第78話 ポールさんに相談 前編

 ポールさんに休憩時間のことについて話をした私は、更衣室で制服に着替えて仕事に精を出した。最近はたまに店舗の方で商品補充の仕事も任せてもらえるようになり、日々学ぶことがたくさんだ。


 ポールさんと協力している筆算の研究をまとめる仕事もかなり進んでるし、ロペス商会の役に立てているという実感ができてとても嬉しい。


「レーナちゃん、鞄を片付けたらそのまま休憩で良いわよ」

「分かりました。ありがとうございます」


 今日の午前中は配達の仕事をしていて、戻ると休憩室にいたニナさんが声をかけてくれたので、ありがたく少し早めに休憩に入った。


 更衣室のロッカーの中に仕舞っておいた胸肉の卵とじ丼を取り出して、大切に抱えて商会を出る。商会の裏口が面している路地を少し奥に進むと、すぐに一番近くのよく利用する市場だ。


「すみません。食事の温めをお願いしても良いですか?」


 魔法使いの証を胸に付けた男性に声をかけると、優しげな風貌の男性はにこやかに対応してくれた。


「かしこまりました。食事の温めは一つ銅貨一枚ですがよろしいですか?」

「はい。二つお願いします」

「ではこちらにお食事を置いてください。『火を司る精霊よ、我らが糧に火の月の恵みを与え給え』」


 この人はこういう呪文なんだね……本当に精霊魔法の呪文って多種多様で面白い。契約している精霊によって、どういう呪文が良いとか違いがあるのかな。


「温まりました」

「ありがとうございます。銅貨二枚です」

「確かに受け取りました。また何かありましたらお声がけください。ご自宅への出張もしていますので是非」

「はい。機会があったら」


 火の女神様の加護はお父さんが持ってるから火魔法使いに頼むことはほとんどないだろうけど、何かあったらこの人に頼もうかな。凄く人当たりが良くて良い人そうだ。


 お昼ご飯を温めてもらったらもう市場に用はないので、お店に帰ろうと来た道を戻っていると、ちょうどお店の方向から歩いてきたポールさんとジャックさんが見えた。


「あっ、レーナちゃん。もしかして温めてもらったの?」

「はい。お二人は昼食の買い出しですか? ジャックさんも一緒の休憩だったんだ」

「ああ、ポールから聞いたけどレーナが料理を作ってきたんだって? 俺も少しもらっていいか?」


 ジャックさんが人懐っこい笑みを浮かべながら少し首を傾げたその仕草は、一瞬見惚れるほどにカッコ良かった。そう思ったのは私だけじゃなかったようで、周囲にちょうどいた女性たちも、ジャックさんのことをチラチラと盗み見ている。

 やっぱりジャックさん、制服を着て髪型も整えてると破壊力あるね。


「もちろん良いよ。じゃあポールさん、ジャックさんにあげる前提でお昼ご飯の量を調節してください」

「了解。それならラスート包みを減らすのはやめておくよ」


 二人とまた休憩室でと分かれた私は商会に戻り、温めてきた胸肉の卵とじ丼をテーブルにセットしてカトラリーを取り出した。そして給水器からコップに水を注ぐ。


 そうしている間に裏口の扉が開き、ポールさんとジャックさんが帰ってきた。


「おおっ、これがレーナちゃんが作った料理?」

「はい。胸肉の卵とじ丼なんですけど、こういう料理ってすでにあるでしょうか?」

「……レーナって料理が上手かったんだな。俺は見たことないな」

「僕も見た目では似た料理を知らないかも」


 ポールさんが楽しそうな声音で発したその言葉に、私は期待で胸が高鳴る。この国にない料理でお金に繋がったら良いな。

 ロペス商会の給料は一般的な平民の給料からしたら高いんだろうけど、やっぱりお金はいくらあっても良いからね。


「食べて良い?」

「もちろんです」


 スプーンで胸肉の卵とじ丼を掬ったポールさんはいろんな角度からじっと見つめ、ゆっくりと口に運んだ。そして数回咀嚼すると……少し瞳を見開いて驚きを露わにする。


「これは、美味しいね」

「本当ですか! 良かったです」

「俺もいただくな。……おおっ、本当だ。面白い味だな。味が薄いけど濃いみたいな」

「これってソイを水で薄めてるよね? それに……リンドをたくさん入れてるのかな。後は甘さもあるしシュガとか?」


 さすがポールさんだ。一口食べただけでそこまで分かるなんて。


「正解です。似たような味付けってありますか?」

「いや、僕は今まで食べたことがないよ。ソイを薄めるっていうのが画期的だね。しかもそこに味が濃いリンドを加えるっていうのが面白い。ソイとリンドはどちらも濃い味付けだから、あまり一緒に使わないんだ。それにシュガも料理に使うことはあまりないよ」


 それならこのレシピは価値があるのかもしれない。私は内心でガッツポーズをしながら卵とじ部分を指差した。


「卵をこんなふうに使うのは他にもありますか?」

「……いや、これも見たことがない。とろとろで凄く美味しいね。それに見た目も輝いていて良い」

「ということは、このレシピは調理法や味付け方法まで新しいものってことですよね?」

「そうなるね。レーナちゃん、天才だよ」


 よしっ、私が予想していた以上にこの国での親子丼のポテンシャルが高いみたいだ。これは良い料理を選択したかも。日本で親子丼にハマった私、グッジョブ。

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