第27話 嬉しい事実とこれからのこと
「一つだけ質問を良いでしょうか。私が部屋を借りたら、市民権がない家族はその部屋に住めるんでしょうか?」
何に置いてもまずはこれが気になったのだ。私は今まで自分一人がスラムから抜け出せれば良いと考えて行動してきた。でもそれは家族皆での脱出はかなり厳しいだろうと思っていたからで、家族皆で抜け出せるのならそれを選ばない理由はないのだ。
そう考えて期待しながらギャスパー様の答えを待っていると……ギャスパー様は首を横に振った。
「市民権がない人を住ませるのは基本的にはダメなんだ。まあ見逃されてる部分はあると思うけれど。でも結局は市民権がないと仕事ができないし街の外に出たら入れなくなってしまうし、やっぱり市民権は買うべきだね。レーナが家族と街中で一緒に暮らしたいのなら、もうレーナが保証人になれるからお金さえあれば実現できるよ」
え……そっか、そうなのか。私が保証人になって家族皆の市民権が買えるんだ!
皆は生活を変えることを嫌がるだろうか。いや、私がお店に雇われた時の反応からして、街の中はやっぱり憧れみたいだった。
皆が望んでくれるのなら、私はめちゃくちゃ頑張って働いて、お金を貯めて皆の市民権を買う! 自分一人で街中に生活を移すのよりも時間がかかっちゃうと思うけど、やっぱり家族と離れるのは寂しいのだ。
友達やご近所さんもって言いたいところだけど……さすがにそれは難しいから目を瞑るしかないかな。
でも例えばエミリーが街中に行きたいって私に話をしてきたら、全力でサポートはすると思う。敬語や読み書きを教えれば街中でも働けるだろうし、私に余裕があればお金を貸すことも……考えちゃう気がする。
まあその辺は、その時その時に考えるしかないよね。とりあえずこれからの目標は、頑張って働いてお金を貯めて、街中に部屋を借りて生活を街中に移すこと。それから家族皆の市民権を買えるだけのお金を貯めて、家族も一緒に街中に引っ越すことだ。
やばい、めちゃくちゃやる気が湧いてきた……今までは頑張る方向性が分からなかったけど、これからは頑張れば私が望んだもっと快適で平穏な生活が手に入るのだ。そんなの頑張るしかないよね!
とにかく、今日帰ってから皆に話をしてみよう。
「ははっ、やる気十分みたいだね」
「はい! 精一杯お仕事を頑張ろうと思います!」
「期待してるよ。うちの商会は良い働きをした人にはボーナス――特別に支給する給料って言えば伝わるかな? それも支給してるから頑張って」
それってボーナス……! ボーナスが振り込まれた時の嬉しさは言葉では言い表せないほどだ。もらえるように頑張ろう、ボーナスめっちゃ欲しい。
「じゃあ話はこれで終わりで良いね。お昼ご飯を食べてから市民権を買いに行こうか。ジャック、今日のお昼は特別に私が奢るよ。お金を渡すから二人でどこかに行って食べてきなさい」
「良いのですか? ありがとうございます」
「ギャスパー様、ありがとうございます」
そうして話を終えた私とジャックさんは、昼食代をもらって商会長室を後にした。なんか凄いことが起こりすぎて現実感がないけど、私は正式に雇われて市民権を買ってもらえて毎日ここに通うんだよね……
スラム街からの脱出に一歩どころか五歩ぐらい前進だ。これから頑張ろう!
「それにしても驚いたなぁ」
ジャックさんは商会長室を出て、階段を静かに降りながらそう呟いた。
「ジャックさんも本店勤務に昇進だってね」
「ああ、レーナのおかげだよ。ありがとな」
「ううん。私こそジャックさんのおかげで正式に採用してもらえたよ。ありがとう」
私達はお互いに感謝しあって、嬉しさに笑い合った。
「なに、良い話だったの?」
「あっ、ニナさん」
「いい話すぎて驚いてばかりだったぜ。まずは俺が本店勤務になった。それからレーナも正式に雇われて毎日ここに通うことになった」
「え、じゃあレーナちゃんとは同僚ってこと!?」
ニナさんは休憩中だったようで席に着いて食事をしていた手を止めて、椅子から立ち上がって私の前で中腰になった。
「レーナちゃん、これからよろしくね」
「はい。よろしくお願いします!」
「ふふっ、嬉しそうね。レーナちゃんはどんな仕事をするの?」
「私は筆算の授業と帳簿の計算確認と雑用って聞きました」
「あの筆算をちゃんと学べる日が来るのね。ジャックから初めて聞いた時には本当に驚いたわよ。あんなに便利なものをスラムの子が考えたなんてってね。楽しみにしてるわ」
「は、はい! 精一杯頑張ります」
なんか筆算への期待値高くない……? 私で大丈夫か心配になってきた。瀬名風花として生きていた時だって算数なんて忘れかけてたのに、今はもっと忘れてるよ……頑張って思い出しておこう。
あとは掛け算九九とかも教えたら良いのかな。あれを暗記してると暗算が凄く楽になるよね。
「これからお昼に行くの?」
「ああ、ギャスパー様がお昼を奢ってくださるってお金を渡してくれたんだ。だからレーナを食堂に連れて行ってくる」
「さすがギャスパー様、お優しいわね。じゃあレーナちゃん、行ってらっしゃい」
「はい。これからよろしくお願いします!」
そうしてニナさんと話をして、私とジャックさんは商会の本店を出た。食堂はかなり近い場所にあって、ロペス商会の従業員の行きつけなんだって聞いていた通り、歩き始めてすぐに建物が見えてくる。
大通りじゃなくて路地を進んだ先にある食堂は、そんなに新しい感じの外観ではないけど清潔感が漂うお店だった。ガラスのような硬い板が扉に嵌め込まれ中が見えるようになっていて、覗き込むとお客さんは大勢いるみたいだ。
「ジャックさん、さっきは聞く余裕がなかったんだけど、この透明のやつってなんて言うの?」
「ああ、ガラスな。かなり強度があって外の光が室内に取り込めるから、ほとんどの建物の窓に使われてるぞ」
私はこの国でのガラスの発音をしっかりと覚えて、手を伸ばしてガラスに触れてみた。ひんやりと冷たくてつるっとしていて、日本にあったガラスと似た質感だ。まあこの世界だから日本のガラスとは違うものなんだろうけど、私はそこまで詳しく知る必要はないだろう。
とりあえず頭に入れないといけない情報が多すぎるから、取捨選択して優先順位をつけていかないととても覚えきれないのだ。
「それもスラム街にはないから、レーナにとっては初めて見たものなのか」
「うん。これ便利だよね」
「そうだな……生まれた時からあるからあんまり考えたことがなかったが、確かにないと不便だな」
「そうだよ。昼間でもこれがないと室内が暗くなっちゃうよ」
まあスラムの家――というか小屋は隙間がありすぎて結構中も明るいんだけど。
「レーナと話してると面白いな」
「私も街中を歩いてるといろいろと知らないものがあって楽しいよ」
「これからもわからないことは教えてやるよ」
「ありがと。ジャックさんのことは頼りにしてるから」
「ははっ、じゃあ期待に応えられるように俺も頑張らないとだな。とりあえず今は中に入るか」
「そうだね」
ジャックさんが扉に手をかけて開くと、中からブワッと美味しそうな香りが漂ってきた。ヤバい、この匂いだけでお腹が鳴りそう。
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