第30話 市民権購入
階段を上がって三階の一室に入ると、そこには役所の職員らしい男性が二人いた。この二人が市民権の直接印字を行ってくれるらしい。
「レーナさんですね」
「はい。そうです」
「先ほど市民権の内容がこちらまで上がってきたのですが、内容を確認していただきたいです。文字が読めなければ読み上げますがいかがいたしますか?」
「いえ、私が読めるので大丈夫です」
ジャックさんがそう声をかけてくれて、私に内容を教えてくれた。内容は私の名前に保証人の名前、さらには勤務先としてロペス商会の名前などが書かれているようだ。その他にも良く分からない数字とか模様みたいなやつもある。
「問題なければそちらを印字しますが、よろしいでしょうか?」
「よろしくお願いします」
「かしこまりました。場所は腕になりますが、右と左はお選びいただけます」
「じゃあ……左でお願いします」
そう言って私が左腕を差し出すと、一人の男性がよく分からない機器を私の腕に押し付けた。そしてもう一人の男性がさっきの私の市民権が書かれた紙を、その機器の側面に押しつける。
そして腕がひんやりとして……数秒で機器が離された時には、私の腕には黒い色で市民権が印字されていた。
「何これ、不思議……」
「こちらで終了です。半年ほどで消えてしまいますので、また印字したい時には役所へお越しください。途中で消したくなった際にも役所へお越しください。消す場合は無料でお受けいたします」
「分かりました。ありがとうございます」
男性二人に促されて部屋を出て、ジャックさんと階段を下って一階に戻る。
「ジャックさん、さっきのってどんな仕組みなのか知ってる?」
「あれは俺も詳しくは知らないけど……確か植物魔法と冷却魔法が使われてるんだったはずだ。だから茶色と青色の魔石の組み合わせだな。魔石や魔法、魔物素材の組み合わせで思わぬ効果を発することもあるらしいぞ」
「ませき……って何?」
「ん? ああ、話したことなかったか。ゲートから魔物が出てくることは知ってるよな。その魔物から取れる素材のことだ。魔石と魔物素材と……あとは金属とか色々を組み合わせて魔道具っていうのが作られるんだけど、あれはその魔道具の一つだな」
魔石に魔道具か、まさかそんなものまであったなんて。ここって知れば知るほどにファンタジーな世界だよね。
「あれ、魔道具は本店で使わなかったか?」
「使ってないと思うけど、魔道具ってどういうものがあるの? 街中ならどこにでもあるもの?」
「いや、そんなことはない。かなり高いから基本的には貴族様のところにしかないな。ただ裕福な平民はいくつか持っていて、ロペス商会の本店にも三つあるんだ。トイレがその一つなんだが……使ってなかったか?」
「うん。トイレは食堂で行ったから」
「そうだったか」
食堂のトイレはスラム街とは違ってそこそこ綺麗になってたし整ってたけど、いわゆるボットン便所だった。だから街の中も、そこはスラムとそこまで変わらないんだと思ったんだけど……魔道具のトイレなんてかなり期待だ。
「本店のトイレはボタンを押すと青草が出てきて分解してくれるんだ。さらに地下に管が通ってて、肥料は風魔法でその中を通って肥料集積場に運ばれる」
おおっ、凄い。ボタン一つで分解して、作られた肥料まで運んでくれるなんて。魔道具ってめちゃくちゃ便利だね。それが普通にある貴族様が羨ましすぎる。
「便利で良いね!」
「そうなんだよ。普通の家は家族に植物魔法を使えるやつがいればそいつが、いなければ魔法使いに頼んでトイレは定期的に分解してもらって、肥料は回収業者に頼むんだけどな」
街中のトイレ事情はそんな感じになってたんだ……でもそれよりも気になる言葉が出てきた。魔法使いってなんだろう。この世界は子供以外なら誰でも魔法を使えるはずだけど。
その質問をしようとしたところで階段を下りきったので、私とジャックさんは最初の受付がある場所に戻った。しかしギャスパー様は、どこかに出掛けているのか役所で他の用事を済ませているのか、ここにはいないみたいだ。
「座って待ってるか」
「そうだね」
受付の近くに置かれていたいくつかのソファーのうちの一つに腰掛けて、私はさっそくさっき浮かんだ疑問を口にすることにした。
「魔法使いっていう職業があるの?」
「あるぞ。そうか、スラムにはないのか」
「うん。でもさ……魔法は誰でも使えるから、魔法使いに頼む人なんていなくない?」
「いや、相当数いるぞ。そもそも精霊魔法はかなり得意不得意がある。魔法が不得意なやつが使ってると魔力消費が激しくて魔力がなくなるから、得意なやつに頼むんだ。それにそもそも使えないほど不得意なやつもいるしな。得意なやつの魔法は全然違うぞ。魔力消費も魔法の精度も発動までのスピードも」
そうなんだ……確かに今思い返してみれば、スラム街で魔法を使ってたのっていつも決まった人だったかも。それに魔力消費が激しいからあんまり頻繁には使えないって言ってた気がする。そういうことだったんだね……それなら得意な人が魔法使いとして需要があるのは分かる。
「そういえば凄い基本的なことなんだけど、街の中で水が欲しかったらどうするの? 家に水魔法を使える人がいない場合」
「もちろん魔法使いに頼むんだ。それか水を買うかだな。水とか火種とか皆が使うやつは、魔法使いに頼むまでもなくいろんなところで売ってるぞ」
「スラム街とはかなり生活が違うんだね……」
街中に慣れるまでは大変そうだ。でもいずれここで暮らすんだから早めに慣れないとね。
「もう終わってたのかい? 待たせてごめんね」
私とジャックさんが話をしていたところに、ギャスパー様が帰ってきた。外から来たってことは出掛けていたのか。
「少し用事を済ませてきたんだ。さて、そろそろ終わってるかな?」
「ロペス様、市民権のカードが完成しておりますので、こちらまでお越しいただけますか?」
「おっ、ちょうど終わったみたいだね」
受付に向かうと、最初に応対してくれた女性が恭しく一枚のカードを手渡してくれた。カードはかなりしっかりとした質感だ。プラスチック……というよりも金属に近いかな。
「紛失されますと、再発行にはお金がかかりますのでご注意ください」
「分かりました。気をつけます」
カードを受け取ったらこれで終わりみたいだ。私たちはギャスパー様についてリューカ車に戻る。
「ギャスパー様、市民権を買ってくださって本当にありがとうございます。これから期待に応えられるように頑張っていきます」
車に乗り込んでからしっかりと頭を下げてお礼を伝えると、ギャスパー様は笑顔で頷いてくれた。金貨一枚の市民権を買ってくれて、さらに雇ってくれて給料も他の人と同じに払ってくれて……もう感謝しかないよね。少しずつでも恩返ししよう。
「これから店に戻って、ロッカーの場所を教えたら今日は終わりで良いかな。そのカードはロッカーに仕舞っておくと良いよ」
「凄く助かります。ありがとうございます」
スラムでは安全な場所なんてなかったから、ロッカーは初めての私だけの誰にも侵されない場所だ。……それってかなり嬉しいかも。
私はリューカ車から景色を眺めながら、自分の頬が自然と緩むのを感じた。
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