第35話 推しに昇格

 私が部屋に入ると休憩室にいた従業員全員が、驚きに目を見開いて声も発さずに私のことを見つめてきた。


「どうかしら。レーナちゃん凄く似合ってるでしょう?」

「……凄いな。ちゃんとした服を着ると全くスラムの子には見えないぞ」

「ちゃんとする前も可愛い子だとは思ってたけど、制服を着てるとそれがよく分かるな」

「ありがとうございます。ちゃんとこのお店に溶け込めるようなら良かったです」

「……溶け込めるを通り越して、綺麗すぎて目立ちそうだけどな」


 従業員の皆は、驚きを露わにしながらも私のことを褒めてくれる。私はそれが嬉しくて照れながらも笑みを浮かべていると……男性用の更衣室のドアが開かれて、中からジャックさんが出てきた。ジャックさんは制服をビシッと着こなして、髪の毛を綺麗に纏めている。


「おおっ、レーナ。似合ってるじゃんか」

「ジャ、ジャッ、ジャックさんこそ……! 何それめっちゃかっこいい!」


 ヤバい、凄い、語彙力がなくなる! ジャックさんのポテンシャルに心から驚く。私の予想以上だったよ。制服を着て身嗜みをちゃんと整えたらここまで変わるなんて!


「そんなにか?」

「そ、そんなにだよ! イケメンで美人なんだけど!」


 長いサラサラの髪の毛をポニーテイルにしているから、小顔で彫りの深い顔が際立って目立つ。それに今までの服装だと気づかなかったけど、足が長くてスタイルが良いのか制服がめちゃくちゃ似合ってる……!

 さらに左手の中指にある、風の女神様の加護を表す白い宝石付きの指輪が、今まではただそこにあるだけだったのに、今は立派な装飾品になっている。なんかもう、とにかく凄い。


「本当ねぇ〜見違えたわ。普段からそうしてれば良いのに」

「ジャックってこんなにイケてるやつだったのかよ……俺と同類だと思ってたのに!」


 優しそうではあるけどパッとしない顔の従業員がそう言って嘆くと、他の男性従業員もジャックさんに近づいて背中や腕をバシッと叩いた。……結構強めに。


「おいお前ら、いてぇな!」

「なんだよお前、かっこいいやつは最初からそうしてろよな!」

「同じ制服なのか疑問に思うぐらい違うじゃん!」


 そう叫んだのはちょっとぽっちゃり気味の男性だ。あなたは……少しダイエットをしたらもっと似合うようになると思う。でも今のままでも安心感があって良いと思うな。

 

 それからもジャックさんの予想以上のカッコ良さに皆で盛り上がっていると、休憩室の扉が開いてギャスパー様が入ってきた。


「騒いでどうしたんだい?」

「あっ、ギャスパー様、おはようございます。うるさくしてしまい申し訳ございません」

「いや、まだ始業前だから構わないよ」

「ジャックとレーナの制服姿に驚いて盛り上がっていまして……」


 ぽっちゃり気味の男性がそう伝えると、ギャスパー様の視線がジャックさんと私に向いた。そして上から下までじっくりと眺めてから満足そうに一つ頷く。


「二人とも私の予想以上に似合っているね。商会員の仕事は見た目も武器になるから、二人は他の能力に加えてその部分でも貢献してもらいたい。レーナはまだ子供だからこれからだけれど、ジャックは素晴らしいよ。すぐにでも店に出て欲しいね」


 ギャスパー様のその言葉に、ジャックさんは真剣な表情で頷いた。そうした仕草一つ一つがいちいち絵になる。

 これはヤバい、私の中でジャックさんが推しになりそうだ。アイドルをやってくれたらライブに行って端からグッズを買って、ポスターを部屋の壁に貼っちゃうぐらい好きな容姿なんだけど。


「そうだ。ちょうど皆が集まってるし、レーナとジャックに挨拶をしてもらおうか。ニナ、店の方にいる皆も呼んでくれるかい?」

「かしこまりました」


 それから数分で休憩室には本店で働く従業員が全員集まり、ギャスパー様によって私とジャックさんが紹介された。


「まずはジャックだけど、今日から本店勤務になることになった。皆とはすでに面識があると思うけれど、これからは同じ店舗で働く仲間になるから仲良くね。ジャック、挨拶を」

「かしこまりました。この度本店勤務となりましたジャックです。ここで働くのは最初に研修を受けた時以来なので少し緊張していますが、精一杯頑張りますのでご指導よろしくお願いいたします」


 ジャックさんのそんな挨拶に、他の従業員は笑顔で拍手をしている。本当に雰囲気が良い職場だよね……それもこれもギャスパー様の手腕なのかな。


「ありがとう。確かジャックは計算が苦手だったかい?」

「はい。……まだ克服しきれず、申し訳ございません」

「構わないよ。ジャックがここに雇われてから努力しているのは知ってるからね。じゃあ皆、お互いに弱点を補いながら働くように。ジャックの容姿は皆で最大限に活用しなさい。その代わりにジャックの苦手な部分は補うように」


 ギャスパー様のその言葉に、ぽっちゃり気味の体型をした男性が「計算は俺が助けてやるよ」とキメ顔で発した。


「ポールは確かに計算は凄いけど、もう少し痩せる努力をしようか。ジャックは苦手を克服しようと頑張っているよ?」


 しかしにっこりと綺麗な笑みを浮かべたギャスパー様にそうつっこまれ、皆の間に笑いが起きる。


「はははっ、ポール言われてるぞ」

「うぅ……努力します」

「お前はまず昼食の量を減らすところからだな。ラスートの包みを三つ食べた後に、甘いお菓子を時間いっぱい頬張ってるのを止めるべきじゃないか?」


 いやいや、それは食べすぎだよ。ラスートの包みとは日本にあったものに例えたら……トルティーヤ? みたいな感じのやつだ。ジャックさんがお昼にたまに持ってきていた。

 この世界には小麦粉に似たラスートがあるけどパンのようなものはなくて、ラスートに水とソルを加えたものをフライパンで焼いて生地にして、それでいろんな具材を包むのが一般的なのだそうだ。


 ジャックさんが持ってきてたやつはかなり大きくてボリュームがありそうだったし、あれを三つ食べてから甘いものを食べまくってるとか……それは太るよ。逆に今ぐらいで耐えられてることが凄い。


「ポールはしばらく甘いものを禁止にしようか?」

「ギャスパー様、それだけはやめて下さい!」

「はははっ、じゃあ一日に一つにしてみなさい。健康のためにもその方が良い。ポールの能力は他に代えがいるようなものじゃないんだから、長生きしてくれないと困るよ?」

「あ、ありがとうございます。頑張ります」


 ギャスパー様のその言葉に、ポールさんは嬉しそうな笑みを浮かべて素直に頷いた。そしてギャスパー様を尊敬の眼差しで見つめる。


 ギャスパー様って皆をやる気にさせるのが上手いっていうか、何ていうんだろう……人たらしというか、この人のために頑張ろうって思わせてくれる人だ。こういう人の下で働くのって楽しいんだよね。


 瀬名風花が働いてた会社の上司がまさにそういうタイプの人で、私は友達たちが仕事が嫌だと愚痴る中、一人で凄く楽しいと語って理解できないような顔をされていた。

 でもあれは見栄でもなんでもなく本心だったのだ。仕事の楽しさややりがいは上司や同僚で変わる。その点でこのロペス商会は、今のところ最高の職場だ。

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