第210話 テオドールの発表

 三人の中でベールは選択肢にないらしく、カチューシャかピンの二択で悩んでいるようだ。


「レーナ様はどちらが良いと思われますか?」


 メロディの問いかけに二つのアクセサリーをしっかりと観察して、少しだけ悩んでから口を開いた。


「こちらのシンプルなピンが良いと思うわ。どんな髪型にも合わせられるから」

「確かにそうですわ」

「ではこっちにしましょう。これで四人分、良いかしら」

「もちろんでございます」


 アンジェリーヌの言葉に店員さんは笑顔で頷き、さっそくアクセサリー作りをその場で始めてくれた。

 あまり時間はかからないとのことなので作っている過程を見ていると、選んだ花だけじゃなくて、その花を引き立たせる他の花や葉っぱの提案もしてくれるみたいだ。


 もちろん別料金なんだけど、貴族がそんなお金を気にするはずもなく、皆はどんどん花を盛っていった。

 でも出来上がっていくアクセサリーに盛りすぎ感は全くなくて、ちょうど良いバランスだ。やっぱりプロは凄い。


 それからしばらくして、四つの可愛いアクセサリーが完成した。


「お待たせいたしました」


 笑顔で渡されたアクセサリーをそれぞれ手に持ち、皆で自分のものを見せ合う。三人の瞳は輝いていて、出来栄えに満足しているのがすぐに分かった。


 私としても、とても可愛くて大満足だ。


「お付けするサービスもやっておりますが、いかがいたしますか?」

「ではお願いするわ」


 アンジェリーヌがすぐに答えて、店員さんが屋台の中から出てきてくれた。そして四人とも髪飾りをつけたら、学祭を楽しむ準備が完了だ。


「皆様とてもお似合いです」

「ありがとうございます。あなたの腕も素晴らしいわ」


 私が代表して答えると、店員さんは口元を綻ばせてから綺麗に一礼してくれた。


「では、さっそく次に行くわよ!」


 憧れのアクセサリーを身に付けられたからか、笑顔でテンション高めなアンジェリーヌがそう言って、弾むように一歩を踏み出した。


「そうね。次はテオドールのところよ」

「はい、あちらですね」


 それから四人で場所を移動していると、テオドールの研究発表が行われる予定の場所に、明らかに多くの人が集まっているのが見えてきた。


 研究室の発表ってどれほどの人が見るのかと疑問だったけど、この様子だと結構人が集まるみたいだ。私たちの研究は皆に楽しんでもらえるのか……ちょっとだけ不安になってくる。


「レーナ様、あっち側はまだ空いてるようです……!」


 オレリアが空いてる一画を見つけてくれて、運よく四人でそこに収まることができた。これでテオドールの剣術披露が見えないってことはないだろう。


 安心して周囲を見回していると、ちょうど同じ衣装を着て帯剣した十人程度の生徒が、一糸乱れぬ動きでこちらにやってくるのが目に入った。


「来たみたいね」


 凄いな……日本のテレビで見た、大人数で行進とかするあの競技みたいだ。集団行動って名前だっけ?


「止まれ!」


 発表が行われる広場の中心で先頭の男子生徒が声を張ると、全員が一斉に足を止めた。


「構えー!」


 今度は鞘からシャランっと剣が抜かれる。剣は刃が丸められている安全なやつに見えるけど、それでも何本もの剣が並んでいる様子は威圧感があって圧倒された。


「凄いわ……」


 思わず呟くと、三人からも似たような呟きが聞こえてくる。テオドールは最後尾の一つ前にいて、いつもは見ない真剣な表情で剣を構えていた。


 異様な緊張感が場を満たし、私がごくりと喉を鳴らしたその瞬間。


「始め!」


 その声に従って、全員が同時に足を踏み出して剣を振った。そこからは決まった型を一糸乱れぬ動きで披露していく。


 その様子には目を奪われ、どのぐらいの時間が経ったのかも分からなくなるほどだった。剣の動きに、無駄のない力が入る体の動きに、さらには真剣な眼差しに、視線を逸らすことができない。


「「「はぁぁっ!」」」


 最後に気合いのこもった叫びと共に剣が鋭く振り下ろされ、発表は終わりだ。


 終わった瞬間から数秒だけ静かな沈黙が場を満たし、直後に万雷の拍手で広場が溢れかえった。


「良いものを見せてもらった!」

「素晴らしい剣技だ!」


 拍手に混じって称賛の声も響き、テオドールたちの表情が緩んで年相応になる。さっきみたいなかっこよさと、今の嬉しそうな表情とのギャップと、これはモテるね……。


 テオドールは今までリオネルの友達とは言え、騎士志望の次男だし、貴族家子息としては素直すぎるからか、あまり女子生徒には人気がなさそうだった。

 でも明日からは凄いことになるかも。


 横を見てみると……アンジェリーヌとメロディはいつも通りだけど、オレリアは頬を赤く染めて僅かに潤んだ瞳でテオドールを見つめている。


 もしオレリアに恋愛相談をされたら、その時には全力で応援して手助けしよう。

 心の中でそう決めていると、剣術の型を披露した生徒たちが最初と同じように一糸乱れぬ動きで捌けていった。

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