第28話 昼食と学校について
「いらっしゃいませ〜」
二人で中に入ると若い女性の店員さんが元気よく迎えてくれた。そしてちょうど空いていた二人がけの席に案内される。
「文字は読めますか?」
「読めますよ」
「ではメニューをどうぞ。決まったら声かけてくださいね〜」
「はい。ありがとうございます」
路地裏にあるような小さな食堂に文字のメニューがあるのか。この国って意外と識字率が高いのかも。
「ジャックさん、さっきのお姉さんが話してたぐらいの敬語とか、このメニューが読めるぐらいの読み書き能力とかってどのぐらいの人が持ってるの?」
「うん? あのぐらいの丁寧語なら誰でも話せると思うぞ。貴族様に対する敬語とか、俺達がギャスパー様に対して使ってる敬語とかは使えない人も多いだろうけどな。それから文字の読み書きはそうだな……食堂のメニューぐらいならこの街に住む半分ぐらいは読めるんじゃないか? しっかりと仕事として読み書きを使えるレベルになると、かなり少ないと思うが」
街の中はそんな感じなのか……スラム街とは全然違うね。家族が街中に引っ越したいって言ったら、少しは読み書きを教えてあげないとダメかもしれない。
「そういえばさ、街の中に学ぶところってあるの?」
「学校のことか? それならもちろんあるぞ……でもちょっと待て、その話は長くなるから先に飯を頼もう」
「あっ、そうだね」
私はジャックさんのその言葉で食堂に来ていたことを思い出し、メニューに視線を向けた。しかしメニューの内容は知らない単語ばかりで全く分からない。
あっ、これはポーツかな。これはミリテって書いてある。他は……全く分からないね。
「ジャックさん、よく分からないからお任せしても良い?」
「あっ、確かにそうだよな。メニューに使われてる単語は特殊なやつも多いからな。じゃあ……レーナはこれにするか? 本日のおすすめって書いてあるんだ」
「これがそういう意味なんだ。じゃあそれにする」
「おうっ、俺は……ハルーツ煮込みにするかな」
そうして私たちは注文を済ませ、さっきの話の続きをすることにした。
「それで学校だったよな。国立の学校は主に三つある。貴族街にある貴族様と裕福な商人の子供なんかが通う、ノルバンディス学院が一つだ。それからもう一つは第一区にある平民が通えるルーノ学園。最後が精霊魔法の研究機関の面が強いリクタール魔法研究院だ」
おおっ、意外とちゃんと学校があるんだね。貴族様が通う学校は私には関係ないだろうから、通うとしたらルーノ学園ってところかな。でも一番興味あるのは最後のリクタール魔法研究院かな。精霊魔法の研究とか楽しそう。
「まず一つ聞いても良い? 第一区とか貴族街って呼び方があるの?」
「ああ、その話はしたことがなかったか。王都アレルは円形になってて、真ん中に王城があってその周辺が貴族街なんだ。そしてそれよりも外壁近くが全部平民街なんだが、それも二つに分かれてる。貴族街に近い方が高級店とかでかい商会とか、裕福な平民が住んでる第一区だ。そして第二区が、今俺たちがいるここを含めた王都の外周部分だな。ちなみにスラム街も一応第三区ってことになってるぞ。まあ誰もそう呼ばないけどな」
王都はそんな作りだったんだ。じゃあルーノ学園もここからだと遠いんだね……まあ私は働かないとお金がもらえないから、学校に通ってる暇なんてないんだけど。
「一般的な人たちは学校に通わないってことだよね?」
「そうだな。ただルーノ学園はお金がかからないから、受験するやつはたくさんいるぞ。入学試験の難易度がバカ高くて、毎年ほとんど受からないんだけどな」
ということは、ルーノ学園は平民の中から優秀な人材を拾い上げるためにある学校ってことか。私には無理だね。計算だけならいけるかもしれないけど、今の私は読み書きだって満足にできないのだから。それに歴史の試験とか絶対にあるだろうし、そんなの一問も解けない。
「ルーノ学園に行けない平民は学べる場所ってないの?」
「いや、そこかしこに私塾ならある。まあ私塾だから教えてるやつの能力はピンキリだけどな。評判の良いとこに行けば、かなり質の良い教育が受けられるって話は聞いたことがある。まあでもそういうところは高いけどな。ルーノ学園に何人合格とか宣伝してるようなところは熱心だぞ」
日本の塾みたいなところがあるんだね……私がもし時間に余裕ができて行くとしたら、安くてひっそりとやってるような私塾に行こうかな。
「いろいろと教えてくれてありがとう。そうだ、ルーノ学園って何歳まで入れるの?」
「うん? 年齢は特に関係ないぞ」
「え、何歳でも入学できるってこと?」
「ああ、試験に受かりさえすればな」
へぇ〜それは親切だね。じゃあいずれ余裕ができたら挑戦してみようかな。
私がそう考えたところで、さっきの店員さんによって頼んだ料理が運ばれてきた。私の前に置かれたお皿には、なんだか白い料理が器に盛られている。ミルク煮……とかかな?
「ごゆっくりどうぞ〜」
「はい。ありがとうございます」
一緒に運ばれてきたスプーンを手にして一匙掬ってみると、中にあったのは米みたいな何かだった。
「これってなに?」
「それはラスタだ。食べたことないのか?」
「ああっ、もしかしてラスートの前段階のやつ?」
「前段階って……まあ間違ってはいないな。ラスタを挽くとラスートになるからな」
初めて見たけどこれがそうなんだ。スラムではラスートの状態でしか手に入らないんだよね。恐る恐る口に運んでみると……濃厚なソースに煮込まれたラスタはめちゃくちゃ美味しかった。というかこれ、まんま米じゃん!
挽かないでそのままだと米のように食べられて、挽くと小麦粉のようになるなんてめちゃくちゃ優秀。
「ラスタは美味いよな。俺はラスートより好きなんだ」
「私も好きかも。このソースはミルクだよね?」
「そうだろうな。それにいろんなものが入ってるんじゃないか?」
うん、確実に入ってるね。だってめちゃくちゃ複雑な味がする。旨みも塩味もしっかりあって凄く美味しい。スラム街の食事には絶望だったけど、この国にもちゃんと美味しいものがあって良かった。
「ジャックさんのはハルーツの煮込み?」
「そうだぞ。一口食べるか? この炊いたラスタと一緒に食べると美味しいんだ」
そう言ってジャックさんが指差したのは……もう米だった。見た目はまんま炊いた米だ。白くて艶っとしていてすっごく美味しそう。
「もらって良い?」
「おう、もちろん良いぞ」
ジャックさんがスプーンに炊いたラスタと茶色いソースで煮込まれたハルーツを載せてくれたので、それを恐る恐る受け取って口に入れると……それはまさに角煮丼の味だった。
「ジャックさん! この茶色いソースってなにで作ってるの!?」
「え、それは……なんだろうな。ソイとかリンド、あとはトウカとかじゃねぇか? シュガも入ってるかな」
――うん、分かんない。聞いたことないものばっかりだ。でもこれだけは分かった……この世界には醤油みたいな日本の味に近い調味料がある!
それが分かっただけで嬉しすぎる。こういう味付けのものはもう食べられないのかと思ってた。はぁ……口の中が幸せ。
「美味しかったのか?」
「うん、とっても!」
「それは良かったな」
私はあまりにも喜びすぎてジャックさんに苦笑されたけど、それも気にならないぐらいに食事を楽しんだ。今日は良いことばっかりだ。
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