第84話 エミリーたちを招待

 お兄ちゃんの成人のお祝いをした土の月は忙しくも穏やかに過ぎ去り、月が変わって水の月になった。

 お父さんとお母さんの屋台は大盛況とはいかないけど、普通に暮らしていけるほどには利益をあげられていて、うちは私の助けがなくても回るようになった。


 お兄ちゃんは正式に食堂に雇われて、最近はかなり食材の扱いもこなれてきたみたいだ。スープの作り方を一つだけ教えてもらうことができたらしく、毎朝作ってくれるので最近の朝ご飯は華やかになった。


 私は今まで通りロペス商会で毎日働いて、たまにエリクさんのところでメニュー開発をしたり、休みの日はダスティンさんのところを訪れたりと楽しく過ごしている。


 ちなみにレシピはフライが採用された。この世界にはパンがないので当然パン粉がなく、ラスートをまぶして揚げた唐揚げみたいなものや、天ぷらに近いものはあるのにフライというものはなかったのだ。


 そこで私はどちらかといえばもちもちとした食感であるラスートの薄焼きに色んな食材を足してみて、数日乾燥させた時にパリパリと砕けるように改良した。

 ちなみに今までのラスートの薄焼きは、数日放置するとカチカチに固まって砕くのには全く向いていなかった。


 そうして作ったいわゆるラスートの薄焼き粉? みたいなやつをパン粉の代わりに使って魚のフライを作ったら、エリクさんには大いに感動されて、ラスートの薄焼き粉は色々に応用できそうだからとレシピ二つ分の報酬をもらえた。本当にありがたいよね。


 ダスティンさんの魔道具開発も順調……だと思う。とりあえず染色の魔道具は形になった。洗浄の魔道具はまだ要改良みたいだけど、もう爆発することはない。


「レーナ、早く迎えに行くぞ!」

「ちょっと待ってー」


 今日は私とお兄ちゃんの休みが重なる日で、とても楽しみで重要な予定があるのだ。お兄ちゃんは朝早くから色々と準備をして、家の中には良い香りが漂っている。


「皆を待たせたら可哀想だろ?」

「分かってるって。お兄ちゃん、今日の服にはどっちの髪飾りが良いと思う?」

「うーん、右の方がいいんじゃないか?」

「こっち?」

「そうだ」

「分かった。じゃあこれだけ着けたら行けるよ」


 私のその言葉を聞いたお兄ちゃんは、椅子の上に置いていた鞄を肩にかけた。


「ちゃんと市民権のカード持った?」

「もちろんだ。皆が街に入る分のお金も、皆に渡す上着も持ってる」

「じゃあ忘れ物はないね。よしっ、行こうか」

「おうっ」


 私とお兄ちゃんは意気揚々と家を出た。向かう場所は街の外門だ。そう、今日はスラム街の皆を街中に招待しているのだ。

 今日来るのはエミリーとハイノ、フィルの三人。ロペス商会のスラム街支店を通してやり取りをして、皆には朝ご飯を食べたらゆっくり外門に来て欲しいと伝えてある。


「なんだかんだ一月は会えてないから楽しみだよね」

「めちゃくちゃ楽しみだな……! ハイノはそろそろ結婚相手が決まってもいい頃だろ? もしめでたい話があるなら祝いをあげたいよな」

「そうだね」

「エミリーとフィルはまだだな。二人はデカくなってるかなぁ」

「ふふっ、一月じゃそこまで大きくならないでしょ」


 お兄ちゃんと楽しく話をしながら歩いているとすぐに外門へ辿り着き、私たちは久しぶりに街の外に出た。


「あっ、レーナ……?」

「エミリー!! 久しぶり〜!」


 外門の近くで居心地が悪そうに三人で固まっていたエミリーたちを見つけ、私は嬉しくて駆け寄った。そのままエミリーに抱きついてから顔を覗き込むと、エミリーはへにゃっと安心したような笑みを浮かべてくれる。


「良かった、レーナだ。変わってないね。凄く綺麗な格好だったから、最初は違う人だったらどうしようって思ったの」

「ふふっ、今日の服はエミリーたちに会うからって一番可愛いやつにしたの。家に私の他の服もあるから、エミリーもお洒落しようね!」

「良いの!?」

「もちろん!」


 私とエミリーが楽しく盛り上がっていると、お兄ちゃんもハイノとフィルと再会を喜び合ったようで、三人で一緒に私とエミリーに声を掛けてきた。


「レーナ、久しぶりだな」

「……か、可愛くなったな」

「ハイノ、フィル、久しぶり! ……って、フィル大きくなってない!?」

「へへっ、成長期だからな」


 前はフィルと同じぐらいの身長だったのに、私の方が確実に目線が低くなっている。うぅ……悔しい。私も早く大きくなりたい。


「レーナも少しは大きくなったぞ」


 フィルの頭上を恨めしい気持ちで見つめていたら、ハイノがポンッと私の頭に手を置いて笑顔でそう言ってくれた。私はハイノの気遣いが嬉しくて、感動しながらハイノを見上げる。


「ハイノ、ありがと……!」

「ははっ、レーナは変わらないな。格好は綺麗になったのに」

「格好なんて皆も服を着替えればすぐに整うからね。あ、そうだ。街の中でスラムの服は目立つから、皆の上着を持ってきたの。これを着てくれる?」


 上着を手渡すと、皆は恐る恐る受け取って体の前に広げた。


「こんなに綺麗な服を着ても良いの……?」

「もちろん。これはとりあえず家に着くまでのやつだから、家に着いたらもっと可愛いのを着られるよ」


 私のその言葉に胸がいっぱいになったのか、エミリーは瞳を潤ませて服を見つめてから、そっと上着に袖を通す。


「こんなに綺麗な布、初めて触ったよ」

「布ってかなり触り心地が違うよね。ハイノとフィルも着られた?」

「これでいいのか?」

「うん、完璧完璧。フィルは前のボタンを止めてね」


 皆が上着を着てとりあえず見た目が誤魔化せるようになったら、さっそく街中に招待だ。私は門番さんに三人分の入街税を支払って、緊張している様子の皆の背中を押した。

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