第86話 着替えと街中

 フィルの服は今日のために買った一着しかないけど、ハイノはお兄ちゃんの服から、エミリーは私の服から好きなものを選べる。


 エミリーと一緒に寝室に入った私は、寝室の収納スペースに続く扉を開けた。そしてその中からお気に入りの服を次々と取り出していく。

 最近はお金にも余裕ができたので、気に入った服があるとついつい買ってしまって服はたくさんあるのだ。


「こんなにあるんだ!」

「うん。可愛い服を見つけると買いたくなっちゃって。エミリーにはこの辺のワンピースとかが似合うかな」


 ピンク色のふわふわな髪に大きな瞳を持つエミリーは、レースが使われた可愛い系の服装が似合うだろう。ウエストの部分がレースで絞られているこのワンピースか、袖にレースが付いてるこっちのやつか……いや、このボタンタイプの少し大人っぽいやつかな。


「全部すっごく可愛い……!」

「エミリーはどれが良い?」

「うーん、これが好き!」


 エミリーが指差したのは花柄のワンピースだった。ウエストの部分を大きなリボンで縛るタイプのやつだ。スカートの長さは膝丈ぐらいで、裾や袖にレースが付いている。


「確かに似合うかも。着てみようか」

「うん!」


 今日のために買っておいた新品の下着類も手渡して、エミリーの着替えを手伝うと……着替え終わったエミリーは、女の私でも思わず見惚れるほどに可愛かった。

 エミリーって薄汚れてても可愛いから綺麗にしたら化けると思ってたけど、予想以上だ。私の容姿はどちらかというと大人っぽくて綺麗なんだけど、エミリーは思いっきり可愛いに振っている。


 エミリーが日本の私が生きていた時代に生まれてたら、確実に大人気アイドルになってたよ。そう思うぐらい可愛い。


「どう、かな? 似合ってる?」

「……めっちゃ似合ってる!」


 少しだけ照れた様子で私の顔を覗き込んだエミリーに、私は何度も首を縦に振った。


「本当? 良かった」

「エミリー、髪の毛も綺麗に整えよう。髪飾りも貸してあげる」


 エミリーは昨日の夜に髪を洗ってきたようで、艶はないけど髪は汚れていない。私はそんなエミリーの髪に丁寧に整髪料をつけて櫛で梳かしていった。そして大きめのリボンでツインテールにする。


「よしっ、完成だよ。鏡はそこね」


 寝室にある姿見を示すと、エミリーはゆっくりとそちらに向かい……自分の姿を見てポカンと口を開けたまま固まった。


「……これ、私?」

「もちろん。エミリーって元が良いから着飾るとすっごく可愛くなるね」


 エミリーは街中で仕事を探そうと思ったら簡単な気がする。礼儀作法と敬語は学ばないとだけど、服飾店の店員として雇ってもらえるはずだ。

 もしかしたら場所によっては礼儀作法と敬語は教える前提で、覚えてなくても雇ってもらえるかもしれない。容姿は生まれ持った才能だからね。


「……レーナ、すっごく嬉しい! ありがと!」


 私はエミリーの満面の笑みを見て満足し、自分も自然と笑顔になった。スラムと格差のある街中の生活を見せるのはどうなんだろうって思ってたけど、喜んでもらえて良かった。


「じゃあ街中を見に行こうか」

「うん!」


 それから私たちはお兄ちゃん、ハイノ、フィルにもエミリーの可愛さをお披露目し、五人で一緒に家を出た。向かう先はお母さんとお父さんが働いている市場だ。


「ハイノとフィルも、ちゃんとした格好をすると本当に見違えるね……」


 後ろから二人を眺めてしみじみと呟くと、ハイノが苦笑を浮かべつつ振り返る。


「さっきから何回も言ってるな。そんなに変わったか?」

「うん、やっぱり全然違うよ。ちょっと大人っぽく見える気がする」

「おっ、それは嬉しいな」


 大人っぽいという言葉にフィルがピクッと反応し、分かりやすく胸を張って大股で歩き始めた。こういう部分はまだ子供だけどね。そう思いつつ、それを口に出すことはしない。


「あ、見えてきたぞ。あれが街中の市場だ。母さんと父さんの屋台は奥にある」

「おおっ、こんな建物に挟まれたところにあるんだな!」

「なんか、見たことないやつばっかりだ」

「人がたくさんいるね。それに屋台がスラムとは違うみたい」

「スラムの屋台は簡易のものだからね」


 市場に足を踏み入れたところで、皆はキョロキョロと辺りを見回して静かになった。気になるものがありすぎて、逆にどれを見れば良いのか分からなくなっているらしい。


「レーナ、あの大きいやつは何? 丸いやつ」

「あれはハルーツって動物の卵だよ。色んな料理に使える美味しい食材なの」

「そうなんだ……不思議なものがたくさんあるね。さっきのご飯の時も思ったけど、野菜も知らないものばっかりみたい」


 スラムには本当に限られたものしかないからね……スラムの人たちも街中に自由に出入りできるとか、もう少し広い世界を知る機会があったら良いのに。

 神々の祈りの儀式でさえ、スラムの人たちはその日限定でスラムに作られる簡易の祭壇で行うから、本当に一生で一度も街中に入らない人が大半だ。


「あっ、おばさんとおじさんじゃないか?」


 フィルが遠くを指差した先には、お母さんとお父さんが広げている屋台があった。地面に頑丈な布を敷いて、半分ではお父さんが火種を売っていて、その隣ではお母さんが簡易の調理場で焼きポーツの肉巻きを作っている。


「本当だ! 凄く久しぶりな気がする」

「早く行こうぜ」


 知らないものが溢れていて少し困惑気味だった皆は、お父さんとお母さんを見つけたことで緊張が解けたのか、二人の下に駆け寄った。

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