第214話 研究発表準備

「君はどのようにすれば、普通の樹木から切り出した木材をトレントから採取できる木材の代用とすることができると思う? ぜひ意見を聞かせてもらいたい」


 そう問いかけられたご令嬢は、案の定さっきまでの内容を理解できていなかったようで、突然の問いかけに焦りを浮かべた。

 しかし何かを言おうと必死にはなっていて、意味のない声が口から漏れている。


「えっと……その、あっ、えっと、ト、トレント……?」


 全身に冷や汗をかいていそうなご令嬢は、じっと見つめてくるダスティンさんの視線に、無意識なのか一歩後退った。

 そして何を思ったのか隣にいた美人な女性を手のひらで示すと、返答を丸投げする。


「わ、私よりもこちらの方がお考えをお持ちのようですわ」

「え!?」


 丸投げされた美人な女性も、不運なことに言葉が出てこないらしい。頬を引き攣らせながら、なんとか笑顔だけは維持しているように見える。


 そんな女性たちの内心は絶対分かっているのに、ダスティンさんはいい笑顔で静かに女性たちを見つめ続けていて……私はさすがに女性たちが不憫になり、その場に割って入ることにした。


「ダスティン教授、遅れて申し訳ありません。そろそろ準備をしましょう」


 女性たちの間を縫ってダスティンさんとアナンの下に向かうと、その場にいた全員の視線が私に集まる。


「レーナ、やっと来たか」


 ダスティンさんが私のことを呼び捨てにしたからか、さっきまでの完璧な笑顔が少し崩れたからか、理由は分からないけど、私に集まる女性たちからの視線が鋭さを増した気がした。


 助けてあげたんだから、もうちょっと視線が柔らかくても良いのに。そんなことを考えつつ、女性たちには視線を向けないよう気をつける。


 ダスティンさんに近い存在である私への値踏みするような視線だったり、創造神様の加護を持つ存在に対する物珍しそうな視線だったり、種類は何にせよ、あまり気持ちの良いものじゃないだろうから。


「準備は進んでいますか?」

「ああ、必要なものは全てここにある。後は設置をするだけだ」

「分かりました。では時間もあまりないですから、素早く設置しましょう。アナンも大丈夫?」


 ダスティンさんと当たり障りない会話をしてから、ダスティンさんの陰に隠れて小さくなっていたアナンにも声を掛けた。

 アナンはこんなに注目を浴びたのは初めてだろうし、かなり緊張しているみたいだ。


「少し荷物を持つわ」

「あ、ありがとう、ございます」


 アナンに荷物を渡してもらっていると、ダスティンさんがよく通る声で告げた。


「では皆、準備をするのでそこを空けてくれるか?」


 その言葉に、集まっていた女性たちはさーっと波が引くように遠ざかる。さすがにこの流れで、さらにダスティンさんへアピールする人はいないみたいだ。


 私たちの周りに誰もいない空間ができて、小声なら誰にも会話が聞かれないようになったところで、私は思わずいつも通りの口調でダスティンさんに声を掛けてしまった。


「ダスティンさん、もう少し敵を作らない方法にした方が良いんじゃないですか? いくら女性たちから言い寄られるのが面倒だからって……」


 少しだけ咎めるようにそう言ってしまうと、ダスティンさんは心外だと言うように片眉を上げる。


「私は皆の要望に答えただけだろう? 魔道具の話をしたいと言ってきたのはあちらだ」

「いや、確かにそうかもしれませんが……あの話に付いていけるのって、アナンぐらいじゃないでしょうか」

「それは向こうの勉強不足だな。しかしそう言うということは、レーナも理解したのではないのか?」

「――まあ、大体は」


 最近の勉強の甲斐あって、ダスティンさんの話の内容は分かった。アナンとダスティンさんの会話を、日頃から聞いてる成果でもあるのかもしれない。


「ほう、さすがだな。ではレーナは意見があるか?」

「普通の木材をトレント木材の代用とする方法ですよね」

「そうだ」

「そうですね……少しだけ思ったのは、トレントから採取できる木材って特殊な効果がたくさんあるので、木材じゃなくて別の素材による代用を考えた方が良いんじゃないかと」


 トレントから採取できる木材って、確か吸湿性に優れてるのに木材が腐ることはなく、さらに強度もかなり高いのだ。

 その代わりに加工は相当難しい。


「ほう、面白い意見だ」


 私の返答は合格基準に達したのか、ダスティンさんは楽しげな笑みを浮かべて私を見下ろした。


「今度その意見について話し合おう。どの素材が代用に向くのか、実験もしてみたいな」

「……分かりました。ただ他の研究が落ち着いてからにしましょう」


 それと今この場で、その笑顔を私に向けるのはやめて欲しいです……魔道具に対する笑顔なのに、多分女性たちからはダスティンさんが私に笑顔を向けているように見えてると思う。


 私に突き刺さる女性たちの視線がさっきまでよりも鋭くなったから、ほぼ確実だ。


「分かった。では今は準備だな。――アナン、そちらの紙を取ってくれるか?」

「は、はいっ」


 それからはあまり無駄口も叩かず、真剣に研究発表の準備を進めた。元々この場所では設置をするだけだったので、十分ほどで準備は整う。


 私たちの研究室が今回発表するのは、私が何気なく口にして二人が必死に研究を重ねている気球だ。実は小さな気球型の魔道具はすでに成功していて、人を乗せた実験も何度か行った。


 大きさは二人乗りぐらいだけど安全面に問題はなく、宙に浮かぶ乗り物だ。今日はその気球にまず私が乗ってお披露目をし、それから見学者にも何人か乗ってもらう予定を立てている。


「よしっ、これで問題ないな。発表を始めよう。レーナ、頼んだぞ」

「分かりました。アナンも準備は良い?」

「はいっ」


 私は最後にもう一度準備が整っていることを確認してから、集まっている多くの見学者に向けて、笑顔で口を開いた。

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