第76話 家族皆の新しい仕事

 大満足の昼食を終えた私たちは、食器などを片付けてからまたテーブルに集まった。ここからは仕事を考える時間だ。


「それで皆の仕事なんだけど、私から一つ提案があるの。お父さんは精霊魔法が得意でしょ?」

「そうだな。スラムの皆よりは得意だった。……もしかして、精霊魔法が仕事になるのか?」

「うん。商会の人たちに聞いたら魔法使いは正式な資格が必要だから難しいけど、火種を売る人なら資格なしでもできるんだって。お父さんの精霊魔法の上手さは、火種を売る人にはなれるレベルだと思う。どうする?」


 私は一応疑問形でお父さんに問いかけたけど、お父さんの表情を見ていたら答えは聞かなくても分かった。


「俺にできるならやりたいな!」

「ふふっ、分かった。じゃあお父さんは火種を売る屋台を始める方向で仕事を考えようか」


 お父さんの表情は明るくて瞳はキラキラと輝いている。嬉しそうで良かった。


「屋台なんて簡単に始められるの?」

「うん。屋台を開く許可証は役所で簡単にもらえるんだって。月ごとにお金は掛かるけど、そこまで高くないよ。お店自体はお金が貯まったらしっかりとしたものを作れば良いから、最初は地面に布を敷くぐらいで良いと思う」


 市場を回っていると、しっかりとした建物がない屋台は意外とあるのだ。あれだと雨の日に商売ができないっていう欠点はあるけど、そこはお金が貯まるまでは仕方がないだろう。


「……確かにできそうね」

「決まりだな。父さんはこれから火種を売りまくるぞ!」

「お父さん、頑張って。火種の相場や売り方は聞いてきたから、後で必要なものを揃えよう。じゃあお父さんはそれで良いとして、お母さんとお兄ちゃんはどうする?」


 私のその問いかけに、まず口を開いたのはお母さんだ。


「これは無理だったら良いんだけど、私も屋台をできないかしら。スラムでも市場のお店をやってる人たちに憧れてたのよね。アクセルがやるなら、その隣で食べ物を売るとか……」


 火種の屋台の隣で食べ物の屋台か……確かに、そういう屋台って意外とあるかも。火種売りは火に困らないから、火を使う料理を隣でやってたりするのだ。

 それが実現したら、お父さんとお母さんが一緒に働けるのはかなりのメリットだよね。やっぱり慣れない街中での生活だから、助け合える環境はお互いに心強いだろう。


「良い案だと思うけど、何を売るのかが大切かな。ありがちなものだと人気店になるのは難しいから、何か珍しいけど美味しいものを……」


 私はそこまで口に出したところで、お母さんが売るのに最適な料理を思い出した。ポールさんが作ってた焼きポーツの肉巻き!

 あれなら中身の焼きポーツは今までお母さんがずっと作ってきたものだし、タレの作り方さえ教えてもらえればすぐにでも作れるだろう。


 そのことをお母さんに伝えると、お母さんは申し訳なさそうにしながらも乗り気な様子だ。


「そのポールさんが許してくれるなら、売ってみたいわ」

「分かった。じゃあポールさんに聞いてみるね。さっそく明日聞いてみるから、お母さんの仕事についてはそれからで良い?」

「もちろんよ。レーナ、ありがとう」


 これで後はお兄ちゃんだけだ。私は皆が屋台を始めるという話を嬉しそうに聞いていたお兄ちゃんに視線を向けた。


「次は俺だな」

「うん。何がやりたいとかある?」

「ああ、俺は食堂で働きたい!」


 おおっ、食堂か。確かにお兄ちゃんは食べることが大好きだもんね。お兄ちゃんに合った職場なのかも。


「料理を運ぶ人と作る人、どっちが良い?」

「できれば作る方が良いな。美味しいものがいっぱいあることが分かったから、自分で作れるようになりたい!」

「それ良いね。じゃあ食堂の厨房の求人を探そうか。確か役所にいくつかあった気がする」


 私のその言葉に、お兄ちゃんはパァと表情を明るくした。できれば賄いが出るところを選んであげよう。


「ありがとな! 雇ってもらえるように頑張るぜ」

「ラルスなら大丈夫よ。頑張り屋だもの」

「そうだな。優しいし誰とでも仲良くなれるしな」

「へへっ、ありがと」

「じゃあこれから役所に行こうか。お兄ちゃんの求人探しと、屋台の許可証をもらいに」


 私のその言葉に皆が頷いて椅子から立ち上がり、役所に向かって家を後にした。


 役所のドアを開けて中に入ると、昨日と同じ女性が受付にいた。この人が休みの日じゃなくて良かったな。


「こんにちは」

「昨日もいらっしゃいましたよね。何か不足がありましたでしょうか?」

「いえ、市民権には問題ないです。今日は屋台許可証が欲しいのと、求人を見にきました」

「そうでしたか。かしこまりました。屋台許可証はこちらの申請書を提出して頂き、月に銀貨一枚をお支払いいただければ発行できます。求人はあちらに貼ってありますので、応募されたいものがありましたら求人番号を私に伝えてください」

「分かりました。丁寧にありがとうございます」


 それから申請書を女性に代筆してもらい、お金を払って屋台許可証を手に入れてから、皆で求人が貼られた掲示板に向かった。


「食堂の厨房で働ける仕事は……これとこれ、それからこれかな。ただ一つ目と二つ目は料理人の募集だから、野菜や肉の種類をほとんど知らないお兄ちゃんが採用されるのは難しいかも。三つ目は下働きだから、これの方が可能性はあるかな。厨房の掃除、皿洗い、野菜や肉の下拵えが主な仕事で、能力に応じて料理人への昇格もあるかもって。しかもお昼ご飯付き」


 お兄ちゃんは三つ目かな。下働きとして働きながら、食材の種類や使い方を覚えていけるだろう。さらに賄いつきってところが最高だ。


「昼飯付き!!」

「ははっ、絶対そこに反応すると思った。三つ目の食堂に応募してみる?」

「そうしたい。求人番号は……二十五で合ってるか?」

「うん、正解。じゃあ受付に戻ろうか」


 受付の女性にお兄ちゃんが求人に応募したい旨を伝えると、食堂の場所までの簡易の地図を渡してもらえて、さっそく明日の四の刻六時に食堂へ向かうことになった。その時間なら食堂がまだ忙しくないので、面接はその時間指定なんだそうだ。


「レーナ……面接の練習付き合ってくれ!」

「もちろん良いよ。今日は帰ったら特訓だね。街中で食べられてる食材も最低限は覚えておく?」

「そうだな。さっきレーナが料理に使ってたやつは覚えたから、それ以外を教えてくれ」

「了解」


 さっきの一度で覚えたなんて、本当にお兄ちゃんの食べることに関する記憶力は凄いよね。これなら採用さえしてもらえれば、職場で認められると思うんだけど。


 それから私たちは市場を通って、お兄ちゃんに私が知ってる限りの食材について教えながら自宅に戻った。そして家族四人でお兄ちゃんの面接練習に精を出し、その日も慌ただしく時間が過ぎていった。

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