第38話 仕事開始!

 休憩室に戻ってから少し待っててねと言われて数分待っていると、ニナさんが大きめの肩掛け鞄を手にして戻ってきた。さらに一枚の丈夫そうな紙も持っている。


「お待たせ。レーナちゃんの最初の仕事は配達よ。これがこのお店周辺の地図で、こっちが配達する商品が入ってるの。最初だからまずは近場の配達先から二軒だけ。こことここよ」


 そう言ってニナさんが指差したのは、地図を見る限りではこのお店から歩いてもそこまで時間がかからないだろう場所にある建物だった。一つは大通りをまっすぐ進んで十軒先なので、すぐに分かるはずだ。もう一軒は少し脇道に逸れるけど、路地というほどに狭くなさそうだしその道に入って数軒先なので、こっちも迷うことはないだろう。


「地図は道路や建物の位置関係が正確に描かれていて、実際の大きさをこの紙に収まるぐらい小さくしたものなの。道路も建物も全てを同じだけ小さくしてあるから、位置関係は実際と変わらないわ」


 それからニナさんが説明してくれたところによると、この世界の地図は日本のものと大差ないということが分かった。これなら私でも問題なく配達ができそうだ。地図が読めない方向音痴じゃなくて良かったな。


「地図については大丈夫かしら?」

「はい。見方は分かりました」

「……レーナちゃんは本当に凄いわね。理解力が高すぎて驚くなんてものじゃないわ」

「こういう数字? を使ったようなものは得意なんです」

「確かに筆算を考えたんだもんね〜」


 ニナさんは私の言い訳を聞いて納得してくれたのか、感心したように頷いた。そして今度は地図を端に避けて大きな手提げ鞄を私の前に置く。


「次は配達物について教えるわね。今回配達するのは果物とお肉、それからいくつかの調味料よ。大通り沿いに店を構えるカフェへ配達するのが果物で、お肉と調味料は脇道に入ったところにある魔道具工房ね。この果物と調味料は常温で保存できるからそのままだけど、お肉は冷却魔法で半刻だけ冷やしてるわ。その旨をしっかりとお伝えしてね」


 冷却魔法でお肉を腐らないように冷やすなんてことができるのか……スラム街でそれが行われてなかったってことは、それは冷却魔法の中で難易度が高い魔法なのか、そもそも呪文がスラム街では知られていないか。

 精霊魔法も奥が深くて面白いよね……いつかちゃんと勉強してみたい。


「配達したらサインをもらったりするのでしょうか?」

「ええ、商品を渡す時にこの注文書の内容と商品を確認してもらって、お金を受け取って商品を渡してから、最後に注文書のこの部分にサインをもらうの。それで配達は終了よ」

「配達先に誰もいなかったらどうすれば良いのでしょう」

「基本的に配達の日時と時刻はお客様が決められるからいないことはないと思うけど、もしいない場合はこの不在連絡用紙を玄関の外にあるボックスにいれて帰ってきて良いわ。これがあれば一度配達に行ったことがお客様に分かるから、あとで取りに来てくださるの」


 私はニナさんがしてくれた説明を必死で頭の中で整理して、重要な部分を抜粋して記憶した。今はまだ読み書きが十分にできないので、教えてもらったことのメモを取れないのだ。それにペンもメモ用紙も買えてないし。


「他に質問はある?」

「いえ、大丈夫だと思います」


 覚えたことを忘れないように頭をフル活動させながら頷くと、ニナさんは優しい笑みを浮かべてくれた。


「じゃあ頼んだわよ。最初だから時間がかかるのは仕方がないから、お客様に失礼のないように。それから分からなくなったらすぐ戻ってくるように」

「分かりました」


 荷物が入って重さがある肩掛け鞄を身に付けて、地図を持ったら準備完了だ。私はニナさんに見送られて、裏口からお店を出た。


 どんな商品なのか、商品の名前、さらに配達する時にやらないといけないこと、それから配達先のお店の名前と依頼主の名前。教えてもらったそれらを頭の中で繰り返しながら大通りを歩いていく。

 これらの情報は全て紙に書いてくれてるんだけど、それを見て確認できるほど私には文字を読む能力がまだないので、忘れたら終わりだ。


 こんなに頭を使ったのは、瀬名風花の時に受けた大学受験以来な気がする。それにしても今までも何度か思ってたけど、レーナって頭の作りが良いよね。瀬名風花よりも圧倒的に記憶力、情報処理能力、その他諸々のレベルが高いのだ。


「えっと、ここだね。リーン喫茶。看板に書いてある文字とこの紙に書いてある文字は……一致してる」

 

 私は念入りに合っているのかを確認して、ニナさんに言われたように裏口に回ってドアを叩いた。


「ロペス商会です。ご注文の品物をお届けに参りました」


 まだ慣れない敬語を必死に発音すると、中から声が聞こえてきてすぐにドアが開く。


「お待たせいたしました。いつもありがとうございます。あら、今日はかわいい配達員さんなのね」


 顔を出したのはふわふわな赤毛が特徴的な、優しそうな女性だ。この人がリーンさんなのかな。


「レーナと申します。本日からロペス商会で働くことになりました。これからは私が配達に来ることが多くなると思いますが、よろしくお願いいたします」

「丁寧にありがとう。レーナさんね。私はこのカフェの店主でリーンと言います。これからよろしくね」


 リーンさんはにっこりと何だか安心する笑みを浮かべてくれて、初仕事で緊張していた私の体から余分な力が抜けた。


「ではさっそくですが、ご注文の商品のご確認をお願いいたします」


 私は鞄から果物を取り出して、さらに注文書の内容も確認してもらう。


「カミュが三房、一房が小銀貨二枚ですので三つで小銀貨六枚です」

「今回もとても美味しそうね。……はい、どれも品質に問題はないわ。小銀貨六枚、お納めください」


 リーンさんは丁寧な手つきで一房ずつ傷などがないかを確認すると、代金を手渡してくれた。そして私が伝えるまでもなく、注文書にサインを書いてくれる。ペンとインクを出す隙もなかった。


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくね」


 はぁ……裏口のドアが閉まって少しだけ場所を移動した私は、思わず大きなため息を溢してしまった。めちゃくちゃ緊張してたけど、とりあえずミスしなくて良かった。

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