第211話 貴族たち
「凄かったわね」
テオドールたちを最後まで見送ってから皆に声をかけると、まずはメロディが可愛らしい笑顔で頷いてくれた。
「はい。とても素敵でした。見に来て良かったです」
「……テオドールにしては凄かったわね」
アンジェリーヌも少しだけ躊躇いながらテオドールを褒め、オレリアは「素敵でした……!」と瞳を輝かせて前のめりだ。
「あのような姿を見ると、私も剣をカッコよく扱いたくなってしまいます」
そう言ったのはメロディで、私は少し驚いて瞳を見開いてしまった。可憐で可愛らしいメロディが、剣に憧れの気持ちを持つことに驚いたのだ。
でもメロディが剣を振るったら……絶対にカッコいいと思う。この可愛い容姿と剣を扱う姿のギャップに、皆がさらにメロディを好きになりそうだ。
絶対に今までの比じゃないぐらい、求婚の手紙が届くよね。今でさえメロディは、かなり手紙を受け取ってるらしいのに。
「あっ、テオドールが戻ってきたみたいです」
剣を構えるメロディを想像していたら、オレリアの声が耳に届いた。そちらに視線を向けると、いつも通りの笑みを浮かべて楽しそうなテオドールがいる。
隣にはすでにリオネルがいて、談笑しているみたいだ。
「私たちも声を掛けましょう。せっかく見にきたのだから」
「そうですね」
四人でテオドールの元に向かい、テオドールとリオネルの二人に声を掛けると――その瞬間、別方向からもテオドールに声を掛ける人たちがいた。
そちらに視線を向けると、その見た目からテオドールの家族であるモンジュ伯爵家の人たちだと分かる。特にお父さんがテオドールにそっくりだ。
「あっ、父さん母さん、兄ちゃんも来たのか。俺の発表どうだった? それにレーナ様たちも! ありがとうございますー!」
テオドールは知り合いが集まったことで笑顔になり、家族に向かってぶんぶんと手を振ると、私たちにも同じように声を掛けた。
剣を振ってる時のキリッとした表情とは別人で、なんだか和んでしまう。やっぱりテオドールのこの緩さが、貴族社会では心のオアシスだね。
テオドールには、ずっとこのままでいてほしい。
そう思いながら、自然と緩んだ頬をそのままにテオドールに声を掛けた。
「とてもカッコよくて素晴らしかったわ」
その声掛けにテオドールは嬉しそうに口角を上げ、満面の笑みで口を開く。
「ありがとうございます!」
「まあ、良かったんじゃない?」
「素敵でした」
「か、カッコ良かったです……!」
アンジェリーヌ、メロディ、オレリアもテオドールに声を掛け、順番に笑顔で頷いたテオドールは、満面の笑みのまま右手で大きく自分の家族を示した。
「そうだ、皆さんに紹介しますね! こちらが俺の家族です。それで皆、こっちが友達のリオネル・オードラン、レーナ・オードラン様、それからアンジェリーヌ……」
テオドールは自分の家族を私たちに向けて雑に紹介すると、次は家族に向けて私たちの名前を伝えていった。それを聞いているテオドールの家族――モンジュ伯爵家の皆さんは、最初は呆気に取られた様子で固まっていたけど、だんだんと顔色を悪くしていく。
そしてテオドールの紹介が終わったタイミングで、三人全員が大きく頭を下げた。
「も、申し訳ございません……! もっと早くにご挨拶をしなければならないところ、遅れてしまいました。正直に申し上げますと、まさか息子が本当にオードラン公爵家やマルブランシュ侯爵家の方々と、ご縁があるとは思っておらず……」
そう言ったモンジュ伯爵に、テオドールは心外だと言うように眉を上げた。
「え、俺何回も言ったよな? 父さん酷いなぁ」
「……本当だと思うわけがないだろ! それに父さんじゃなくて父上と呼べと何度言ったら分かるんだ! 口調も直しなさい!」
モンジュ伯爵は小声で叫ぶという器用なことをして、テオドールを叱った。しかしテオドールにはあまり響いてなさそうに見える。
私としてはテオドールにはこのままでいて欲しいけど、家族は苦労してるんだね。というか予想外にしっかりとした貴族らしい家族で、なんでテオドールがこの緩い感じに育ったのか凄く不思議だ。
やっぱり生まれつきの本人の資質もあるのかな。
「分かったって。とりあえずこの通り、全員友達だから。特にリオネルとは仲が良いんだ。な?」
テオドールがリオネルの肩に腕を回して問いかけると、リオネルは頬を緩めながら頷いた。そしてその様子をハラハラと見守っていたモンジュ伯爵に、公爵家子息らしい綺麗な笑みを向ける。
「テオドールは良き友人だ。これからも仲良くしていきたいと思っている」
「寛大なお言葉、ありがとうございます……!」
そうして私たちが交流を深めていると、このやり取りの様子を周囲から窺っていた他の貴族たちが、ギラギラと瞳を輝かせて私やリオネルを見ていることに気づいた。
今回モンジュ伯爵に私たちと話をする機会が与えられたことを見て、どうにか縁を結びたい人は、子供たちに友達になれと伝えるのかもしれない。
もしかしたらこれから、別のクラスや学年が違う人たちからも声を掛けられるのかも……ちょっとだけ憂鬱だ。リオネルが学祭は社交の場だから嫌だと言っていたのが、今なら少しだけ分かる。
「では、私たちは行きましょうか」
ちょっとだけ楽しい気分が削がれたのを持ち直すためにも、努めて明るい声を出した。するとメロディ、オレリア、アンジェリーヌはすぐに頷いてくれる。
アンジェリーヌがいつもよりしおらしく見えるのは、貴族たちがたくさんいるからなのかな。そんなことを考えながら、リオネルとテオドールにも視線を向けた。
「二人はこれからどうするの?」
二人は顔を見合わせてアイコンタクトをすると、すぐに私たちと一緒に来ることを決める。
「私たちも一緒で構わないかな」
「もちろんよ」
「ありがとう。ではさっそく行こう。お腹が空いたからね」
リオネルのその言葉によって、さっそくその場から移動することになり、最後にテオドールが家族に向けて手を振った。
「じゃあ父さん……じゃなくて父上と皆、適当に学祭を楽しんでな!」
さっきの注意をほとんど聞いていないテオドールの声掛けに、モンジュ伯爵家の三人は頭痛がするのか額に手を当てたり、眉間に皺を寄せる。
胃薬でも差し入れしてあげたいな……そんなことを考えながら何気なく周囲に視線を向けると、そこにいた貴族たちの視線は、モンジュ伯爵家の人たちとは全く違った。
テオドールに対して呆れているというよりも、興味深そうな視線を向けてるって感じなのだ。
もしかしたらテオドールのこの貴族らしくない行動が、私たちに近づく一手だとでも考えているのかもしれない。
それなら、これから声を掛けてくる人はテオドールみたいになるのかな。
それはちょっと、面白そう。
「うわっ、いい匂いしてきた」
テオドールの嬉しそうな声が耳に入り、思考が中断された。するとちょうど私のところにも美味しそうな匂いが漂ってきて、お腹が鳴りそうになる。
難しいことは後回しで、今は屋台巡りを楽しもう。
「早く行きましょう」
皆にそう伝えて、屋台が立ち並ぶ場所に向かった。
〜あとがき〜
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蒼井美紗
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