第10話 未知との遭遇

 ボクは、ゆめを見ていた。夢の中で、リーダーとばれていた。

 不思議ふしぎな夢だった。ふかい森の中で、たくさんの人たちを指揮しきして、植物しょくぶつのモンスターとたたかっていた。

 毎晩まいばんおな世界せかいゆめを見る。同じ世界を、たくさんの人が共有きょうゆうしているともく。何ものかの啓示けいじだとか警告けいこくだとか陰謀いんぼうだとか、危険視きけんしする大人もいる。

 でも、普通ふつうの中二男子のボクには、ゲームであそぶくらいの感覚かんかくしかなかった。


   ◇


 不思議ふしぎ感覚かんかくだった。

 ボクは、あさ教室きょうしつにいる。金曜日きんようびの、平日へいじつの、かよれた中学校の、自分じぶんのクラスの教室きょうしつの、自席じせきにいる。

 朝礼ちょうれいまえで、教室きょうしつさわがしい。話題わだいは、今朝けさのニュースがおおい。

 ニュースが話題わだいなんて、中学生らしくないかんじもする。けれど、なぞ植物しょくぶつなぞのガスなんて現実的げんじつてき内容ないように、興味きょうみたないわけがない。まるでゲームのプロローグである。

 あんなことのあとでなければ、ボクも興味きょうみ津々しんしんだっただろう。普段ふだんはなしたこともないクラスメートのはなしに、嬉々ききとして参加さんかしただろう。

けてされたのは間違まちがいない……」

 つぶやきながら、ボサがみく。両手りょうて黒縁くろぶち眼鏡めがねをかけなおす。ヨレた半袖はんそでシャツのえりただす。

 なぜか、記憶きおくがある。DFディーエフのことをおぼえている。

 仲間なかまたちがほぼ全滅ぜんめつしたのは間違まちがいない。登校とうこうまえおくったメールへの返信へんしん皆無かいむだった。DFの記憶きおくうしなって、ボクのこともわすれたのだ。

 ならなぜ自分じぶんにはDFの記憶きおくのこっているのか、はからない。もともとDFを完全かんぜんっているわけではない。どの状況じょうきょうただしいのかなんて、分かるわけがない。

天気てんき予報よほうだと、このあたりもあめ数日すうじつつづくんでしょ? 大丈夫だいじょうぶなの?」

 ユウコが女子たちとはなこえこえる。ボクのほうようともしない。

 登校とうこうまえにメールはおくった。DFの記憶きおくえたなら、ユウコにとっては面識めんしきもないだれかからの不審ふしんなメールだ。そんなものをおくった不審者ボクを見ないのは、ボクの名前なまえすらわすれて、名前なまえらないころ関係かんけいもどったからだろう。

あめか……」

 つぶやく。まどそとを見る。

 あめる。梅雨つゆ季節きせつにはめずらしくもない。

 精鋭せいえい部隊ぶたい最強さいきょうのユウコも、後方こうほう支援しえん部隊ぶたいのカメラも、本陣ほんじんのシバタもけてえた。ほかだれげきれたとはおもえない。

 ああ、でも、おなじくけてえた自分がかんがえても仕方しかたないことだ。ボクは二度にどとDFにはいれない、とかんがえるべきだ。DFでのたたかいは、また新規しんき参加さんかの五十人ほどがぐのだ。

 ボクは、まどそとあめながめて、いきをついた。きなゲームがわってしまったような、さびしさをかんじていた。


   ◇


 放課後ほうかごになった。

 とく用事ようじはないので、うつむ加減かげんかえる。下駄箱げたばこでスニーカーにえ、かさし、あめなか校門こうもんへとあるく。ザーザーと雨がり、パタパタとかさつ。

 校門こうもんたところで、ボクはあしめた。門柱もんちゅうほうた。ちいさな女の子がたたずんでいた。

 五、六さいくらいの女の子である。なが波打なみうしろかみで、白いはだで、白いレースの、フリルでかざられた白いドレスをている。花柄はながらの白いかさして、門柱もんちゅうかたわらにいる。

 ボクを見ている。づいて、あるいてくる。ボクを見あげて、シャツのすそまんで、る。

大事だいじなおはなしが、あるでちゅ。邪魔じゃまのいない場所ばしょで、おはなしちたいでちゅ」

 小さな女の子の、たか可愛かわいらしいこえで、舌足したたらずなしゃべりだった。


 通学路つうがくろ途中とちゅうにあるちいさな公園こうえんいた。

 おかの上の中学校のちかくの、丘の上の公園こうえんである。住宅街じゅうたくがいからはとおく、道路どうろからはおくまって、子供こどもあそぶには不便ふべんすぎる立地りっちにある。あめ今日きょうみたいなは、いよいよほかに人はいない。

 静寂せいじゃくに、雨がくさつ。つち水溜みずたまりをつくって、水音みずおとをさせる。

 すみに、二きゃくのベンチがかいあう屋根やねつきの休憩所きゅうけいじょがある。女の子が、白いかさたたんで、屋根やねはしらてかける。

 見れば見るほど、不可解ふかかいな女の子である。

 そんな不可解ふかかいな女の子のもとめにおうじたのは、この子の雰囲気ふんいきが、DFでおそってきたくろふくの女の子にているからだ。自分じぶん状況的じょうきょうてきにも、登場とうじょうタイミングてきにも、この子がDFの関係者かんけいしゃ可能性かのうせいかんじたからだ。

 もちろん、希望的きぼうてき観測かんそくではある。ゆめの中の、あんな不思議ふしぎ事象じしょう関係者かんけいしゃが、おいそれと現実げんじつ世界せかいあらわれるはずがない。

 女の子はベンチにすわって、自分のあし不思議ふしぎそうに見ながら、足を交互こうごらす。

 ボクはかいのベンチにすわる。子供こどもこわがらせないように、笑顔えがおになる努力どりょくをする。すぐげられるように、たたんだかさは手につ。

「それで、大事だいじはなしって、なにかな?」

 ボクは、できるだけおだやかにいた。われながら、つかれたような、テンションのひく口調くちょうだった。

 女の子が、ジッとボクを見つめる。可愛かわいらしいつぶらなひとみは、興味きょうみ津々しんしんかがやく。

「わたちは、セカンドでちゅ。人間にんげんみなしゃんに協力的きょうりょくてき立場たちばの、植物しょくぶつ集合しゅうごう意識いしきでちゅ」

 女の子の舌足したたらずな言葉ことばに、ボクはおどろいた。それは意味不明いみふめいで、それゆえに、DFという意味不明いみふめい場所ばしょとの関連性かんれんせいかんじさせた。どちらも、現実げんじつ突如とつじょとしてあらわれた、幻想ファンタジーだ。

「……ちょっと、意味いみからないんだけど」

 テンションのひくこえが、動揺どうようふるえた。

「人間のみなしゃんがDFと場所ばしょは、ファーストが人間をためちゅためにつくりまちた。ファーストとは、この世界せかい最初さいしょまれた、植物しょくぶつ集合しゅうごう意識いしきだとされてまちゅ」

 子供こどもわるふざけにしては、難解なんかい設定せっていである。しんじるには、現実的げんじつてきゆめ物語ものがたりである。

「あるとき突然とつぜん、ファーストが、植物しょくぶつ生息せいそく範囲はんい人間にんげんからもどそう、って提案ていあんしたでちゅ。ほか集合しゅうごう意識いしきたちは、人間のみなしゃんとの共存きょうぞんのぞ共存きょうぞんと、ファーストに一部いちぶ賛同さんどうする抗戦こうせんかれまちた。抗戦こうせん全面ぜんめん戦争せんそうまではのぞまないとの意見いけんでちたので、一緒いっしょにファーストを説得せっとくちて、人間のみなしゃんが共存きょうぞん可能かのうためちゅことになったでちゅ」

 なにえずに凝視ぎょうしするだけのボクをぐにつめかえし、女の子がつづける。

共存きょうぞん代表だいひょうとちて、人間のみなしゃんに協力きょうりょくちゅるのが、わたちセカンドで、抗戦こうせん代表だいひょうとちて敵対てきたいちゅるのが、サードでちゅ。ファースト以降いこう集合しゅうごう意識いしき同時どうじ多発的たはつてきまれたとされてまちゅ。セカンドもサードも、便宜上べんぎじょうであって、ファーストみたいな特別とくべつちからってないでちゅ」

 ボクは、一つだけおもたる。DFで本陣ほんじん急襲きゅうしゅうしてきた女の子が、たぶんそのサードとばれる存在そんざいである。辻褄つじつまうし、否応いやおうもなく納得なっとくできてしまう。

「えっと、つまり、その、ファーストは、特別とくべつちからってるってこと?」

 この女の子、セカンドが本当ほんとうのことをっている前提ぜんていはなすことにする。どうせ現状げんじょううたがっても意味いみがない。しんじたほう都合つごうくさえある。

「ファーストは、みなしゃんでいうと、かみちゃまにちか存在そんざいでちゅ。わたちたちにとっても、なぞ存在そんざいでちゅ。存在そんざいちて、意思疎通いしそつうできて、会話かいわ成立せいりつすること以上いじょうは、分からないのでちゅ」

 セカンドが、地面じめんとどかずあましたあし交互こうごらす。見た目は、小さな女の子そのものである。

「えっと、セカンドちゃんは、どうしてその姿すがたなんだい?」

相手あいて警戒けいかいちゃれずに接触せっしょくちゅるのに最適さいてきだからでちゅ」

 単純明快たんじゅんめいかいかつ合理的ごうりてきこたえだった。

 ボクはボサがみいて、いきをつく。

しんがたはなしだけど、しんじるよ」

「ありがとうございまちゅ」

「で、大事だいじはなしって? ボクがDFのことをおぼえていることと関係かんけいがある?」

 セカンドが、ちいさな手をベンチにいて、小さなおしりすべらせてすわりなおす。両手りょうてひざの上にいて、かしこまる。

「レイトしゃんには、人間のみなしゃんの代表だいひょうとちて、両方りょうほう場所ばしょ活動かつどうつづけてもらいまちゅ。共存きょうぞん集合しゅうごう意識いしき代表だいひょうとちて、わたちが協力きょうりょくさせていただきまちゅ。ファーストの意思いしであり、決定けっていでもありまちゅ」

両方りょうほう場所ばしょって、ボクはDFでけて、DFにはい権利けんりうしなってるはずだろ? 記憶きおくのこってるのとおなじで、その権利けんりのこってるのかい?」

「ざぁこ、ざぁこ。なにからないまま全滅ぜんめつしてゲームオーバーじゃあ、ざぁこが可哀かわいそうだから、お慈悲じひめぐんであげるってってるのよ。感謝かんしゃしなさいよ、ざぁこ」

 いつのにか、背後はいごくろふくの女の子がっていた。

 DFで本陣ほんじん急襲きゅうしゅうしてきた女の子だ。突剣レイピアこそっていないが、あのときとおな姿すがただ。

 ふわふわとしたくせながむらさき色のかみで、はだ日焼ひやけして、わらう口に八重歯やえばのぞく。きめこまかいのレースの、くろいリボンがきついた、黒いチューブトップに黒いミニスカートをている。フリルでかざった黒いかさを手に、両手りょうては黒いレースのなが手袋てぶくろつつみ、くつはヒールのたかい黒いブーツをく。

「なるほど、その姿すがたも、ボクたちを油断ゆだんさせるためというわけか。人間にんげんの女の子の姿すがたなら、奇襲きしゅう不意討ふいうちも先制せんせい攻撃こうげき自由じゆう自在じざいだ」

 ボクは、背後はいごあらわれた女の子をかえり、納得顔なっとくがおいた。

「はぁ?! わざわざそんなことしなくても、このアタシがけるわけないでしょ!? 失礼しつれいなざぁこね!」

 くろふくの女の子が、なぜかおこった。

「サードでちゅ。抗戦こうせん集合しゅうごう意識いしき代表だいひょうでちゅ。ファーストの協力者きょうりょくしゃとちて、DFでの戦闘せんとうにも参加さんかしてまちゅ」

 セカンドが、幼女ようじょ舌足したたらずな口調くちょうで、淡々たんたん紹介しょうかいした。

 黒いふくの女の子、サードはあきがおで、口元くちもとゆがめる。

「セカンドってば、本当ホント面白おもしろみのないオコチャマね。まあ、いいわ。面倒めんどう説明せつめいは、特別とくべつにアンタにまかせてあげちゃう」

「いや、て。慈悲じひがどうとかの説明せつめいはしてくれよ」

 おもわずツッコミをれた。めんかうのは二度目にどめ、ほぼ初対面しょたいめん相手あいてだ。

今回こんかいはチュートリアルステージだったってことで、いぬのざぁこちゃんたちを復活ふっかつさせてあげようってわけじゃん。もちろん、希望者きぼうしゃだけね。ファーストさまって、おやさしいでしょ」

 サードが、がことのように鼻高々はなたかだか自慢じまんした。

「……えっ?! 本当ほんとうにっ?!」

よろこぶのははやいとおもいまちゅ。レイトしゃん以外いがいは、DFの記憶きおくうしなったままで、復活ふっかつするかめることになりまちゅ。ゆめの中で見知みしらぬ子供こどもにそんな質問しつもんをちゃれて、『はい』とこたえる人が何人なんにんいるか、むずかちいところだとおもいまちゅ」

「キャハハハハッ! なかそんなにあまくないってことよ、ざぁこ。せいぜいいのりながらベッドにはいりなさい!」

 サードが、黒いなが手袋てぶくろつつまれた手を口元くちもとへとえて、高飛車たかびしゃ高笑たかわらいした。

「ボクは、もうすこし、希望きぼうがあるとおもう」

 ボクは、学生カバンからスマートホンをして、うらりつけたプリクラを二人にしめす。ボク、ユウコ、シバタ、トウカの四人でったものである。

一緒いっしょにプリクラをったシバタさんとトウカさんからは、ついさっき返信へんしんた。主力級しゅりょくきゅうのこの二人が復活ふっかつするなら、DFのモンスターに対抗たいこうできる可能性かのうせい十分じゅうぶんのこる」

「どうして、プリクラがあの場所ばしょむすびつくのよ? ざぁこの理屈りくつは、理解りかいくるしむわ」

 サードが不可解ふかかいくびかしげた。

「プリクラがDFの証拠しょうこになるわけじゃないよ。でも、面識めんしきのない人たちとったプリクラは、面識めんしきのあっただれかをわすれたと、記憶きおく欠落けつらく証拠しょうこになる。シバタさんとトウカさんはあたまがいいから、はなしのきっかけとしてはもうぶんない」

 ボクはスマートホンを学生カバンへとなおした。

「ユウコしゃんからは、返信へんしんはないのでちゅか?」

 セカンドもくびかしげた。

「ユウコは、頭脳ずのうじゃないからね。まあ、なにがきっかけになるかからないし、いままでも、えた仲間なかまには可能かのうかぎりメールをおくってきたし、絶望的ぜつぼうてきだとはかんがえていない、ってつたえたかっただけだよ。えっと、つまり、再戦さいせんかなうなら、つぎってみせる」

 われながら調子ちょうしってしまったかもれない、とちょっとだけずかしくなった。でも、不思議ふしぎ楽観的らっかんてきな、悲観ひかんするになれない、高揚こうようした心持こころもちだった。本心ほんしんでもあったし、自信じしんも、仲間なかまたちへの信頼しんらいもあった。

「はぁ?! このアタシがけるわけないでしょ、このざぁこ! つぎも、アタシの華麗かれい作戦さくせんで、コテンパンにしてあげるわ!」 

 サードが、なぜかおこった。

 セカンドが、ジャンプするようにしてベンチからつ。

「わたちたちのはなしは、これでわりでちゅ。レイトしゃんは、なに質問しつもんがありまちゅか?」

 ボクもベンチから立ちあがり、何気なにげなく口をひらく。

結局けっきょくのところ、DFって何なのかな? ゆめの中だから、ってっちゃうとそこまでだけど、きな姿すがたになれたり、すごちからっていたり、不思議ふしぎ場所ばしょだよね」

「ファーストは、のぞみの反映はんえいされる空間くうかんだと言ってまちた。つよくなりたい、色々いろいろなことをりたい、自分じぶんたものをみんなにも見せたい、みんなたすけになりたい、そんなおもいが特殊とくしゅ能力のうりょくとして発現はつげんちゅる場所ばしょとのことでちゅ」

「まぁ、本当ホントのところは、アタシたちにも分からないけどね。かみ真意しんいは神のみぞる、ってこと? ありゃりゃ、目をまるくしちゃってさぁ、ざぁこにはむずかしすぎたかしら、ざぁこ、ざぁこ」

 サードが、たのしげに嘲笑あざわらった。

 ボクは、おどろいていた。

 結局けっきょく、ボクたちは、DFの何もらなかった。てきのことも、仲間なかまのことも、大事だいじ部分ぶぶんは何一つらずに、たたかっていたのだ。



少女しょうじょかたなふかもり 第10話 未知みちとの遭遇そうぐう/END

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