第77話 忙しい朝

 次の日の朝。私は緊張している様子のお兄ちゃんと一緒に、ラスートの薄焼きと適当な味付けの野菜炒めを朝食に作った。

 そして皆で朝から豪華な食事を堪能して、また台所に立つ。今日はポールさんに焼きポーツの肉巻きについて相談するついでに、親子丼も食べてもらおうと思ったのだ。


「レーナ、何か手伝うことがあるかしら?」

「良いの? じゃあ炊いたラスタを二つの器に詰めてくれる? 器の半分ぐらいまでで良いから」

「分かったわ。一つはレーナのお昼ご飯で、もう一つは誰かにあげるの?」

「うん。昨日話したポールさん。日頃のお礼と、このレシピは私が考えたものだから、もし新しいレシピだったらお金になるかなと思って」


 私のその言葉にお母さんは不思議そうな表情だ。レシピを売るっていうことの想像ができないのだろう。


「よく分からないけど、お金になったら嬉しいわね」

「期待してて」


 親子丼みたいな料理がこの街にない可能性は、意外と高い気がしているのだ。地球だって米と卵、鶏肉、醤油に似たものが揃ってても、親子丼がない国なんてたくさんあったんだし。


「レーナ、この格好でいいか?」

「うん、良いと思うよ。清潔感が大切だから、ちゃんと手とか綺麗に洗ってね。あと爪伸びてない? 伸びてたら切った方が良いかも」

「おうっ、それは完璧だ。ハサミが爪を切るのに最高すぎて、楽しくて切りすぎたぐらいだからな」

「そっか。それなら大丈夫だね」


 お兄ちゃんは私に爪を見せるように手を広げて満面の笑みだ。確かに……綺麗に整ってるね。


 スラムでは爪を切るものといったらナイフしかなかったので、私もロペス商会で雇ってもらった時、更衣室にあった爪切りを使った時の感動は相当だった。

 ナイフは上手く切れないし、失敗するとすぐに流血するし、爪を切るのにあれほど適していないものはない。


「後は髪の毛を櫛で綺麗に梳かすぐらいかな」

「分かった。やってくる」


 それから私は落ち着かない様子のお兄ちゃんの話を聞きながら、お母さんに手伝ってもらって親子丼もどきを完成させた。


「お母さん、この料理はなんて名前が良いと思う?」


 親子丼って私は親しみがある名前だから良いけど、普通に考えてちょっと残酷なんだよね。だからもう少し分かりやすくてマイルドな名前にしたい。


「名前を決めるの?」

「そう。その方がポールさんに相談しやすいから」

「そうねぇ。この料理の力を入れてる部分を名前に入れたら?」


 力を入れてる部分か……思いつくのはやっぱり卵とじかな。あとは胸肉を使うってところが大切だと思う。

 でも卵とじってこの世界の言葉でなんて言うんだろう。卵と閉じるって言葉を合わせれば良いのかな。あれ、卵とじのとじるって綴じるだっけ? うーん、思い出せない。というか、この二つの漢字って意味の違いはあるの?


 ――これは考えても答えが出ないやつかな。


 とりあえず卵と閉じるをくっつけて言葉を作ってみよう。卵で蓋をする的な意味で、この世界でも受け入れられる気がする。


「胸肉の卵とじ丼とかどう?」

「卵とじ? 面白い名前ね」

「意味は伝わるよね?」

「そうね……なんとなく伝わるわ。丼っていうのは、大きな器に炊いたラスタと何か料理を入れるものだったかしら?」

「うん」


 お母さんは胸肉の卵とじ丼という言葉を何度か呟き、少し不安そうにしながらも頷いた。


「お母さんは悪くないと思うわ。でもお母さんの意見が参考になるかどうか……」

「凄く参考になるよ。ありがとう。……って、もうかなり良い時間じゃん!」


 私は家に持ち帰ってきていた時計を確認して、慌てて台所を片付けた。


「お母さん、あとお願いしても良い?」

「良いわよ。残りを片づけておけば良いのよね」

「うん、よろしくね。そろそろ仕事に行かないと」


 急いで必要な荷物を持って準備をして、家の玄関ドアを開けた。すると皆が見送りに来てくれる。


「じゃあ行ってきます」

「レーナ、気をつけるんだぞ」

「うん。すぐそこなんだから大丈夫だよ」


 私は心配そうなお父さんを安心させるように笑みを浮かべて、手を振って家を出た。そして途中で水の女神様から加護を得ている水魔法使いのところに寄って、作った親子丼をお昼頃まで冷やしてもらうように冷却魔法をかけてもらう。

 これで親子丼がダメになることはない。後は食べる前に火の女神様の加護を得ている火魔法使いに、温暖魔法をかけて貰えば完璧だ。


 裏口のドアをノックして中に入ると、まだ業務時間外だからか皆が楽しそうに談笑をしていた。


「おはようございます」

「おはよう」

「レーナちゃん、おはよう」


 やっぱり皆と同じ始業時間なのは良いね。今までも別に疎外感はなかったけど、もっと皆との距離が近づいた気がする。


「あっ、ポールさん」

「ん? レーナちゃんか。どうしたの?」


 ちょうど更衣室から出てきたところのポールさんを捕まえて、私はお昼休憩のことについて事前に話しておくことにした。


「実は今日ポールさんに相談があって。確か私とポールさんって同じ時間で休憩でしたよね?」

「確かそうだね。休憩時間に相談したいってこと?」

「はい。良いでしょうか?」

「もちろん構わないよ」

「ありがとうございます! 実は二つ相談があるんですけど、そのうちの一つは私が作った料理を食べて欲しいという相談なので、お昼ご飯を買いに行く時はいつもより少なめにお願いします」


 本当はポールさんの胃袋を満たす量の親子丼を持ってこようかなとも思ったんだけど、さすがに朝からその量を作るのは大変だったので止めたのだ。


「了解。じゃあいつもよりラスート包みを一つ減らそうかな。でも今日は食べる日にして、いつも通りの量に追加でレーナちゃんの料理を食べるって選択肢も……」

「そんなにですか? ……食べ過ぎには気をつけてくださいね」

「もちろんだよ」


 ポールさんは満面の笑みを浮かべて凄く楽しそうだったので、私は毎日食べる日なんじゃ……という突っ込みはやめておいた。

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