第25話 お茶とお菓子
「失礼いたします。お茶とお菓子をお持ちいたしました」
さっきの男性がお盆を手に部屋に入ってくると……途端に部屋の中には甘い香りが広がった。日本でよく嗅いでた焼き菓子の匂いに似てる! うわぁ、この匂いだけで幸せすぎる!
「ははっ、急に笑顔になったね」
「あっ、すみません」
「良いんだ、気にしないで。お菓子の匂いは幸せになるよね」
机の上に並べられたのは日本でもよく見ていたティーセットと同じようなものだった。カップに注がれたのは紅茶のような色合いの飲み物で、ふわっと香ってくるのは甘い香りだ。
「どうぞお召し上がりください。失礼いたします」
給仕をしてくれた男性が下がっていくと、ギャスパー様がまずはお茶をと勧めてくれた。カップを手に持つと温かくてまだ湯気が立っている。
そんなお茶を少し口に含むと……甘い香りに反して味はかなりスパイシーだった。いや、スパイシーって表現はちょっと違うかな。でもクセの強いハーブティーだ。
苦手な人はいそうだけど、私は日本でハーブティーを好んで選ぶほど好きだったからとても美味しい。
「美味しいです」
「良かった。お茶は飲んだことがあるのかい?」
「いえ、初めてです。これはなんて名前のお茶なのですか?」
「ハク茶だよ。この国では庶民から貴族様まで飲む一般的なものだね。ハクという真っ白な茶葉を煮出して飲むんだ。シュガやミルクを入れても美味しいよ。試してごらん」
そう言って示された小さなポットには、白い粉と白い液体が入っていた。これって……砂糖とミルクみたいなやつだよね!?
私は驚いて嬉しくて、少しだけ震える手を押さえてまずはミルクを入れてみた。
すると……かなり驚いた。ミルクがめちゃくちゃ濃かったのだ。これは地球の牛乳とはかなり違うものだね。でも美味しいから良いけど。
さらにシュガと呼ばれた白い粉を入れてみると、こっちは砂糖と同じようにお茶がとても甘くなった。甘いお茶、美味しいな。
「どうだい?」
「とっても美味しいです! このミルクってやつは何の液体なのですか?」
「それはミーコって動物が毎日作り出す液体だよ。丸い膜の中に入ってて、膜を破るまでは常温で数日は保存できるんだ。栄養豊富で美味しくて、貴族様にも人気だよ」
丸い膜の中に入ったミルクをミーコって動物が作り出すのか……牛の乳である牛乳とは全然違った。やっぱりこの世界は地球とは違う。なんか……こういうのを知っていくのって面白いね。これから先も色んな驚きがあるんだろうな。
「貴族様にも人気なものを出してくださってありがとうございます」
「良いんだよ。美味しいものは皆で共有しないとね。こっちも食べてみて。クッキーだよ」
「ありがとうございます」
勧められたお菓子を一口食べてみると、これはそのまんまクッキーと同じ味だった。懐かしくて美味しいなぁ。
「それはラスートにミルクとシュガ、それからいくつかの食材を混ぜて焼いているものなんだ。私の大好物なんだけど、どうだい?」
「とっっても美味しいです。幸せの味ですね」
「ははっ、そうだろう? 気に入ってもらえて良かったよ。レーナは凄く美味しそうに食べるね」
ギャスパー様はそう言うと満足そうに笑って、ジャックさんにもお茶とお菓子を勧めて自分でもお茶を口にした。ギャスパー様はミルクとシュガを大量に入れるのが好みらしい。
「いつ飲んでも美味しいです」
「ジャックは何も入れないのが好きなんだね」
「はい。私はそこまで甘いものは得意ではなくて。あっ、でもクッキーは好きです」
「それならクッキーも食べて良いよ」
「ありがとうございます」
そうしてそれからしばらくは美味しいお茶とクッキーでゆったりとした時間を過ごして、少し落ち着いたところで話を再開した。やっと緊張が解けて、良い感じに体の力が抜けてきたかな。
「えっと、どこまで話したんだっけ。そうだ、市民権を買う話だったかな」
「はい。あの……それで一つ心配なことがあるのですが、市民権って紛失したり盗まれたらどうなってしまうのでしょうか。カードのようなものなら、スラム街では盗まれる心配がありまして……」
「ああ、そうだったね。それなら心配はいらないよ。市民権にはいくつか種類があって、カードは全員に配られるけど他の形のものも追加料金を払えばもらえるんだ。だからレーナは、肌に印字される市民権を持っていれば良いと思うよ」
肌に印字って、タトゥーみたいなものってこと!? 市民権のタトゥーなんて嫌なんだけど、でもカードは盗まれるし仕方ないのかな……いや、でもやっぱり嫌だな。
「嫌そうだな? 便利だし良くないか?」
隣のジャックさんが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「だって市民権を印字したら、一生そのままだよね?」
「一生……? 消せばいいんじゃないのか?」
「え、消せるの?」
「ああ、そもそもあれは半年ぐらいで消えるから、半年に一度書き直してもらわないといけないんだ」
なんだ、そうなんだ。原理は分からないけど消えるなら安心だ。
「スラム街で育つと常識を知る機会がないんだね……最初に常識を教育する必要がありそうだ。うん、やはり実際に接すると勉強になるよ」
「それは、良かったです」
何だか微妙な気持ちだけど、役に立てるのなら良いだろう。確かに常識の違いはかなり大きいから、最初にそこを埋めてもらえるのはありがたい。
「では肌に印字される市民権をお願いいたします」
「もちろん。そちらも市民権を買う時に一緒に頼めば良いんだ。レーナにも一緒に役所へ行ってもらうよ」
役所って市役所とか県庁とか、そういう公的機関のことだよね。この国にもあるんだね……あるのは当然なんだけど、そういうのとは無縁のスラム街で暮らしてきたから、レーナとして生きているこの世界にそういうしっかりとした機関があることがなんだか不思議だ。
――また別の世界に来たみたいな錯覚に陥る。
「分かりました。役所へはいつ行くのですか?」
「そうだね……今日はまだ時間があるかい? もし時間があるなら、お昼の後に行ってしまいたい。また別の日にすると、街に入るのにレーナはお金を払わなければいけないから」
「もちろん時間はあります」
「じゃあ行こうか。役所で市民権を買えばその日から使えるから、レーナの仕事は明日からで良いかな」
「はい! よろしくお願いします」
市民権を得て、明日から正式な商会員として仕事か。どんな仕事をするんだろう……めちゃくちゃ楽しみだ。
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