書籍発売記念 お裾分けを美味しいおやつに

※家族皆で街中に引っ越して少し経った頃のお話です。



―――


 ある日の夕方。家族皆が揃っている部屋に訪問者がやってきた。玄関を開けるとそこにいたのは、このアパートの管理人さんご夫婦だ。


「突然すまないね」

「いえ、何かありましたか?」


 私がそう問いかけると、奥さんの方が袋にたくさん詰まったサーテを差し出してくれた。サーテとはさつまいもに似た根菜だ。甘さが結構強くて、庶民がよくおやつにする。


「これ、食べてもらえるかしら。親戚からたくさんもらったのだけど、私たち二人じゃ食べきれなくて」

「良いのですか?」

「ええ、もちろんよ」

「……じゃあ、ありがたくいただきますね」


 あまり断るのも申し訳ないと思って受け取ると、ご夫婦は柔らかい笑みを浮かべてくれた。


 手を振って帰っていく二人を見送ってから、後ろで話を聞いていた皆のことを振り返る。するとまずはお兄ちゃんが、キラキラと輝く瞳で袋の中を覗き込んだ。


「すげぇ! 何個あるんだ!?」


 サーテは街中では安い野菜だけど、そのサーテすらほとんど手に入らなかったスラムの記憶がまだ濃いからか、相当嬉しいみたいだ。


 まあ、お裾分けって余裕のある生活でも嬉しいものだけどね。


「十個はあるかも。どうやって食べようか。夕食のおかずにするのと、あとはおやつにする?」

「おおっ、夜ご飯の後におやつまで食べられるのか。マジで街中って凄いな……!」

「これだけあれば、明日の分にもなりそうだな」

「半分を今日使って、残り半分は明日に取っておきましょうか」


 お父さんとお母さんも袋の中を覗き込み、さっそくサーテを使った食事を作ることにした。


 夕食の方はお母さんとお兄ちゃんが、サーテがメインの肉野菜炒めを作ってくれるらしいので、私はおやつを担当することにした。

 手が空いているお父さんにも手伝ってもらって、甘くて美味しいおやつ作りだ。


 さつまいものおやつって言ったら、普通に焼き芋にするか、スイートポテトにするか、マフィンとかに入れて焼くか――あっ、大学芋もあるね!


 大学芋なら手軽に作れるし、普通にサーテを食べるのとはまた違った味わいになるし良いかも。


「お父さん、まずはサーテを綺麗に洗ってもらって良い?」

「よしっ、任せとけ」


 お父さんは自分にもできることだったからか、張り切って袖を捲るとサーテを二本手に取った。お父さんが洗ってくれてる間に、私は他の準備だ。


 サーテを切る場所を確保して、フライパンも出しておく。そして必要なのはボウルと清潔な布、それから油と水と、あとは砂糖と醤油だから……似た味であるシュガとソイで代用だ。


 準備が終わったところで、お父さんがやり切った表情で綺麗に洗われた二本のサーテを手渡してくれた。


「これでいいか?」

「うん。ありがとう」


 さっそく受け取ったサーテを一口サイズに切っていく。私は大学芋って小さめの方が好きなので、私が好きなサイズだ。


 自分の好みに合わせられるところが、自分で料理をする利点だよね。そんなことを考えながら切り終わり、サーテをボウルに移した。


「お父さん、このボウルに綺麗な水を入れてくれる? 全部のサーテが水に埋まるぐらい」

「分かった」


 水にさらすのはどのぐらいだっけ。確かあんまり長くなくても良かったはず。とりあえず……油が温まるまでやっておこう。


 そう考えて、フライパンに油を注いだ。油は安くないので揚げるというよりも、揚げ焼きになるぐらいの量だ。

 サーテを揚げた油は、お母さんたちの夕食作りに使ってもらおう。


「おやつなのに油を使うの?」


 野菜を切りながらお母さんが不思議そうに聞いてきたので、私は楽しくなりながら笑顔で答えた。


「美味しいのが出来上がるから、楽しみにしててね」


 その言葉に反応したのは、肉の処理をしていたお兄ちゃんだ。


「めっちゃ楽しみにしてるからな。レーナ、頼んだぞ!」

「もちろん」


 そんな会話をしているうちに油が温まってきたので、お父さんにサーテを水からあげてもらい、清潔な布で水気を拭き取ってもらった。


 そしてそんなサーテを、油でしっかりと揚げ焼きにしていく。私はよく揚がってる大学芋の方が好きなので、少し長めにやろう。


 このぐらいかな……感覚でそろそろかなというところで、サーテをフライパンからお皿に下ろした。


「お母さんとお兄ちゃん、この残った油を夕食に使ってくれる?」

「分かったわ。そのフライパンごと使うから、そのままで良いわよ」

「本当? ありがと」


 じゃあ私はお言葉に甘えて、もう一つの新しいフライパンを使おう。新しいフライパンには多めのシュガと少しのソイ、そして少しの水を入れる。


 それに火をかけて少しとろみが出てきたら、揚げたサーテを投入した。そして全体にとろみが絡むようにして――


 大学芋の完成だ!


 本当なら黒胡麻を散らしたいけど、それはないからしょうがないよね。


「おやつ完成したよ〜」


 皆に声をかけると、お皿の上に載ったツヤツヤと光っているサーテに、全員が瞳を輝かせた。


「なんだそれ、美味そうだな……!」

「さすがレーナだ。早く食べたいな」

「あら、美味しそうじゃない。それはなんていう食べものなの?」


 お母さんの問いかけに大学芋と答えそうになり、寸前で踏み留まる。この国で大学芋は通じないよね。というよりも、大学って単語がない気がする。


 そもそも、なんで大学芋って名前なんだろう……日本にいた頃は疑問に思ったこともなかったな。


 って、そんなことを考えてる場合じゃない。これの名前を考えないと。ツヤツヤと輝いてるし……うーん、蜜揚げ芋とか? 

 うん、我ながら良いネーミングな気がする!


「蜜揚げ芋だよ。私が考えたんだけどね。美味しそうじゃない?」

「レーナが考えたのか! やっぱりレーナは凄いな」


 お兄ちゃんは大袈裟に私を褒めると、炒めものの手が疎かになるほど蜜揚げ芋をじっと見つめた。その瞳は今すぐ食べてみたいと訴えかけてくる。


 そんなお兄ちゃんの視線に負けて、私はフォークで一つの芋を刺した。そしてお兄ちゃんの口元に運ぶ。


「一つずつ味見しようか。はい、お兄ちゃん」

「ありがとな……!」


 お兄ちゃんはさっそく芋にかぶりつくと、何度か咀嚼して瞳を見開いた。よっぽど気に入ったのか、瞳のキラキラがさらに増している。


「これめっちゃ美味い!」


 お母さんとお父さんも続けて食べて、お兄ちゃんと同じように驚きを露わにした。


「本当ね。凄く美味しいわ」

「さすが俺の娘だ……! レーナは料理の天才じゃないか?」


 私も味見として一つを口に運んでみると、確かに蜜揚げ芋はかなり出来が良かった。久しぶりに、しかも異世界の食材で適当に作った割には、かなり美味しくなっている。


 日本の砂糖とこの世界のシュガって似た味だけど違うものだし、この世界のシュガの方がより蜜にするのに向いてたりするのかな……なんだか味に深みがある気がする。


「美味しくできて良かった」

「レーナ、もう一個くれないか?」


 お兄ちゃんが催促してきたので、ちょっとだけ迷いながらもう一つ小さめの芋をフォークに刺した。


「これが最後だよ? あとは食後ね」

「分かってる」


 また蜜揚げ芋を口に入れたお兄ちゃんは、幸せそうな笑顔だ。

 食前に甘いものを食べ過ぎるのは良くないけど、ここまで喜んでもらえると嬉しいな。また覚えてる日本のレシピを再現しよう。


 そう思ったところでお母さんとお兄ちゃんが作っていた夕食も完成し、私たちは皆で楽しく食卓を囲んだ。食後のおやつとして食べた蜜揚げ芋は冷めても美味しくて、最後まで楽しくて幸せな時間になった。


 皆で街中に引っ越すことができて、本当に良かったな。






〜あとがき〜

書籍2巻の発売記念で番外編を書いてみました。楽しんでいただけたでしょうか。


書籍2巻では、まさにレーナたちが街中で本格的に生活を始めるところが主なストーリーになります。

そして書籍でしか読めない書き下ろし番外編では、そんな街中での生活における新たな物語をお読みいただけますので、ぜひ書籍もお手に取ってみてください。

(レーナとダスティンさんが街中の工房を巡ったり、迷子のミューを拾ったり、ジャックさんの親族も登場したりします)


書籍版『転生少女は救世を望まれる』もよろしくお願いいたします!


蒼井美紗

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