第40話 数字の天才?
十までの小さい時計で長針が六周、つまり六十回動いたら小さい時計の短針が一つ進むということになる。つまり小さい方の時計で短針が一つ進むと、一分とも表現できるよね。
さらに小さい方の時計で短針が一周、数字は十までだから十分経つと、大きい方の時計の長針が一つ動く。大きい方の時計は数字が十二個あるから、長針が一周するには十分が十二回、要するに百二十分必要になる。
ということは大きい方の時計の長針の一周、つまりこの世界でいう一刻とは二時間となる。
これって……私の予想通りじゃん! そして一刻が二時間ならこの世界では一の刻から十二の刻まであるんだから、一日は二十四時間ってことだ。凄い、日本とほぼ同じだ!
この小さい方の時計の長針、いわゆる秒針の速度が日本とは少し違うかもしれないから、厳密な二十四時間ではないとは思うけど、こうして見てる限りはそう外れてない気がする。
凄い、なんかこういう共通点って嬉しい! 私は感動して思わず時計の動きをずっと見上げていると……いつの間に作業を中断したのか、ダスティンさんが私の隣に立っていた。
「……ダスティンさん?」
私の顔をじっと覗き込んで何も言葉を発さないダスティンさんの様子に恐る恐る声を掛けると、ダスティンさんは眉間の皺を深くした。
「私の名前を知っているのか?」
「お客様ですから……」
「そうか」
なになに、めちゃくちゃ怖い顔だよ? そんなに変なこと言ってないよね……? 時計に興味を持つ子供はおかしいのかな。
「この時計をどこかで見たことがあるのか? この工房に来た者がこの時計に興味を示したことなどほとんどない。あったとしても奇妙な時計だな、そう言われるだけだ。しかしお前はすぐにこの時計が欲しいというような反応を見せた。さらに一目見ただけでこの時計の仕組みを理解しただろう? この国では細かい時間まで気にする文化はないのに、一目見てすぐにだ」
――た、確かに。そう聞くと変な子供すぎる。う、うわぁ、もしかして私やらかした? 平穏を目指してるから特異なことは避けようと思ってたのに!
だって、時計を見つけたのが嬉しかったから……買えるなら欲しいと思ったし、この世界での何分何秒の言葉を教えてもらいたかったし……
そう自分の中で言い訳をして現実逃避してみるけど、目の前にいるダスティンさんから逃げることはできない。
とりあえずこの国には細かい時間を気にする文化はないって言葉から、他国ではそういう文化があると推測できる。それなら私が他国の出身……スパイ? とかだと疑われないようにしないと。
「私は……数字に関しては天才、らしいです」
あんまり目立ちたくないんだけど変に疑われるよりはと思って、自分の能力が高いからという話でいくことに決めた。
「ギャスパー様がそう仰っていました。私が考えた計算方法がとても便利で良いからと、この歳でロペス商会に商会員として正式に雇ってもらえて……」
「ほう、新しい計算方法とはなんだ?」
よしっ、ちょっと意識を逸らせた! 私は数字の天才なんかじゃないんだけど、この方向で行くしかない。私の算数知識、頑張れ!
「紙はあるでしょうか」
「ああ、これを使って良い」
「ありがとうございます」
私はダスティンさんから受け取った紙を机に置き、持ってきたペンを使って足し算、引き算、掛け算、割り算の筆算を書いた。そしてダスティンさんに紙を渡す。
「こんな感じで紙に書いて計算すれば、計算機がなくても大きな計算ができるというものです。ギャスパー様曰く、算術に似ているけれど、それよりも簡単で良いとか」
「――面白いな。足すのと引くのはすぐに分かるが、数字をかけるのと割るのは凄い。私は算術も少し知っているのだが、それよりも分かりやすい。無駄を省いた感じだ」
ダスティンさんは渡した紙をしばらく凝視してから、楽しそうにそう呟いた。私がここに来てから初めて見る笑顔を浮かべている。
この人……笑顔になるとちょっと幼くて可愛いかも。思ってるより若いのかな。二十代後半だと思ってたけど、もしかして二十歳ぐらいなんだろうか。
「レーナ、これを思い付いたのは凄い。なぜこれを考えようと思ったんだ? 計算を習っている時か?」
「いえ、あの……私はスラム出身でして、学ぶことはできなかったので自然にと言いますか。頭の中で計算するのがそこまで得意ではないので、間違えない楽な方法を考えたと言いますか……」
私がどうにか誤魔化そうと悩みながらそう話すと、ダスティンさんは私の顔をずいっと覗き込んできた。
「スラム出身なのか。スラムにこんな才能の持ち主がいるとは、ロペス商会の商会長は見る目があるな」
「そうなんです。見つけていただけて、本当にありがたいです」
良かったぁ……なんとか才能がある子って感じで納得してもらえたみたいだ。目立ちすぎないように気をつけないと。
「レーナ、お前は魔道具に興味があるだろう? ここに入ってきた時から視線が何度も魔道具に向いていた。それならば、配達以外でもここに来ると良い。お前と話すのは楽しそうだ」
そう言ってダスティンさんが浮かべた笑みは……今度は何かを企んでいるような、少し黒い笑顔だった。ちょっと怖いんだけど……!
「ありがとう、ございます」
「私は魔道具師として既存の魔道具作成も行なっているが、魔道具の研究もしている。スラム出身で数字に関して特異な才能のあるお前なら、良いアイデアを思い浮かびそうだな」
え……私に魔道具を見せてくれて、アイデアを聞いてくれるってこと? それってつまり、私も魔道具研究に関わらせてくれるってこと!?
「あの、本当に来ても良いんですか!?」
「もちろんだ。待っている」
「ありがとうございます!」
私は変な子だと思われる可能性や目立つ危険性と比べて、魔道具の魅力に抗えずダスティンさんの提案に頷いてしまった。だってせっかくこんなファンタジーの世界なんだから、精霊魔法とか魔道具に関わってみたいのだ。
魔道具の研究なんて、めちゃくちゃ面白そう!
「そろそろ戻らなくても良いのか? 配達の途中だろう?」
「あっ、そうでした。ではまた後で、来れるときに来ますね!」
私はかなり時間が経っていることに気づき、急いで荷物をまとめてダスティンさんの工房を後にした。工房からお店までの道を走りながら、これからの生活が楽しくなりそうで自然と頬が緩んだ。
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