第72話 生活必需品の購入
部屋を出て一階まで階段を駆け降りた私たちは、建物の周辺を箒で掃除している管理人ご夫婦に挨拶をして、さっそく市場に向かった。
「街中の市場はスラムにないものがたくさんあるのよね」
「うん。だから見てるだけで凄く楽しいよ。最後に今日の夜ご飯の材料も買って帰ろうね」
「夜ご飯! めちゃくちゃ楽しみだ……! 焼きポーツじゃないんだよな?」
お兄ちゃんは夜ご飯という言葉に瞳をキラキラと輝かせている。私はそんなお兄ちゃんの表情を見て、苦笑しつつ口を開いた。
「焼きポーツじゃないものにしようか。街中の市場にはいろんな食材が売ってるから。……もう完成してる料理も売ってるし、それを買うのもありかな?」
「おおっ、屋台飯って言うんだよな!」
「お兄ちゃん、よく覚えてるね」
「ご飯に関することだけは完璧だ」
そう宣言したお兄ちゃんの表情はドヤ顔だ。やっぱり人間、好きなものに対しては凄い力を発揮するよね。
「屋台飯って高くないのか?」
「うーん、食堂とかカフェで食べるよりはかなり安いよ。でも食材を買って家で調理するってなると……そっちの方がより安いかな。特にうちはお父さんが火魔法を使えるでしょ? だから火種も買わなくて良いし」
「確かにアクセルは精霊魔法が得意だものね」
街中で魔法使いの魔法を見る機会は何度もあったけど、お父さんの魔法はそれに匹敵するとは言わないまでも、普通に街中で使っても問題ない程度の上手さなのだ。
少なくとも火種を作り出したら部屋の中の魔力が枯渇するとか、そういう心配はいらない。
「レーナ、俺も火の女神様の加護を得てるんだからな」
「それは知ってるけど……お兄ちゃんは、精霊魔法めちゃくちゃ下手でしょ?」
私のその言葉を聞いてお兄ちゃんは拗ねたように少しだけ唇を尖らせたけど、ここは擁護できない。だってお兄ちゃんの精霊魔法はまずほとんど発動しないし、さらには発動したらしたで周囲の魔力が根こそぎなくなるらしいのだ。
私はお兄ちゃんが魔法を使ったところをよく覚えていないけど、皆がお兄ちゃんに魔法を使うなと言っていたのは覚えている。
「そうだけどさぁ。……父さんは上手くて羨ましいな」
「ラルスは諦めなさい。あなたは私に似たのよ。私はあなたほどじゃないけど、精霊魔法が上手くないもの」
「やっぱりそうだったんだ。お母さん、分解以外で全く魔法を使わないもんね」
「ええ、分解もできればやりたくなかったのよ。でもあの地域では土の女神様の加護持ちで精霊魔法が得意な人がいなくて、複数人でなんとか分解してたわ。街中では魔法使いに頼めるんでしょう?」
「うん。だからもうお母さんが魔法を使う必要はないよ」
というか、お母さんが魔法を使ったら部屋中の魔力が一度で枯渇して、回復するまでしばらく魔法が使えなくなりそうだ。だから使う必要がないというよりも、使っちゃダメが正しいかも。
魔力がなくなったら回復するまでの期間、かなり大変だからね……汚物をわざわざ運び出して分解してもらわないといけなくなる。
今思い返せば、スラムで汚物を頻繁に分解できないのは魔力がなくなっちゃうからだって言ってたけど、あれって精霊魔法が苦手な人たちが分解してたからなんだね。
「あ、もしかして市場ってあそこか!?」
色々と話をしながら足を進めていると、お兄ちゃんが目の前に見えてきた市場を指差して叫んだ。
「見えてきたね」
「ラルス、一人で勝手に行って逸れないようにしなさいよ。ここはスラムじゃないんだから」
「分かってるって。早く行こうぜ」
「そうだな。まずは何を買うんだ?」
色々と買いたいものはあるんだけど……とりあえず細かいものからかな。大きなものは他の買った荷物を部屋に置きにいって、戻ってきて最後に買うのでも良いだろうし。
「服と鞄、それから水場で使う桶と布。あとは調理器具かな。その辺から探そう」
「分かった。それならあの店はどうだ?」
お父さんが市場の入り口近くにある店を示したので視線を向けると、そこではたくさんの布が店先に並べられていた。
「行ってみようか」
近づいてみると、そこは布屋というよりも服屋だった。布だと思ったのは畳まれたシャツで、多種多様な服が所狭しと並べられている。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
私たちが近づくと、店員の女性がにっこりと笑みを浮かべながら声をかけてくれた。
「服を探しています。家族四人なんですけど、サイズってありますか?」
「もちろんです。多様なサイズを用意しています」
「じゃあ、それぞれに合うサイズの服を教えていただきたいです」
私のその要望を聞いた女性はにっこりと微笑みを浮かべて頷いてから、私たち家族をじっと凝視して服に視線を戻した。そして棚や平積みになっている服から、的確にいくつかの服を引っ張り出して並べてくれる。
この服の山のどこにどんな服があるのかを覚えてるのかな……それってめちゃくちゃ凄いよね。
「お待たせしました。こちらからが皆さんに合うサイズの服です。手に持って確かめてみてください」
「ありがとうございます」
私は他よりも明らかにサイズが小さい服の中から一番上にあったものを選び、目の前に掲げてみた。するとダスティンさんが買ってくれた服や制服よりはもちろん劣るけど、シンプルながらもワンポイントがあって可愛いワンピースに心が躍る。
これからはこういう服を毎日着て過ごせるんだ。やっと雑巾ワンピースとはおさらばできる……!
いや、このワンピースもお母さんが作ってくれた思い出の服ではあるんだけどね。とにかく汚すぎるのだ。
「あら、可愛いわね」
「お母さんもそう思う? 私はこれと……これにしようかな。皆は決まった?」
それから私たちは気に入った服を見せ合って、予想以上に服が安かったことと、たくさん買ったら割引してくれるという話を聞き、三着ずつ購入した。
買った服を全て袋に入れてお父さんに持ってもらったら、さっそく次のお店に向かう。
そうして楽しく買い物をすること数時間。私たちは大きな家具以外の必要なものを全て揃えることができた。
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