第32話 家族の今後
家に帰るといつもならまだお父さんは帰ってきていない時間なのに、小屋の前をうろうろと歩き回るお父さんがいた。
「レーナ! 何もされてないか? 大丈夫か?」
「お父さん……仕事は?」
「そ、それは……だな。あれだ、今日は休みだ。レーナが心配で手が付かなかったからな」
「レーナ、おかえりなさい。アクセルは何度大丈夫だって言い聞かせてもダメなのよ。もう、レーナからも言ってやってちょうだい」
お父さんはバツが悪そうに視線を逸らして、お母さんは椅子に座って何か作業をしながら呆れた様子だ。
「お父さん、まだジャックさんのこと信じてなかったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどな……」
お父さんは私がスラム街支店で働き始めて二日後に、さっそくお店にやってきたのだ。それでジャックさんの人柄を見極めようと思ったのかなんだか知らないけど、色々と返答に困る質問をしてジャックさんに迷惑をかけていた。
でもそんなお父さんにもジャックさんは誠実に対応してくれて、最終的にはお父さんが悔しそうに「レーナは俺の子だからな!」とよく意味の分からないセリフを吐いて帰っていった。
それでその日の夕食の時に、まあ悪いやつじゃないんじゃないか……って言ってたはずだったのに。まさかまだジャックさんを敵視してたとは。
「お父さん、そろそろ子離れしないとダメだよ? 私はもう十歳なんだからね。五歳や六歳じゃないんだよ?」
「そうよアクセル。もう自分で仕事を見つけてくるような歳なのよ。自由にさせてあげなさい」
お父さんは私のそんな言葉とお母さんの言葉にがっくりと落ち込んでしまい、力無く椅子に腰掛けた。お父さんは大きな体をしてるけど、一回り小さく見えるほどに落ち込んでいる。
私はそんなお父さんの様子を見て、本当に親バカだなーとちょっと呆れる気持ちもありつつ、そこまで愛してもらえて凄く嬉しかった。お父さんなら街中に一緒に行きたいって言ってくれるかな……そう言ってくれると良いな。
「それでレーナ、今日はどうだったの? 確かレーナを雇ってくれてる人に会いに行ったのよね」
「うん。その話なんだけど……家の中でするのでも良い? 皆にだけ話したいの」
家の前にあるテーブルセットで話してると近所の人にも話が聞こえてしまうのでそう言うと、二人は神妙な表情で頷いてくれた。
「ラルスも呼びましょう」
「俺が呼んでくる。すぐそこにいるはずだ」
それから数分で自宅――というよりもボロい小屋――の中に家族全員が集まった。床に直接座って、窓を閉めて暗いので真ん中に光花を置く。
「それで、なんの話があるの?」
「実はね……私、ロペス商会に正式に雇ってもらえることになったの。これからは毎日街中にある本店に通うんだって」
思い切ってそこまでを一息に説明すると、皆は理解できなかったのか何も言葉を発さない。
「毎日街中にって……街に入るには金が必要だろう?」
「それがね、市民権を買ってくれたの」
服の袖を捲り上げて腕に印字されている市民権を見せると、皆は私の腕を取って印字されている文字を凝視した。
「市民権はカードでもらうんだけど、追加料金を払えばこうして肌に印字してもらうこともできるらしくて、ギャスパー様がしてくれたの。これを見せればお金はかからずに毎日街中に入れるよ」
「レーナが、本当に市民権を得たのか……?」
「うん。そうだよ……って、お父さん!?」
お父さんは突然瞳から大粒の涙をこぼし始めたので、私は慌ててお父さんに手を伸ばした。するとお父さんは私をギュッと抱きしめてさらに泣く。
え、これどういう状況? 泣くほど嫌だったとか、市民権を得るのはダメだったとかじゃないよね? じゃあ嬉しくて泣いてるとか……?
「まさか市民権を買ってもらえるほどに才能を認めてもらえてたなんて……っ、レ、レーナ、良かったな」
「本当に、良かったわね……お母さんは嬉しいわ。スラムでの生活は苦しいもの。レーナの人生が、幸せなものになることを、い、祈ってるわ……」
お母さんも泣き出しちゃったよ!? お兄ちゃんも涙ぐみながら私の頭を撫でてるし。なんか永遠の別れみたいな雰囲気になってない……?
「あの、皆……私はしばらくはスラム街にいる予定だよ? それに今日は皆も一緒に街中に行かないかなって話をしようとしてたんだけど……」
私がそう告げると、皆はぴたりと動きを止めて瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「市民権を得たら、街中に住むんじゃないのか?」
「というよりも、街中にも住めるって感じかな。でも私はできれば皆と離れたくないから、皆が望むなら皆の市民権も買えるように頑張ろうかと……」
「え、私たちの市民権も手に入るの!?」
「う、うん。市民権は金貨一枚と既に市民権を持ってる保証人がいれば買えるの。保証人には私がなれるし、私のこれからのお給料は十日で銀貨五枚だから、二十日で一人分。六十日で全員分の市民権を買えるよ。ただ街中で部屋を借りて生活するなら貯金ゼロは厳しいから、さらに数十日は貯金してから引っ越しになるかな」
私がこれからの具体案を提示すると、皆はしばらく固まっていたけど、まず声を上げたのはお兄ちゃんだった。お兄ちゃんは顔に喜色を浮かべて私の手を握る。
「俺も市民権を得て街中に行けるってことか!?」
「う、うん。そうだよ」
「マジかよ……レーナありがとう! 才能がある妹を持てて俺は幸せ者だ!」
お兄ちゃんがそうして喜びを爆発させていると、お父さんとお母さんも事態を把握してきたのか顔をどんどんと明るくしていった。
「皆でスラムから街中に引っ越せるのね!」
「まさかそんな人生が待ってるとは……凄いな、凄いぞレーナ!」
「どうしましょう。街中の人が着てる綺麗な服が着られるのかしら! 一生着るのは無理だと思ってたわ。それに街の中には美味しいご飯がたくさんあるって……!」
私は三人の勢いに驚いて、少し体を後ろに逸らした。街中に行くことになったとしてもかなり悩んだ末で、環境を変えたくないって言われる可能性が高いと思ってたのに……ここまで喜ばれるなんて。
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