第74話 引っ越しの完了報告

 街中への引っ越しを終えた次の日。

 私はもちろん仕事があるので、皆をおいて家を出た。皆だけで出掛けたりするのはまだちょっと心配なんだけど……今まで街中の常識や気をつけるべきことを色々と話してきたので、大丈夫だろうと信じている。


「おはようございます」


 裏口からお店に入ると、いつもより時間が早いのでほとんどの商会員がまだ休憩室にいた。


「レーナちゃん、今日は早いのね。それに服が変わったかしら。可愛いわ」

「ギャスパー様に引っ越しが完了したことを報告しようと思いまして、早めに来ました。服は街中に住めるようになったので、これからは綺麗な服を着て出勤できます」

「そういえば昨日が引っ越しって言ってたわね。問題なく済んだの?」

「はい。必要なものは全て買えて、なんとかやっていけそうです」


 私のその言葉に、休憩室にいた皆が良かったなと優しい言葉をかけてくれる。本当にロペス商会で働いてる人たちって人柄が良いよね……さすがギャスパー様、人を見る目がある。


「何か問題があったら言うんだぞ」

「僕も力になるよ」


 そう言ってくれたのはジャックさんとポールさんだ。


「ありがとうございます。そうだジャックさん、一つ聞きたいことがあったんだけど、ジャックさんの兄弟に魔法使いとして働いてる人がいるって言ってたよね?」

「ああ、五つ上の兄だな」

「そのお兄さんってどのぐらい魔法が上手いの? あと、魔法使いって簡単になれるのかな。お父さんは精霊魔法が得意だから、魔法使いも選択肢の一つかなって思ってるんだけど……」


 まだお父さんにこの話はしてないんだけど、ずっと考えていたのだ。お父さんとお母さんは歳的に仕事を見つけるのが大変だろうから、魔法使いって選択肢が増えるだけでも良いことだと思う。


「そうなのか。魔法使いは資格があるんだ。資格がなくても魔法使いとして商売をすることは禁止されてないが、ほとんどの人は資格を持ってる魔法使いに頼みたいと考えるから、資格がないと稼げないだろうな」

「資格なんてあったんだ……それってすぐ手に入れられるもの?」

「確か役所で申請して、試験に合格すれば証がもらえるはずだ。どういう試験だったかな……」


 ジャックさんが顎に手を当てて考え込んでしまったところに、ポールさんが助け舟を出してくれた。


「小さな部屋で魔法を実際に使ってみせて、その発動速度や呪文の上手さ、魔力の減少度合いで合格か不合格か決まるんだよ」

「そうなのですね。……それは、難しそうです」


 お父さんは合格できるほど特別に魔法が上手ってほどでもないし、呪文はスラムで言い伝えられてたやつしか知らないはずだ。


「小銀貨五枚で受験できたはずよ。一度受けてみるのも良いんじゃない?」


 そう教えてくれたのはニナさんだ。小銀貨五枚は今の私たちにとって大きいなぁ。受かるなら良いけど、落ちる可能性が高い試験に払うのは躊躇ってしまう。


「教えてくれてありがとうございます」

「レーナ、別に魔法使いにこだわらなくても、火種や水を売るのもありじゃないか? あっ、お父さんはどの女神様から加護を得てるんだ?」

「火の女神様からだよ」

「それなら火種を売るのはありだと思うぞ。火種や水なら現物を買うから誰も店主の資格なんて気にしないし、資格を持ってない人が店をやってることがほとんどなんだ」


 へぇ〜、そんな違いがあるんだ。確かに部屋に呼んだりその場で魔法を使ってもらうなら資格があった方が信頼できるけど、そこに既にある水や火種を買うだけなら資格なんて関係ないか。

 なんか面白い、この世界特有の職業だ。


「教えてくれてありがとう。お父さんに話をしてみるよ」

「おうっ、早く仕事が決まると良いな」


 それから私は更衣室で制服に着替えて、ギャスパー様がいる商会長室に向かった。商会長室の入り口ドアをノックすると、中から入室を許可する声が聞こえてくる。


「失礼いたします」

「レーナ、おはよう。昨日の引っ越しは問題なかったかな」

「はい。お陰様でとても良い部屋に引っ越すことができました。コームさんを紹介してくださり、ありがとうございます」


 ギャスパー様が腰掛けている、執務机の前に向かって話をする。


「今日はどうしたのかな?」

「引っ越しができた報告をと思って参りました。それから相談があるのですが、私の勤務時間を伸ばしていただけないでしょうか? 街中に引っ越しましたので、皆さんと同じ時間で働けます」


 私の言葉にギャスパー様は一つ頷くと、机の引き出しから一枚の紙を取り出した。


「実はレーナがそう言うんじゃないかと思って、契約書を作っておいたよ。四の刻六時から九の刻までの勤務でどうかな? 途中で半刻のお昼休憩は今まで通りだね」


 事前に作っておいてくれたとか、ギャスパー様が良い上司すぎる。


「ありがとうございます……! その時間で大丈夫です。お給料はどうなるでしょうか?」

「一週で銀貨八枚だね。どうかな?」

「それでお願いします」


 銀貨八枚に増えたら生活も楽になる! 働く時間が増えるのは少し大変だろうけど、その分通勤時間はかからないから大丈夫だよね。今までも勤務開始時間よりかなり早くに来てたし。


「分かった。では明日からは新しい時間でお願いね」

「かしこまりました。これからもよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」


 契約書に署名をしてギャスパー様が確認してくれて、正式に勤務時間と給料が変更となった。私はその事実に頬を緩めながら、もう一つの相談をするために口を開く。


「ギャスパー様、もう一つお話があるのですが……家族がギャスパー様に挨拶をしたいらしいのです。こちらに連れてきてもご迷惑ではないでしょうか?」

「私にかい? 別に構わないよ。私がここにいない時間さえ避けてもらえればいつでも」

「ありがとうございます。では……次の私の休みはどうでしょうか?」


 ギャスパー様が予定表を開いて九日後を確認し、その日は一日中商会にいるから何時でも大丈夫だと頷いてくれた。


「では次の休みに家族を連れてきます」

「待っているよ。……そうだレーナ、もう家のことは大丈夫なのかい? もしまだ落ち着いていないなら、今日は午後を休みにしても良いけれど」


 私が最後に挨拶をして商会長室を後にしようと考えていたら、ギャスパー様からそんな提案をしてもらえた。

 めちゃくちゃありがたいな……皆だけでもどうにかなるかもしれないけど、やっぱり私がいた方が仕事が早く決まるだろう。


「とてもありがたいです。ではお言葉に甘えて、午後休を取らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「分かった。そう記録しておくよ」


 それから商会長室を後にした私は、午後を休むからと午前の仕事にいつも以上に精を出し、しっかりと割り振られた仕事を終えて商会を後にした。

 今日の午後でできる限り皆の仕事探しを進めよう。

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