第75話 親子丼もどき
商会を出て急いで自宅に帰ると、部屋の中には家族皆が揃っていた。しかし全員が疲れたような表情でテーブルに突っ伏している。
「皆、大丈夫?」
私が恐る恐る声をかけると、皆はやっと私が帰ってきたことに気付いたのか顔を上げた。そして救世主が現れたとでも言うように、瞳を潤ませて私を見つめる。
「えっと……何かあったの?」
「レーナ、父さんたちに街中はまだ早いみたいだ」
「レーナが仕事に行って、私たちも仕事を探そうって家を出たのよ。それで昨日行った役所に向かったら道に迷っちゃって、さっきやっと帰ってきたところなの」
「街中はあれだな。道がたくさんあって高い建物ばっかりで辺りが見渡せないし、どこにいるか分からなくなるな」
確かにスラムとは全然違うからね……道にも迷うか。私は最初から割と迷わずに動き回れたからそれが普通かと思ってたけど、よく考えたら地図を見せてもらったんだった。
皆にも地図を見せるのが良いのかな……でも地図の読み方を教えるところから始めないとだし、それならよく行く場所への行き方をとりあえず覚えてもらって、後は自分で少しずつその道の周りから知ってるエリアを広げてもらうほうが良いよね。
「皆ごめん。とりあえず今日は私が一緒に動くよ。仕事は午後休をもらってきたから」
「そういえば、今日は帰ってくるのが早いものね」
「うん。ギャスパー様が皆の仕事探しに時間を使って良いよって。そうだ、皆が挨拶に行くのは九日後の私が休みの日になったよ」
「じゃあそれまでにもっと頑張って敬語を覚えないとだな」
お父さんが疲れた声音でそう呟いたのを聞いて、私は皆に負担が大きすぎるかなと少し心配になる。
「敬語は今まで頑張ってたから、このまま継続するぐらいで良いよ。ギャスパー様も皆がスラムから引っ越したばかりのことは知ってるし」
全部を完璧には無理だから、妥協する部分を選ぶのが大切だ。とりあえず一番妥協できないのは仕事選びだから、皆にはそこを頑張ってもらいたい。
「それはありがたいな」
「うん。無理しすぎないようにね。それで今日は役所に辿り着けたの?」
「着けてないわ」
「そっか。……とりあえず、お昼ご飯を食べてから皆の仕事のことは考えよう。実は帰り道に食材をいくつか買ってきたの。野菜とお肉とラスタ、それからハルーツの卵の卵液をカップ一杯。それにいくつかの調味料ね」
この世界の卵は両手で抱えるほどの大きさだから、もちろん丸々一つでも買えるけど、割って溶いて卵液としても売っているのだ。
丸々一つ買うよりは割高だけど、卵一個分で卵焼きが何十人前もできるので、それを保存するために魔法使いに冷却魔法を頼まないといけなくて、それなら卵液を買った方が安かったりする。
「見たことがないものがたくさんあるわね」
「そうでしょ? だから私が作るところを後ろから見ててくれる?」
「分かったわ」
私は皆の楽しそうな瞳を見て、気合を入れてキッチンに向かった。今日作ろうと思っているのは親子丼もどきだ。この世界には意外と日本の味に近い調味料があったりするから、美味しいものができるだろう。
調理を始める前にお父さんに火魔法を使ってもらって火をおこして、それから調理開始だ。
「使う野菜はオニーとキャロ。オニーは初めて見るかもしれないけど、生だとかなり辛くて火を通すと甘くなる野菜なの。これを一口大に適当に切って……お肉も同じぐらいの大きさに切るよ。このお肉はハルーツの胸肉ね。街中で食べられてるお肉は基本的にハルーツで、部位ごとに味が違うの」
私は軽く説明しながら調理を進めていく。この世界ではずっと料理をしてきたし。瀬名風花の時も一人暮らしで簡単な料理はこなしてたから、手際よく親子丼作りは進む。
「次はフライパンに水を入れて……このぐらいかな。ここにリンドっていう香辛料と、ソイ、シュガを適当に加えるの。それでこの水が煮立つまで待たないといけないから、その間にラスタの準備ね」
私は袋に入ったラスタをボウルに取り出して軽く洗う。そして綺麗になったら鍋に移し替えた。昨日夕食と一緒に水を買ったけどもうなくなりそうだね……水は毎晩買ってくるとか、購入周期を決めたほうが良いかも。
「ラスタは挽くとラスートになるものだよ。挽いてラスートにしなくても美味しく食べられるの。さっきみたいに洗って鍋に入れて、ラスタが完全に水に沈むよりも少し多めに水を入れたら、後は蓋をして火にかけるだけだよ」
ラスタを火にかけたところでフライパンのほうが煮立ったので、そちらに肉と野菜を入れてしばらく煮込む。そして火が通ったところで溶き卵を回し入れて、卵が半熟になったところでフライパンを火から下げた。
「これで完成だよ。後はこれをラスタに乗せて食べるの。ラスタは……あと少しかな。お母さん、お皿を準備してくれる? お父さんはスプーン、お兄ちゃんは飲み水ね」
「分かったわ」
それから皆に手伝ってもらって、親子丼もどきは完成した。想像していた以上の出来栄えで、自分でも驚きだ。
「凄く美味しそうだわ……レーナがこんなに複雑な料理を作れたなんて、いつ覚えたの?」
「ダスティンさんの工房で一緒にお昼を作ったりしたんだよ。でもこれは私のオリジナルレシピなんだ。美味しいか分からないけど食べてみて」
皆がスプーンを手にしたのを見て、私も恐る恐る親子丼もどきを口に運んで……口に入れた瞬間、その美味しさに感動した。
「めっちゃ美味しい」
思わず自分でそう呟くと、皆も同意するように大きく頷いてくれる。とろとろの卵にしっかりと味のついたタレ、柔らかく煮込まれた肉も絶品だ。
「レーナ、マジで天才じゃないか!? 美味すぎる!」
「本当ね……こんなに美味しいなんて、驚いたわ。やっぱり調味料の豊富さと食材の豊富さは違うわね」
「さすがは俺の娘だ!」
お母さんは今まで料理をしてきた人目線で冷静だけど、
お兄ちゃんは美味しさに、お父さんは自分の娘への誇らしさにテンションが急上昇だ。
「ふふっ、ありがとう。美味しくできて良かったよ」
この親子丼みたいな料理ってこの国にあるのかな……もしなかったら屋台とかで売り出したら売れるだろうか。いや、これは屋台じゃなくて食堂かな。
今度ポールさんに作って持っていくのはありかも。日頃のお礼にもなるし、もしこの国にない料理だったらお金になるかもしれない。
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