第85話 ラルスの料理
街中に入ると……皆は目の前に広がった光景に感嘆の声をあげた。瞳は輝いていて全身から興奮が伝わってくる。
「街中って、こんなに凄いんだね……!」
「な、なんかよく分からないけど、デカい建物がたくさんあるな」
「それに……皆が綺麗な服を着てるぞ」
「最初は驚くよな。俺もめちゃくちゃ驚いた」
お兄ちゃんのその言葉に皆は何度も頷いて、しかし視線は街の風景から逸らさない。それから皆が満足するまでしばらく待っていると、まず大きく息を吐き出したのはハイノだった。
「はぁ……本当に凄いんだな。こんなに近いのにこんなに違うとか、びっくりだ」
「本当だね、遠くの別の国って言われても納得できるかも」
「俺さ、街中ってスラムの家が新品で新しくなるぐらいだと思ってたんだ。それなのに……スラムの家なんて全くないな」
「驚くよね。でもこれからもっと驚くことはたくさんあるよ?」
私が皆の顔を覗き込んでそう告げると、皆は期待するような少し不安なような、そんな複雑な表情を浮かべた。
「とりあえず家に行こうぜ。家でなら落ち着いて話せるしな」
それからキョロキョロと辺りを見回して落ち着かない様子の皆を連れて自宅に戻ると、皆は家の中の様子に衝撃を受けている。
「街中の家って、こんなに広くて綺麗なのか……」
「うん。ここは家族四人で住むには狭い方らしいよ。あっ、椅子に座ってね」
椅子に座った皆に出すのはハク茶だ。もちろんミルクとシュガも準備してある。ちなみに椅子は四つしかないんだけど、一つだけクッション付きの小さなスツールを買ったので私はそこに腰掛けた。
「なんだか不思議な香りだね……色がついた水?」
「これはハク茶って言うんだ。水に味をつけた飲み物かな。この白い液体がミルクって言って、こっちの粉がシュガ。この二つをお好みで入れて飲んでみて。まずはミルクを少しだけ入れてみるのがおすすめかな」
分かりやすいように私が手本で飲んでみせると、エミリーがミルクを手に取った。そして真剣な表情で、私と同じ量だけミルクを入れようと奮闘する。
「これぐらいで良いの?」
「うん。入れすぎなければ適当で大丈夫。たくさん入れてる方が好きって人もいるし、かなり好みに左右されるかな」
エミリーがハク茶を一口飲んだところでハイノとフィルもハク茶を口に運び、それから三人は一斉に頬を緩めた。
「これ、美味いな。水に味が付いてるって不思議だ」
「スラムではそのままの水しかないからね」
「街中には美味いものが本当にたくさんあるぞ。そうだ、今日は俺が料理を作ったんだ。食べてみてくれるか?」
「ラルスが?」
ハイノはお兄ちゃんのことをよく知ってるからか、驚きに瞳を見開いてから、少し心配そうに頷いた。
「心配するな。俺は食堂の厨房で働いてるんだからな」
「そうなのか?」
「おうっ、すげぇ楽しいぞ」
お兄ちゃんのその言葉に三人は少し肩の力を抜き、台所に向かったお兄ちゃんを期待の眼差しで見つめた。
「私も運ぶの手伝うよ」
皆に振る舞う料理はお兄ちゃんお手製のスープとラスートの薄焼き、さらには薄焼きで巻く具材である野菜や肉、ソースだ。
テーブルの上に次々と知らない料理が並んでいく様子を見て、皆は興味深げに料理を覗き込んでいる。
「見たことあるやつが全然ないな」
「この薄いやつはなんだ?」
「それはラスートの薄焼きだよ」
「ラスートって、ポーツに少しだけ混ぜるあの粉?」
「そう。あの粉を水に溶いて焼くとこうなるの。これに自分で選んだ好きな具材を載せて巻いて食べるんだよ」
私の説明を聞いて皆はフォークを手に取り、躊躇いながらも肉や野菜をラスートの薄焼きに載せていく。そしてお兄ちゃんがやって見せたのと同じように具材を巻くと、それぞれのラスート包みが完成した。
「食べようか」
「うん。――っ、な、なにこれ! すっごく美味しい!」
ラスート包みにかぶりついたエミリーは、瞳を見開いて可愛い笑みを浮かべた。
「美味しいよね。お肉が柔らかくて良いと思わない?」
「うん! それに野菜も甘みがある気がするよ」
「なんだこれ……! 美味すぎないか!?」
「このソース? これがあまりにも美味しすぎる」
皆は大絶賛だ。お兄ちゃんはそんな皆の感想を聞いて嬉しそうに笑っている。
「スープも食べてみてくれ」
「スープっていうのは飲み物じゃないのか?」
「いや、食べ物だな。水にいろんな具材を入れて煮込んで味付けするんだ」
「茹で汁に味付けするってこと?」
エミリーが不思議そうに首を傾げながらそう聞いた。そういう発想になるのか……確かにスラムでは食材が煮込まれているならそれは茹でている場合だけなんだよね。
調味料がほとんどなくて、スープというものは存在しないから。
でも茹で汁に味付けをするって何かが違う気がするけど……具体的な差を説明できない。
「そのイメージでも問題はないかな。でも茹で汁よりもっと水が少ないよ。それに肉が入ったりもするし、一度茹でてからスープに入れる野菜もあるかな」
「じゃあちょっと違うんだね。とりあえず食べてみるね」
スープを食べた三人の反応は凄かった。美味しい食事になる水というのがかなりの衝撃だったようで、瞳を見開きながら手を止めずにスープを口に運んでいる。
「本当に美味いな、これ」
「ラルスってこんなに美味い料理が作れたんだな」
「へへっ、店で教えてもらったからな。皆も教えてもらったらすぐできるぜ」
それからも美味しい食事を皆で堪能して、全員のお腹が満たされたところで食事は終わりとなった。
「次は着替えて街中を見学に行こうか。街中の市場とか見たくない?」
私が雰囲気を切り替えるように声を張って皆の顔を見回すと、皆はすぐに顔を明るくして頷いてくれた。
「見たい! 着替えって可愛い服を着れるんだよね?」
「もちろん。今からさっそく選ぶ?」
「うん!」
「ハイノとフィルは俺と選ぶか」
私達は寝室が女子グループ、リビングが男子グループに分かれてそれぞれ着替えをすることになった。
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