第36話 挨拶と魔道具の説明
話が一段落したところでギャスパー様は皆の顔を見回して、それから私に視線を向けた。
「次はレーナを紹介するよ。皆も知っての通り、レーナは筆算を考えたスラムの子だ。とても優秀で敬語もすぐに覚えたし、読み書きも勉強中だけれど他に類を見ないペースで習得しているらしい。私はそんなレーナの有能さを聞いて正式に雇うことにした。スラムにもレーナのような人材が眠っているのなら、これから発掘することも考えている。常識の違いなどがあり苦労すると思うから、しばらくは皆が目をかけてやって欲しい」
ギャスパー様は私のことをそう説明すると、私の背中を軽く押して一歩前に出させた。
「ではレーナ、挨拶を」
「は、はいっ。レーナと申します。スラム街で生まれ育った私ですが、少しでもお役に立てるよう一生懸命に勉強して、仕事にも励もうと思っています。いろいろと教えていただけると嬉しいです。よろしくお願いします」
私のその挨拶は問題なかったのか分からないけど、とりあえず皆が笑顔で拍手をしてくれてるから大丈夫かな……と信じたい。
「レーナには筆算の授業をやってもらうつもりだから、皆には身につけられるように頑張って欲しい。それ以外は帳簿の確認作業をしてもらったり、普通に新人として配達や雑用などをやってもらおうと思ってる。教育係はニナだけど、皆も助けてあげて欲しい。よろしく頼むよ」
「かしこまりました。レーナ、これからよろしくな」
「筆算には驚いたよ。授業を楽しみにしてるね」
「分からなかったことがあれば、なんでも聞いてな」
ギャスパー様の追加の説明を聞いた皆は、私に向かってそんなふうに優しい言葉をかけてくれた。私はそれが凄く嬉しくて頬が緩んでしまう。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そうして最初の挨拶をとても良い雰囲気で終えられた私は、ニナさんにこのお店を案内してもらうことになった。
「レーナちゃん、この休憩室から案内するわね。まずはさっきも使ったけどここが女性用の更衣室よ。そして隣が男性用で、その隣がトイレね」
このお店は裏口から入るとそのまま休憩室に入れる様になっていて、休憩室には裏口の他に扉が四つある。そのうちの一つは廊下に繋がっているけれど、他の三つは更衣室とトイレみたいだ。
それ以外に休憩室にあるものは、鏡にいくつかの棚、それから真ん中に大きなテーブルと椅子だ。
「トイレの使い方なんだけど……あっ、魔道具のトイレは使ったことある?」
「いえ、ないです。ジャックさんにどういうものかは説明してもらいました」
「それなら使い方だけ教えるわ」
そう言ってニナさんが扉を開いた先にあったのは……狭い空間にポツンと設置された茶色い器? だった。これがトイレなの?
「その茶色い器の中に用を足して、器の側面にある白いレバーを手前に引くの。そうすると青草が汚物を分解して肥料に変えてくれて、それから底に穴が空いて風魔法で肥料を肥料集積場まで運んでくれるわ。トイレの前に置かれた籠に入ってる紙は使ったことがあるかしら?」
「はい。街中の食堂で一度だけ」
「なら大丈夫ね。その紙も青草が分解できるものだから使ったら器に入れてね」
紙というのは日本でいうトイレットペーパーのようなものだ。それよりも少し固めだけど、スラムでは森で採取した葉を使っていたことを考えると、比べ物にならないほどに快適だった。
「じゃあ次は……給水器の使い方を教えましょうか」
トイレのドアを閉めたニナさんは、休憩室にある棚に向かった。その棚の一角に設置されている四角い形の小さな箱? の様なものを指差して説明をしてくれる。
「これは給水器よ。これも魔道具で、この横にあるボタンを押し込むと水が出てくるの。もう一度押すと水は止まるわ。この桶が手を洗ったりするときに使うものだから、自由に使ってね。指先の綺麗さは重要だから、トイレの後や食事の後は基本的には洗うように。喉が渇いた時は飲み水にもなるわ。コップはここにある木製のやつは誰でも使って良いやつだから、使ったら洗って布で拭いてこっちに置いておくこと。この棚に入ってるコップは個人のものだから、レーナちゃんも自分のコップを持ってきたらここに置いてね」
要するに、水道の蛇口みたいな魔道具ってことか。魔道具って凄いね、めちゃくちゃ便利。
でも一般的な平民は魔法使いに頼んだり、水はいろんなところで売ってるからそれを買うって話だったし、この便利さに慣れすぎないように気を付けよう。
「魔道具は便利ですね」
「そうなのよ。私も自分の部屋に欲しいわ。このお店には後一つ、光花の魔道具もあるから覚えておいてね」
ニナさんはそう言って、壁の高い位置に設置されている光花を指差した。スラムで使われていた光花は、木の器に植物魔法が得意な人が育てて咲かせてたけど、それと何が違うんだろう。見た目は普通の光花な気がするけど……
「ここにあるボタンを押すと花が光って、こっちを押すと光が消えるわ」
「え、光花の光って消せるんですか!?」
「普通は無理なんだけどね、この魔道具ではそれが実現されてるのよ。便利で良いわよね」
それは凄い、便利すぎる。光花って一度咲いたらそれから数ヶ月は咲き続けて、その間はずっと光り続けるのだ。だからスラム街で光がいらない時は、光花に大きな器を被せたりしていた。
魔道具って本当に凄いな、考えてる人は天才だよ。ボタンでつけたり消したりできるのなら、もう日本の電球と変わらない便利さだ。こっちの方が見た目は可愛いから、私の中では光花の方がポイントが高いぐらいかも。
「魔道具はこれだけだから、他に風を起こして欲しいとか火種が欲しいとか、温暖魔法とか冷却魔法を使って欲しいとか、そういう時は魔法使いに頼んでね。この店舗にいる皆は魔法があんまり得意じゃないから、基本的には誰も自分で魔法を使わないのよ」
「そうなんですね。ニナさんは……水の女神様から加護を得ているんですね」
左手の中指に青色の綺麗な宝石がハマった指輪があるのを確認してからそう言うと、ニナさんは少しだけ残念そうな表情で指輪を撫でながら近くにいる青色の精霊を見つめた。
普段はそこにいるのが当たり前すぎて意識しないけど、精霊は建物の中にも自由に入ってくるので、休憩室にも何体かふわふわと浮かんでいる。
「ええ、でも私は精霊魔法はかなり苦手なの。最初は嬉しくて練習したんだけど、すぐに周囲の魔力がなくなっちゃうから使うなって家族に言われて、それからはほとんど使ってないわ」
ニナさんは少し拗ねたようにそう口にして、しかしすぐに表情を元に戻した。やっぱり得意不得意はかなりあるんだね。
そういえばジャックさんも魔法を使ってるところは見たことないかも。魔法が得意な人って案外少ないのかな……私は得意だったら良いな。
「さて、気を取り直して案内を続けるわね。次は店舗と休憩室以外の部屋よ」
「よろしくお願いします」
廊下に続くドアを開いたニナさんに続き、私も休憩室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます