第73話 家具と夕食

 調理器具を購入したお店から少し離れたところで、私たちはこれからどうするのかを決めるために四人で向き合った。全員の腕にはここまでの数時間で買った必要なものが、たくさん抱えられている。


「一度部屋に戻る? あと買いたいのはテーブルと椅子、それから布団だから、今の状態じゃ買っても持てないと思うんだけど……」

「そうだな。さすがに父さんでもこれ以上は厳しい。戻ってまた来るか」

「それが良いわね」


 満場一致で一度帰ることに決めた私たちは、重い荷物を何とか抱えてアパートまで戻った。そして最後の難関である三階までの階段を上がると、部屋の鍵を開けてすぐに中へ入る。


「ふぅ、やっとこれが置けるわ」

「さすがに重かったな……」


 荷物を置けるような椅子やテーブル、台がないので床に直接置くと、私たちは体を伸ばして一息ついた。


「皆、まだいける? 疲れたなら残りの買い物はまた後日でも良いけど」

「いや、俺はいけるぞ」

「俺もだ」

「母さんも頑張るわ。早く引っ越しを終わらせて、街中の生活に慣れないとだもの」

「じゃあまた市場に戻ろうか。でもその前に買ってきた服に着替えよう」


 それからは皆で着替えをして、今度こそ街人への完全変身を遂げた私たちは、十数分かけて市場に戻った。そして今度は家具を売っているお店に向かう。

 ただ市場で家具を売っているお店といえば中古品店なので、テーブルと椅子がセットで揃っているというものはなかなかない。


「できればセット売りしてるやつが良いんだけど……」


 バラバラでも機能性に問題はないけど、やっぱり見た目に統一感がないのは微妙だ。安さを追求するならそれもありなんだろうけど……家具は長く使う物だし、納得できるものを買いたい。


「レーナ、この机はどうだ?」

「おお、悪くないかも。シンプルだけど頑丈そう」

「いらっしゃいませ。こちらのテーブル気になりますか?」


 私がお兄ちゃんと話をしていたら、店員の男性が控えめに尋ねてくれた。セットのものがあるのか、店員さんに聞くのが早いかな。


「あの、一つ聞いても良いでしょうか。テーブルと椅子でセット売りしてるものはありますか? このテーブルじゃなくても構いませんので」

「セットですね……椅子はいくつあれば良いですか?」

「四つです」


 四つという返答を聞いて顎に手を当てた男性は、記憶の中の在庫を探っているのかしばらく考え込んだ。そしてハッと何かに思い至ったような表情を浮かべて、私に一枚の紙を渡してくれる。


「私の記憶が確かならという曖昧なものですが、たぶんここの市場のお店にセットで販売しているテーブルセットがあったはずです。とてもシンプルなもので、木造の家具に艶出し材と防水剤が塗られている程度です」


 男性が渡してくれたのは簡易の地図だった。それによると、その市場までは歩いて数十分らしい。自宅から遠ざかるって方向じゃないし、行ってみるのもありかな。


「皆、ここに行くので良い?」

「私は良いわよ」

「俺もだ」

「じゃあ行ってみようか。教えてくださってありがとうございます」


 店員の男性にお礼を言って自宅に一番近い市場を後にした私たちは、初めて通る道を楽しみながら二つ目の市場に向かった。


 そして市場に到着すると、目的のお店を入り口近くにすぐ見つけることができる。中を覗いてみると……たくさんの商品の中に目当てのテーブルセットを見つけた。


「すみません! それ、試してみても良いですか?」


 見つけた嬉しさでテンションが上がって身を乗り出すと、女性店員が笑顔で私たちを中に入れてくれた。


「どうぞ、試してみてください」

「ありがとうございます。……おおっ、悪くないかも」


 手触りはツルツルで引っかかるところはないし、近くで見ても傷やシミなどはほとんどない。前の使用者は綺麗好きだったのかな。

 椅子の座り心地は……私はまだ小さいから座るのが少し大変だけど、それ以外に気になるところはない。


「皆はどう?」


 店員の女性に勧められて椅子に腰掛けた皆を見回すと、全員がすぐにこのセットにしようと口にした。


「気に入っていただけて良かったです」

「これ、おいくらですか?」

「セットでご購入いただければ、銀貨四枚とお安くなっております」


 銀貨四枚……高い、家具にしては高くないのは分かってるけど、今の所持金を考えたら高い。でも家具はずっと使うものだし、気に入った質が良いものを使いたいよね……


「皆、これを買ったらベッドの布団はそこまで質が良いものにできないと思うけど、それでも良い?」


 私のその問いかけに、皆はすぐに頷いた。


「もちろん良いわよ。スラムで使ってたあの布よりは良いものになるんでしょ?」

「それはもちろん!」


 逆にあの布よりも質の低い布を探す方が難しい。あれ以下となったら……もう布じゃなくて葉っぱとか?


「それなら問題ないな。じゃあこれにしようぜ」

「こちら購入しますか?」

「はい。買います」


 そうしてテーブルセットを買った私たちは、テーブルセットを少しだけこのお店に置かせておいてもらって、その間に別のお店で布団と夕食を購入した。


 そしてお父さんが大活躍して購入品を全て部屋に運び込んだら、さっそく新しいテーブルを使って夕食だ。


「早く食べようぜ!」


 お兄ちゃんが屋台で買ってきた料理を広げて満面の笑みだ。


「そうね。お腹が空いたわ」

「全部中身は同じなんだよな?」

「うん。最初だから私のおすすめだよ」


 今回買ってきた料理はラスート包みだ。中身はハルーツの胸肉とキャレーの千切り、それから火を通したオニー、さらにミリテが少し入っている。


「周りの紙は食べられないから、剥きながら食べてね」

「おうっ。――う、美味っっ!」


 お兄ちゃんはガブっとラスート包みにかぶりつくと、瞳をぐわっと見開いてそう叫んだ。


「お兄ちゃん、他の部屋に住んでる人にうるさいから静かに」

「あっ、そうだったな。これ、めちゃくちゃ美味いぞ」

「本当ね……なんだかよく分からないけど、とにかく美味しいことは分かるわ」

「いろんな味がするけど、とりあえず美味いな」


 人生で初めての味に困惑もあるみたいだけど、皆の顔は晴れやかだ。これから美味しいものをたくさん食べて欲しいな。


「美味しいものを食べてる時って幸せだよね」

「ふふっ、本当ね」

「これからの生活が楽しみだな」

「こんなに美味いものを食べられる生活とか、最高すぎる」


 それからも私たちは美味しいラスート包みを堪能し、幸せな気分で街中での初めての夜は更けていった。




〜あとがき〜

いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。応援コメントやレビュー、ギフトでのとても嬉しいお言葉など、本当に本当に嬉しくて何度も読み返しています。

これからもレーナの物語をよろしくお願いいたします。


今回はお知らせがあってあとがきを書かせていただきました。今まで毎日投稿していた転生少女ですが、これからは基本的に火・木・土の週3回の投稿とさせていただきます。


投稿の頻度は減ってしまいますが、面白さは今まで通り、いやそれ以上を目指してこれからも書いていきますので、楽しんでいただけたら嬉しいです!


これからもよろしくお願いします!


蒼井美紗

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