第215話 発表本番
「皆さん、魔道具研究室の発表に興味を持ってくださり、ありがとうございます。ではさっそく本日の発表内容を説明していきます」
マイクのようなものはないので声を張り、できる限り遠くの人にも届くように口を開いた。ざっと周りを見回してみると、聞こえてなさそうな様子の人はいないので、この声量で問題ないみたいだ。
今日が風のない、良い天気の日で良かったね。
「説明は私、レーナ・オードランが行います。そして魔道具を動かすのはアナン・ブルジェ。補助をしてくださるのが研究室の教授であるダスティン・アレンドール様です」
研究室の発表は基本的に生徒が主導になるので、ダスティンさんは補助をするだけだ。
本当は原理などを完全に理解しているアナンが説明者となる予定だったんだけど、アナンは魔道具のこととなると饒舌になり、気球が飛ぶ原理や使用している魔物素材のこだわりなどを何時間にも渡って説明し続けるから、仕方なく私が説明をすることになった。
それからアナンが人前に出るのが苦手ということも考慮した。私も裏方の方が好きなタイプなんだけどね……公爵家に入ったのだから、そんなことは言えない。
ここは慣れるしかないよね。
「本日発表するのは、空に浮かぶ魔道具です」
空に浮かぶ、その言葉を発した途端に、僅かなざわめきも消え去って妙な静けさが辺りを包み込んだ。
遠くのざわめきだけが聞こえてきて、息をするのも憚られるような空気の中で……靴が地面と擦れるような音が響き、それを合図に辺りが一気に騒がしくなった。
「ど、どういうことだ?」
「魔道具で空を飛べるのか?」
「いや、そんなことはあり得ないだろう」
「でも殿下の研究室だぞ」
「まさか開発されたのだろうか」
様々な言葉が私の耳に入る中、話を先に続ける。
「私たちは空を自在に飛び回れる飛行の魔道具研究を進めていますが、まだ実用化には程遠いのが現状です。しかし空に浮かぶ、ここだけは魔道具で実現できるようになりました。したがって本日は、皆様にその魔道具を見ていただこうと思います」
私の説明が進むにつれて見学者たちの興奮度が上がっていくのを感じながら、ゆっくりと周囲を見回した。すると家族皆が驚きというよりも、私に心配の眼差しを向けてくれているのが見える。
その眼差しに少し緊張していたのが吹き飛び、体が軽くなったように感じながら気球型の魔道具を手のひらで示した。
「ではさっそくご覧ください。こちらです」
その言葉とほぼ同じタイミングで、アナンが魔道具を起動してくれた。ゆっくりと動き出した魔道具は、地面から離れて宙に浮かんでいく。
ちなみにこの魔道具は、細かい部分を見たら気球とはかなり違うものになっていると思う。ただ見た目は相当似ている仕上がりだ。
「おおっ、浮いたぞ!」
「何で浮くんだ!?」
「風は感じられないよな……?」
「飛行魔法とは違うのか?」
驚きや疑問の声が、たくさんその場に溢れた。気球を知っていた私でさえ、初めて飛んだところを見た時には感動したからね……他の人の驚きは尚更だろう。
ダスティンさんとアナンは皆が驚いている様子を見て、少しだけ楽しそうに口元を緩めていた。そんな二人を見て、私も楽しくなってしまう。
研究成果を発表できるのって、楽しいかも。
「今は縄によって地面近くに固定していますが、この縄を外せばもっと上に浮かんでいきます。そこで私が籠に乗り込み、こちらの縄は外してみますね。残り二つの長い縄が伸び切るところまで、この魔道具は上空に浮かびます」
そう説明しながら籠と縄を示すと、まさか人が乗り込んでさらに浮かんでいくとは考えていなかったのか、多くの人が驚きを露わにした。
そんな中で私は、さっそく籠に乗るためダスティンさんの手を借りる。
見学している人たちは心配そうだけど、何度も練習を重ねたし、そもそも私はルーちゃんによって自分でも飛べるので、あまり緊張はしていない。
早くもっと上まで飛べるところを見せたいな。そんな気持ちで籠に乗り込み、笑顔でダスティンさんとアナンに合図をした。
「では……いきますっ」
私の笑顔に緊張の面持ちで頷いたアナンが、意を決した様子で縄を外してくれた。それと同時に気球型の魔道具は地面近くに縫い留められている力がなくなり、ぐんぐん上へと上昇していく。
「良い景色だね……風が気持ち良い」
思わずそんな言葉を呟いてしまった。乗り物に乗って浮かぶのと、ルーちゃんの飛行魔法で浮かぶのは少し感覚が違うのだ。
やっぱり乗り物に乗ってる方が、純粋にその時間を楽しめる気がする。
「このように上がっていきまーす!」
見学している皆に手を振りながら声を張ると、何人かが手を振ってくれた……と思う、多分。もう地上にいる人たちの姿はかなり小さくて、その表情は窺えない。
ここから私の声は下に届かないから、しばらくは自由時間かな。
そう思って景色を堪能しようと辺りを見回すと、王都の賑やかな街並みやスラム街の様子が目に入った。さらには遠くにある森、山など綺麗な自然も視界に映る。
向こうに凄い雲があるね……雨が降ってるのだろうか。そういえばこの世界の雲は、日本で言う夏みたいな雲が多い。入道雲みたいなやつだ。
ああいう雲が流れてくると、かなり酷い大雨になる。でもかなり遠くだろうし、学祭は晴れのまま終わってくれるかな。
ゲートは……見える範囲にはないね。最近はゲートが頻発していて、さらに一つ一つのゲートにもイレギュラーが頻繁に発生しているらしいし、心配だ。
この綺麗な景色が荒らされることがなければ良いけど。
そんなことを考えていたら、魔道具が下降を始めた。自由時間は終わりらしい。
「皆さん、どうでしたか?」
魔道具から降りたところで問いかけると、見学に集まっていた皆さんは、私の予想以上の熱量になっていた。
「私は凄いものを目撃したよ……!」
「これは購入できるのかね!?」
「俺も乗ってみたいのだが」
「どういう用途で使うことを想定している?」
「魔道具の世界が変わるぞ……!」
突然いろんな方向の質問が投げかけられて困っていると、ダスティンさんが助け舟を出してくれる。
「数人程度ならば乗ってもらうこともできるが、体験したい者はいるか?」
その問いかけに、その場にいた数十人が一斉に自分をアピールし始めた。とりあえず皆の意識が試乗に向いたところで、私は少し後ろに下がる。
貴族っぽい人たちが何人も自分こそはって前に出てきてるから、ここはダスティンさんに任せた方が良いだろう。
「アナン、お疲れ様。問題なく動いた?」
ちょっと疲れてる様子のアナンに声をかけると、こちらに視線を向けて頷いてくれた。
「問題ないです」
「それなら良かったわ。あと少し頑張りましょう」
「はいっ」
それからは研究発表の時間が終わるギリギリまで希望者に試乗をしてもらって、私たちの研究発表は大成功の中で幕を閉じた。
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