第216話 信じられない事態

 研究発表が無事に終わったことに安堵し、安心感から自然と頬が緩んでしまう中、ダスティンさんに声を掛けた。


「無事に終わって良かったです」

「ああ、反応も良かったので、これなら研究予算を国から引っ張ってこれるかもしれないな」


 私の言葉にそう返したダスティンさんは、楽しげに口角を上げている。


 確かにあり得るけど……ダスティンさんだと信じられない予算をもらってきそうで怖い。そしてダスティンさんとアナンなら、魔道具研究には何の躊躇いもなく大金を注ぎ込むよね。


「……適度にお願いしますね?」

「もちろんだ」


 ダスティンさんは頷いてくれたけど、楽しそうな表情を見ていると全く信用できない。


 ……まあ、国が決定した予算なら全部使っても問題はないよね。私の心労を考えなければ。


「とりあえず、早く片付けちゃいましょう。次の発表の人たちが来てしまいます」

「そうだな。アナン、これを持ってくれ」

「分かりました」

「レーナはこれを――」


 そうして片付けを始めた直後、研究発表に集まってくれていた人たちの一部から、突然どよめきが起こった。


「うわっ」

「この光なんだ!?」

「なっ、何だこれ」


 なんとなく小さなトラブルじゃない気配がして、すぐに混乱が起きている場所に視線を向ける。


「おいっ、ヤバいぞ……!」

「何か知ってるのか?」

「早く逃げろ!」


 しかし慌ててる人たちの声が聞こえてくるだけで、人の壁に遮られ現場は見えなかった。逃げろって言葉が出てるってことは、緊急事態なんだろうけど……この場でそれほどの緊急事態って何だろう。全く思い浮かばない。


 どう動けば良いのか判断を仰ぐためにもダスティンさんの顔を見上げ、視線が交わされたその瞬間。信じられない言葉が耳に入った。


「ゲ、ゲートが突然現れた! しかも割れ始めてる!」


 え……ゲ、ゲート!?


 あまりにも信じられない言葉に、情報を処理しきれない。だってゲートは街中に現れることはなかったはずだ。今までの歴史で、ゲートが現れる場所は自然豊かなところだと証明されてるって学院で習ったし、騎士たちにも聞いた。


 なのに何で王都内の、しかも学院の広場にゲートが出現するの? それ、本当に魔物が出現するゲートなのだろうか。ゲートには別の意味があるとか、誰かの見間違いとかって言われた方が納得できる。


 でも、割れ始めてるって言ってたよね……その言葉を叫ぶということは、ゲートのことをしっかりと理解してる人だってことだ。

 ということは見間違えの線は薄くて、さらに割れ始めてるのが本当なら、すぐにでも魔物の排出が始まるかもしれない。


 そんなことが起きたら、王都はどうなるのか……。


 混乱と衝撃で思考がまとまらない中、どよめきが起こった場所から次々と人が逃げ始めた。誰もが我先にとその場から走り去っていき、視界を遮るものがなくなる。


 すると目に入ったのは……よくある建物の扉程度の大きさである、ゲートだった。イレギュラーな小ささではあるけど、明らかにそれは騎士団が普段から対処に当たっているゲートそのものだ。


 そして割れ始めているというのも正しかった。ゲートの中心には大きめの亀裂が入っていて、いつ魔物の出現が起きてもおかしくない状況だ。


 普通ならゲートの出現から魔物の放出まで、数日の時間があるはずなのに。今までのセオリーと違いすぎるゲートに、どう評価するべきなのかも分からない。

 小さなゲートだから放出される魔物も弱くて小さければ良いけど……そんな楽観視はできないよね。


「ダスティン、さん」


 混乱しながらも何とか隣にいたダスティンさんに声をかけると、ダスティンさんも衝撃に呆然としていたようで、ハッと体を動かすとこちらに視線を向けてくれた。


「ゲート、で合っているか?」

「はい、私の目にはそう見えます……」


 ダスティンさんも自分の目が信じれなかったみたいだ。しかし私が頷くと、現実を受け入れるように眉間に皺を寄せた。


「とにかく、非戦闘員に避難勧告をするべきだな。そして騎士団にも連絡をしなければ、すでに割れ始めているが、どのぐらいで魔物の放出が始まるのか」


 やっと少し冷静になり今後の対応を話し始めたその時、心臓がキュッと引き絞られるような、嫌な音が耳に飛び込んできた。


 ギィィィという、あの大きなゲートでも聞いた、ゲートが開くとき特有の異音だ。確か他のゲートでは、この音が聞こえてからすぐに魔物の放出が始まったような……。


 そんなことを考えているうちに、ゲートの向こうから生暖かい風がブワッと流れ込んできて、頬を撫でた。

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