第31話 大人びた恋バナ

 リューカ車に乗って本店に帰った私は、本店の従業員である男性にロッカーの鍵を渡されて、ニナさんに場所を教えてもらった。そこは男女別になっていて更衣室も兼ねているようで、とても清潔で落ち着く場所だった。

 これから私はこの場所で制服に着替えて、毎日仕事をこなすことになるそうだ。


「レーナ、カードはちゃんと仕舞ったか?」

「うん。鍵も閉めてきたよ」


 更衣室から出るとジャックさんが待ってくれていて、心配そうに声をかけてくれる。ちなみに鍵には丈夫な紐が付いていて、首からかけて服の中に仕舞えるようになっていた。鍵だけはスラムに持ち帰らないといけないから本当にありがたい。


「じゃあ外門まで行くか」

「ジャックさんも外門に用事があるの?」

「いや、特にないが俺も今日はこれで終わりで良いらしいから、レーナを送ろうと思ってな。まだ街中には慣れてないだろ?」

「ジャックさん……本当に優しいね」


 私が思わず本音をぽろっと溢すと、ジャックさんは少し照れたように横を向いた。私が外見にも気を遣った方が良いって言ったからか小綺麗にしてるし、ジャックさんってこれからめちゃくちゃモテるんじゃないだろうか。いや、もしかして既にモテてる……?


「そんなことねぇよ。じゃあ行くぞ」

「うん。ニナさん、今日はありがとうございました。明日からよろしくお願いします」

「ええ、また明日ね」


 ニナさんや他の従業員の人に挨拶をして本店を出ると、まだ明るい時間ではあったけど、日が傾いていてそろそろ夕方になることを示していた。


「ねぇ、ジャックさんって付き合ってる人はいるの?」

「なっ、急に恋バナかよ」

「ふふふっ、だって私は女の子だよ? こういうお話は大好物だよ?」


 ジャックさんの答えが気になって瞳を輝かせて顔を見上げると、ジャックさんは深くため息を吐いてから苦笑を浮かべた。


「俺は付き合ってる人なんていねぇよ。そろそろ結婚しても問題ない……というか、早くしろって言われる年だけどな。あんまり考えられないんだよなぁ」

「好きな人はいないの?」

「うーん……思い浮かばねぇな。俺は今までいろんなところを転々としてて恋愛どころじゃなかったし、ロペス商会に雇ってもらってからは、最初に仕事を覚えるまでは本店にいて、その後はずっとスラム街支店にいたからな。スラムで出会いはないだろ?」


 確かに……市場のお店は家族経営だったり、年齢が高めの人が店主をしていたりのお店が多かったかな。それに圧倒的に男性が多いんだよね。女性がいるお店には必ず男性もいて、女性のみってお店はなかった気がする。やっぱり治安の面からなのかな。


「じゃあ出会いがあるとしたら今からだね」

「そうだなぁ。まあいい人がいたらそのうち結婚するかもな。でも俺は八人兄弟の末っ子って言っただろ? もう上の六人は結婚してるから、姪っ子甥っ子がたくさんいるんだ。だから無理に結婚する必要はないな」

「そうなんだ。それは確かに結婚しなくても問題なさそうだね」


 街中は意外と独り身も許容されてるんだね……スラム街は結婚できなかったら、よっぽどその人に問題があるのかって思われてしまう。ここは街中の方が圧倒的に自由で良いかも。まあ私は結婚したいからどっちでも問題ないんだけど。


「レーナはどうなんだ? 十歳って言ったら女の子はそんな話ばっかだろ?」

「私も相手はいないよ。私はスラム街から出たいと思ってるから、スラムで結婚するつもりはないんだ」

「確かにそうか。そう決めてんなら相手がいたら別れが辛いな」

「そうなんだよ。だから街中で落ち着いたらそのうち探す予定! 理想は自然と好きになれた人と両思いになって結婚までいくことだけど、まあそれには運もあるから積極的に出会いの場に行こうかな。もうちょっと大きくなってからだけど」


 私が拳を握りしめてこれからの予定を語っていると、ジャックさんは微妙な表情を浮かべた。


「ずっと思ってたんだけどよ……レーナって十歳には思えないよな。同い年ぐらいに感じるぞ?」

「え、そ、そう? 気のせいじゃないかなぁ……」


 やっばい……やっちゃったよ。確かに十歳の女の子は恋愛に対してこんなに達観してないよね。もっと好きって気持ちに純粋だよね。うわぁぁ、やってしまった。二十六歳まで生きた記憶があったら、そんなピュアな心は残ってないよぉ。


「ま、まだ結婚なんて考えられないかな〜。す、好きな人が欲しいなって今は思ってる!」


 十歳の女の子ってこんな感じだっけと誤魔化してみると、素直なジャックさんはなんとか誤魔化されてくれたのか頷いてくれた。


「レーナぐらいの歳ならそうだよな。ただロペス商会にはレーナと同じぐらいの歳のやつがいないからな」

「そういえば子供はいなかったよね。街中って子供は働けないの?」

「いや、雇ってくれるところがあればもちろん働けるし、大半の子供は八歳とか九歳とか、働けるようになったら仕事を探す。まあ子供が働ける職場は工房の雑用とか力があれば荷運びとか、そういうのに限定されるんだけどな。雑用で雇ってもらってた工房に、十五の成人で正式採用になったりすることも多いぞ」


 街中の子供もそんな頃から働いてるんだ。まあ日本だって二十歳を超えても働かないでずっと勉強していられるような世の中になったのは、ほんの数十年の話だったもんね。子供だって学校がないのならやることがないんだし、働くのは当然か。


「じゃあロペス商会は子供を雇ってないんだ」

「基本的にはな。ただ今までのレーナみたいに、一年のみの臨時契約みたいな形で雇われてる子供はいるぞ。でも本店にはいないんだ。ロペス商会は王都アレルの中にスラム街以外にもいくつか支店があって、そこで雑用をしてたりする。あとは配達や各支店間での連絡係とか。基本的には街中を駆け回る仕事だな」

「そういうことなんだ……それなら私がその子たちに会うことは少ないってことだよね」

「そうだな」


 まあまだ十歳で結婚相手を探そうなんて思ってないから良いけどね。そもそも今の私と同い年の子供を恋愛対象にどうしても見れないから……うん、あと十年は考えなくても良いかな。


「おっ、門が見えてきたぞ」

「本当だ。ジャックさん、ここまでで良いよ。送ってくれてありがとう」

「そうなのか? じゃあ、気をつけて帰れよ」

「うん! また明日からよろしくね」

「ああ、初日から遅れるなよ」

「大丈夫! スラム街の朝はめちゃくちゃ早いから」


 何せ日が昇り始めるぐらいの時間から起きるからね。遅刻の心配はほとんどない。


「ははっ、そうだったな。じゃあまたな」


 そうして私はジャックさんと手を振って別れて、兵士に会釈をして街から外に出た。外に出てから少し歩いて外門を振り返ってみると、もう前みたいな高い外壁に拒絶されているような気持ちにはならなかった。

 これからは街の中も私が生きる場所だ。幸せな未来のために精一杯頑張ろう。

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