第41話 お昼ご飯
「申し訳ありませんっ。遅くなりました!」
私はダスティンさんの工房からお店に帰り、休憩室にちょうどいたニナさんを見つけてすぐに謝った。
「あっ、レーナちゃん。遅いからどうしたのかと思ってたのよ。何か問題でもあった?」
「いえ、ダスティンさんの工房で手が離せないから中に入ってきて欲しいと言われ、少し話し込んでしまいまして……本当に申し訳ございません」
「ああ、そういうことね。道に迷ったとかじゃなければ良かったわ。配達員と話されたいお客様はいるから、長すぎない程度になら話をしても良いわ。慣れてくれば切り上げ時が分かってくるから」
そんな感じなのか……良かった。最初から仕事ができないって烙印を押されるところだった。気を付けよう、ダスティンさんの工房への配達は鬼門だ。
「お客様に満足していただける程度に話をして、上手く切り上げて配達もスムーズに済ませられるように頑張ります」
「……レーナちゃん、本当に凄いわね。働くのが初めてなのに、最初から的確な反省ができるなんて」
――た、確かに。瀬名風花として働いてた時の癖が出ちゃったよ。
この世界に上手く馴染んで、十歳の女の子として不自然がない程度に有能さを見せるのってめちゃくちゃ難しい。街中に来てからもう何度もやらかしてる気がする。
「ジャックさんの屋台で働いていたので……」
「ああ、確かにそうだったわね。じゃあレーナちゃん、少し早いけど私が休憩に入るから一緒に休憩にしましょう。お昼ご飯を食べに行くわよ」
ニナさんはそう言いながらパチっとウインクをすると、私が鞄を片付けてる間に更衣室から財布を持ってきたようだ。
「私もお金を取ってきますね」
財布はないけど、ジャックさんのお店で働いてた時に稼いだ給料をロッカーに入れてあるのだ。何かしらの食べ物は買えるだろう。
「レーナちゃん、今日は私の奢りよ?」
「えっと……良いのでしょうか?」
「もちろん。初日ぐらい奢るわ」
更衣室に入ろうとしたところを止められて、笑顔のニナさんにそう言われてしまった。ここは……甘えても良いかな。十日後にお金がもらえるまで絶対にお金が足りないから、街中でもお昼は焼きポーツかなと思っていたのだ。
「では、お言葉に甘えて」
「じゃあ行きましょう!」
ニナさんは私とお昼に行くことを嬉しく思ってくれているようで、満面の笑みで私の手を引いた。そして連れて行かれたのは……近くの市場に出ている屋台だった。とても美味しそうな香りが漂ってきている。
「ここを勧めたかったの。食堂にはこの前ジャックが連れて行ったでしょう? あそことこの屋台がうちの従業員の間で人気のお店よ」
売っている商品を覗いてみると……美味しそうなラスート包みだった。ポールさんがお昼ご飯に三個も食べてるっていうあれかな。
「いらっしゃいませ。おっ、ニナちゃんじゃないか。その子は新しい商会員か? 随分と小さいな」
「最年少の商会員よ。レーナちゃんっていうの」
「レーナです。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。気に入ったら贔屓にしてくれよ」
店員のおじさんはそう言うと、ニカっと気持ちの良い笑みを浮かべた。街中に段々と知り合いが増えるのは嬉しいな。
「おすすめはどれですか?」
「おっ、最初からおすすめを聞くとは見込みがあるな。俺はやっぱりハルーツのムネ肉をソルで焼いて、キャレーの千切りと共に巻いたやつが一番美味いと思うな。まあどれも美味いんだけどよ」
「じゃあ、私はそれにします」
「はいよ。ニナちゃんはどうする?」
「私はさっきのレーナちゃんのやつに、大量のオニーを追加で」
キャレーとオニーは野菜みたいだけど、私は初めて見るものだ。キャレーは真っ赤で大きめの丸い形で、オニーは真っ黒で拳大の四角い形。全く味の想像ができないな。
「ニナさん、キャレーとオニーってどんな味ですか?」
「え、食べたことないの!?」
「はい。街の中は知らないものばかりで」
「そうなのね。じゃあ私のを一口あげるわ。実際に食べてみるのが一番早いもの」
「ありがとうございます」
ニナさんとそんな話をしているうちにすぐ出来上がったようで、おじさんが笑顔でラスート包みを手渡してくれた。受け取ったラスート包みは、温かくてとても美味しそうだ。
「火傷しないようにな」
「はい。ありがとうございます」
「今日も美味しそうね。はいこれ、小銀貨一枚で良い?」
「いいぞ。お釣りは……銅貨二枚だな」
ラスート包みは一つ銅貨四枚みたいだ。スラム街だったらかなり高い部類だけど、街中だったら一般的な価格設定なのだろう。
お金を払ったらすぐに次のお客さんが来たようだったので、私たちは屋台を後にした。そして休憩室に戻ると、テーブルでさっそくラスート包みを食べる。
「周りの紙は食べないように気をつけてね」
「分かりました」
銅貨四枚のものを包装紙で包めるんだから、この世界って紙がかなり安いんだろうな。トイレでも使うぐらいだし。地球とは原料からして違うのかな……
そんなことを考えながらラスート包みにかぶりつくと、口に入れた瞬間に美味しさが広がって、一気に幸せな気分になった。
「これ、最高に美味しいです!」
まず感じるのは強めに効いたソルの塩味と生地の香ばしさだ。そして何度か咀嚼すると肉の旨みと……キャレーのわずかな甘み? が広がった。
このキャレーって野菜、真っ赤な色だけどキャベツに似た味がする。馴染みがあって美味しい!
「気に入ってくれたみたいで良かったわ。私の方も一口どうぞ」
「ありがとうございます」
オニーが気になっていたので遠慮なく一口もらうと、オニーは……か、辛っ! 何これ、口の中がヤバいことになってる。
「ふふっ、レーナちゃんにはまだ早かったかしら?」
「か、辛いです……」
これはあれだ、めちゃくちゃ辛い玉ねぎに似てる。さすがに私は食べられない。
「生で食べると辛いのよね。でも私はこの辛さが大好きなのよ。火を通すと辛さが抜けて甘くなるから普通はそうするんだけど、私はいつも生で巻いてもらってるの」
いや、それなら火を通して欲しい……! もう覚えた、オニーは生で食べたらヤバい。これからは絶対に火を通したやつしか食べない。
それからはオニーのせいで痺れている舌を正常に戻すためにもラスート包みをたくさん食べ、お腹がいっぱいでちょうど食べ切るころには痺れもなくなった。
「美味しかったわね」
「……あの辛いオニーを美味しそうに食べるニナさんが凄いです」
「生のオニーを気に入ったら、美味しいお店があるから今度奢るわよ?」
「いえ、私は火を通したオニーでお願いします」
生のオニーが美味しいお店とかあるんだ。あの辛いのを他にも好きな人がいるってことが信じられない。大人になったら美味しく感じるのかな……私はしばらくやめておこう。
「ふふっ、分かったわ。さて、そろそろ休憩を終わりにして仕事に戻りましょうか」
「はい。午後もよろしくお願いします!」
私が椅子から立ち上がったニナさんに続いて、やる気十分で席を立った。
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