第222話 安堵と騎士たち
私の横に腰を下ろしたダスティンさんは、喜んでいる騎士たちに視線を向けながら口を開いた。
「疲れたな」
その言葉は今までダスティンさんから聞いた言葉の中で一番重く響くような声音をしていて、私は心から同意をする。
「本当に疲れました。一刻ぐらい戦い続けていたような気がしてますけど、実際はもっと短い時間ですよね」
「そうだな。その半分以下だろう」
やっぱりそのぐらいだよね……それにしては本当に疲労感が強い。でもそれ以上に達成感もあるかな。
「なんとか被害を抑えられて良かったです」
「ああ、本当に良かった。レーナ、ありがとう」
「ダスティンさんこそ、一緒に戦ってくださりありがとうございました」
「それはこちらのセリフだな」
私たちは顔を見合わせると、穏やかに笑い合った。それからしばらく取り止めのない話をしながら体を休めていると、ふとゲートの存在を思い出す。
「そういえばゲートって……」
存在していたはずの方向に視線を向けると、ゲートはもう跡形もなかった。いつの間にか消えていたみたいだ。
あの小さなゲートは、人型魔物が一体だけ排出されるゲートだったのかな。それとも今回はたまたまそうだっただけ?
とりあえず緊急事態は脱したけど、分からないことが多すぎるね……ゲートが街中に現れて、出現からすぐに魔物が排出され、さらにその魔物が人型で、信じられないほどの強さを有してる。
こんな事実が明らかになったら、そしてこんな事態がこれから頻発するとなれば……想像するだけで恐怖心が湧き上がった。
「ダスティンさん、これからどうなるのでしょうか」
「……私にも分からない。しかし今までのような平和が享受できる日々は、終わりかもしれないな」
やっぱりそうだよね……高望みなんてしないから、穏やかで人並みに幸せな生活が送れれば良いのに。それ以上は望まないのに。
最近はなんだか、不安になることが起きすぎている。
自然と眉間に皺が寄ってしまっていたら、ダスティンさんが立ち上がった。
「レーナ、騎士たちのところへ行くぞ」
手を差し出されて、私はその手を取ってなんとかその場に立ち上がる。酷使した体は、全身が痛みを発していた。
治癒は……この筋肉痛のようなものに対して効果があるのか分からないし、もうかなり魔力が減っているから止めておこう。
もしかしたら、酷い怪我を負った人がいる可能性もある。
「分かりました。これからのことを聞かないといけませんよね」
「ああ、それからゲートがここだけに出現したと考えるのは楽観的すぎるだろう。他での被害の有無と、避難した皆の現状も知りたい」
「そうですね」
シュゼットとカディオ団長がここに来たということは、他での被害はないと思いたいけど……。
そう祈りながらダスティンさんと騎士たちの下に向かうと、一番にこちらに気づき駆け寄ってきてくれたのはシュゼットだった。
「レーナ、今回は本当に助かった。ありがとう。第二王子殿下もありがとうございました」
「なんとかあの人型魔物を抑えられて良かったわ」
「騎士団も援護、助かった。私はシュゼット副団長に助けられたようだ」
ダスティンさんの感謝に、シュゼットは首を横に振る。
「いえ、本当ならばもっと早くにお助けしなければいけないところでした。なんとかギリギリ間に合って良かったです」
「今回は仕方がないだろう。本当に突然の出来事だったからな。他の場所では似たような騒動が発生しているのか?」
ダスティンさんの問いかけに、シュゼットは首を横に振った。それを見て私は、とりあえず安堵する。ここの一件だけでも十分不安になる出来事だけど、そんな出来事が頻発していなくて良かった。
ただあくまでもこの王都の中では他に発生していないってことだから、他の場所ではどうなのかな……。
「今のところ、イレギュラーなゲートの出現情報があるのはここだけです。ただしばらくは見回り等を強化し、警戒態勢を維持することになるでしょう」
「そうか、その辺りはこれからの話し合い次第だな」
「そうなると思います」
そこまで話をしたところで、倒れた人型魔物の近くにいたカディオ団長がこちらにやってきた。
「第二王子殿下、そしてレーナ、今回は本当に助かりました。脅威を抑え込んでくださりありがとうございます。お二人のおかげで王都は無事です」
団長がしっかりと頭を下げて感謝を伝えてくれたので、私とダスティンさんも真剣に答えた。
「大きな被害が出なくて良かったわ」
「出現した魔物が一体だけだったというのも、不幸中の幸いであった。先ほど人型魔物を検分していたようだが、何か分かったか?」
ダスティンさんの問いかけに、カディオ団長は首を横に振る。
「いえ、重要な発見はありませんでした。ただ我々人間と同じような形をしていますが、細部は異なるようです。耳の位置や口腔内の様子など、一つ一つを見ていくと確かに魔物です」
「そうか。私もじっくりと見てみたいな。魔物素材は頻繁に扱っているので、他の魔物との比較もできる」
そう告げたダスティンさんは変わらず低い声で真面目な雰囲気だったけど、チラッと見上げたダスティンさんの口元が緩んでいた。
ダスティンさん、ワクワク感が隠しきれてないですよ。
あの人型魔物にワクワクできるダスティンさんは、本当に凄いと思う。私はいくら新種だからって、人型ってだけで嫌悪感が湧いてしまう。動物型の魔物は前回のゲート遠征もあって、かなり慣れたんだけど。
「魔物は王宮に運びますので、殿下が研究に参加されることも可能でしょう」
「そうか。では王宮で研究者たちに声をかけよう」
そこで話が一段落したので、私はずっと気になっていたことをカディオ団長に問いかけた。
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