第82話 話し合いと報酬
「ポール、待たせてごめんな。皆さん、ご来店ありがとうございます」
私たちがハク茶を飲みながらのんびり談笑をしていると、お店の奥から出てきた男性が席までやってきた。この人がエリクさんなのかな……思っていたよりもガタイが良い人だ。でも人懐っこい笑みを浮かべていて怖さは感じない。
「エリク、もう大丈夫なのか?」
「ああ、一番忙しい時間は過ぎたからな。それで……君がレーナか?」
「はい。あの、お食事とても美味しかったです。お支払いはいらないとポールさんからお聞きしたのですが……」
「もちろん。俺が呼んだようなものだしな」
「ありがとうございます」
丁寧に、しかしやり過ぎにならないように気をつけてお礼を伝えると、エリクさんは感心している様子で口を開いた。
「その歳でそこまでしっかりしているのは凄いな。ロペス商会で雇われているという話を聞いていたから心配はしていなかったが、もう少し子供らしさに振り回される覚悟をしていた。レーナにそんな心配はいらなそうだな」
やっぱり子供らしくないって思われるのか……確かにどんなに優秀な子供でも、普通はどこか未熟さというか、人生経験の薄さみたいなものが現れるものだよね。
私は一度成人して社会人として働いていたから、今更子供らしさを出す方が難しい。最近何度か思ったんだけど、記憶を思い出したのがこの歳になってからで本当に良かった。
今の私は十歳で次の水の月に十一歳になるから、子供らしさがなくてもかなり早熟な子供で何とかなっているのだ。これがもっと幼い頃に記憶を思い出していたら、今以上に大変だったと思う。その歳じゃいくら優秀でも雇ってもらえなかっただろうし。
「ロペス商会で皆さんにご指導していただいていますので、敬語や礼儀はかなり身に付きました」
「ははっ、本当に凄いな。そこで謙遜するでも自慢するでもなく、師を立てるという選択ができるのは大人でも難しいぞ」
「……そこも、皆さんのおかげです」
笑顔が引き攣りそうになるのを何とか抑えながら答えると、エリクさんは楽しそうに笑った。
ちょっと子供らしくなさすぎるのかな……でも今更子供らしさを何とか捻り出したって、変だと思われるだけだろう。もうこのまま突き進んだ方が良い気がする。あと数年もすれば何も言われなくなるだろうし。
「レーナちゃんは凄いんだよ。最初は敬語もぎこちなかったんだから」
「教えたことを何でもすぐに吸収するのよ。本当に天才だわ」
「レーナはいい意味で普通の子供じゃないからな」
私の異端さに驚いているエリクさんに三人がさらに褒め言葉を追加してくれて、私は照れて顔が赤くなってしまう。子供だから評価基準がかなり低いと分かっていても、やっぱり褒められるのは嬉しい。
「そんなに凄くて、さらにレシピも考えられるんだから本当に天才だな。レーナ、あの料理は最高だった」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
「それで色々と話したいことがあるんだが、ここで話すのは避けたいから裏に来てもらえるか? 一人が怖ければポールも一緒で構わないが」
「分かりました。一人で大丈夫です」
私は椅子から立ち上がり、三人に行ってきますと伝えてエリクさんの後に続いた。
そうしてやってきたのは、従業員用の休憩室だ。エリクさんの向かいの席を勧められて腰掛ける。
「時間も限られているしさっそく本題に入るが、俺はレーナのレシピを買い取りたいと思ってる。ポールが持ってきたあの料理を食べたときには、本当に驚いたんだ。独創的な味付けでとても美味しかった。味が濃すぎることもなく繊細で、あの配合は天才だ」
「ありがとうございます。美味しいと思っていただけて良かったです」
「それでまずはあの料理、胸肉の卵とじ丼だったな。そのレシピを金貨五枚で買い取りたい。そしてポールに聞いたんだが、他にも新しいレシピを思いつく可能性があるんだよな。それならば、そのレシピもうちで買い取らせて欲しい。よろしく頼む!」
エリクさんは真剣な表情でそこまでを告げると、私に頭を下げて真摯に頼み込んでくれた。
「頭を上げてください。逆にこちらから買い取りをお願いしたいぐらいで、ぜひよろしくお願いいたします」
「本当か!? ありがとう……!」
こんなに頼み込むほど気に入ってくれたなんて嬉しいな。これをきっかけに、親子丼みたいな味付けがこの国で流行ったら良いよね。
「こちらこそありがとうございます。それでポールさんから聞いたのですが、厨房も貸していただけるとか」
「ああ、ここにはいろんな調理器具が揃ってるからな。しかし六の刻から七の刻の間と、九の刻から十の刻の間は出来れば避けてほしい。そこはかなり店が混むんだ」
「分かりました。では厨房をお借りする時はそれ以外の時間にします」
「ありがとう。助かるよ」
そこで話に一段落ついたところで、エリクさんが少し待っていてくれるかと厨房に向かった。そしてすぐに戻ってきたエリクさんの手には、胸肉の卵とじ丼が載っている。
「これ、食べた味を再現してみたんだ。少し味見をお願いしてもいいか?」
「もちろんです」
スプーンを受け取った私はゆっくりと一口分を掬い取り、口に運んで咀嚼する。
やっぱり、料理人さんって凄い。まず何よりも違うのはラスタの炊き方だ。ふっくらしてて固すぎもせず柔らかすぎもせず、最大限の美味しさを引き出している。
そんなラスタの上に載せられた胸肉の卵とじ丼部分は、私が作ったものとほとんど変わらなかった。でも少しソイが多くてリンドが少ないかな。あとはシュガが足りない。
「レーナのやつと少し違う気がするんだが、どう思う?」
「とても美味しいですが、私の好みとしてはもう少し塩味が少なく、旨味と甘味が欲しいです。それからこれは私が作ったものでもしていなかったのですが、肉にも事前に味付けをした方が良いかもしれません」
「ああ、下味だな。それは俺も思ったんだ」
でもかなり完成度は高い気がする。多分これからより美味しく改良していくんだろうな……エリクさんの中での完成形を食べてみたい。
「私のレシピは発想という点では優れているかもしれませんが、細かい部分は素人なのでエリクさんにお任せします。これは極端ですが、原型が分からないぐらいにレシピを変えても構いませんので」
私のその言葉を聞いたエリクさんは、苦笑を浮かべつつもありがたいと受け入れてくれた。この世界の食材に詳しいのは圧倒的にエリクさんだからね、完全に任せた方が良いものが出来上がるだろう。
「じゃあ最後に、胸肉の卵とじ丼のレシピを書いてくれるか? それに金貨五枚を支払う。他のレシピも俺が食べてこれはいけると思ったものは、金貨五枚でレシピを買い取らせて欲しい。全部を買い取ることはできないのだが、そこは申し訳ない」
「それはもちろんです。エリクさん、これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
そうしてエリクさんとの話し合いを終えた私は、レシピを書いて皆のところに戻った。金貨五枚が入れられた財布は、凄く重く感じた。
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