔物が衝撃から動きを止めているうちに、ダスティンさんが飛ばされただろう場所に駆けた。

 するとダスティンさんは、辛そうに地面へと倒れ込んでいた。

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