第9話 決戦と決着と

 わたしは、ゆめを見ていた。夢の中で、ユウコとばれていた。

 不思議ふしぎな夢だった。ふかい森の中で、一振ひとふりの日本刀にほんとうを手に、植物しょくぶつのモンスターとたたかう夢だった。

 毎晩まいばん、同じ世界のゆめを見る。同じ夢の世界を、たくさんの人が共有きょうゆうしているともく。何ものかの啓示けいじだとか警告けいこくだとか陰謀いんぼうだとか、危険視きけんしする大人もいる。

 でも、普通ふつうの中二女子のわたしには、ゲームであそぶくらいの感覚かんかくしかなかった。


   ◇


 このゆめの中のふかい森を、わたしたちは『DFディーエフ』とぶ。

 DFには、人間にんげんおそ植物しょくぶつっぽいモンスターが徘徊はいかいしている。モンスターどものボスは、木のみきからみ合う球体きゅうたいまれた王冠おうかんせたバケモノで、王樹おうじゅばれる。

王樹おうじゅひきいる本隊ほんたいうごまえに、有利ゆうり配置はいち包囲ほういします! かく部隊ぶたいかく隊長たいちょう指示しじしたがって移動いどう開始かいししてください!」

 レイトが、ひくいテンションで号令ごうれいをかけた。

 レイトはいつものくろいボサがみ黒縁くろぶち眼鏡めがね迷彩柄めいさいがらふくで、地味じみである。ふかい森に保護色ほごしょくになっている。

 王樹おうじゅ再戦さいせんできる。プレッシャーで緊張きんちょうする。いかりにく。

 こしにある日本刀にほんとうさわる。紺色こんいろのスカートのプリーツをなおす。白いセーラーふくの、えり朱色しゅいろのリボンをただす。

 ふかいきう。深くいきをはく。まえ見据みすえる。

「ユウコ、たのんだぞ。強化バフがあれば、前回ぜんかいとはちが結果けっかにもできるはずだ。おくすることなく、自分じぶんしんじてたたかってくれ」

 レイトが、ひくいテンションで、真顔まがおで、わたしをた。

「うん。絶対ぜったいたおしてやるわ」

 わたしは、決意けつい真顔まがおうなずいた。

「ユウコさん。精鋭せいえい部隊ぶたい出発しゅっぱついたしますわよ。さぁ、きましょう」

 トウカにばれて、広場ひろばつ。トウカは、うす土色つちいろぬのあたまからかぶって、派手はであかいビキニアーマーの全身ぜんしんおおかくす。王樹おうじゅ討伐とうばつふだとなるトウカだけ、チャンスがるまでかくれておく手筈てはずになっている。

「そんなに緊張きんちょうなさいませんでも、大丈夫だいじょうぶですわ、ユウコさん。状況じょうきょう判断はんだんのフォローを、わたくしもさせていただきましてよ」

 トウカは、かぶぬのすこめくってかおして、やさしく微笑びしょうした。

「あ、ありがとう、トウカ。で、でも、わたし、根本的こんぽんてきにどううごけばいいのか、分かってないかも」

 プレッシャーがおもくて、こえふるえた。

前回ぜんかいのユウコさんは、三角形さんかくけい陣形じんけい先端せんたんになって、敵陣てきじんさっていましたの」

「あ、うん。なんとなく、分かる」

今回こんかいは、精鋭せいえい部隊ぶたい四角形しかくけい陣形じんけいつくりますの。てきかこまれませんように、四角形の一辺いっぺんだけで敵陣てきじんとの接触せっしょく状態じょうたいたもちますのよ。ユウコさんは、その敵陣てきじんせっする一辺のなかで、モンスターをたおしながら四角形の維持いじつとめますの」

「……んじゃダメなの?」

「ユウコさんが敵陣てきじんふかくにっ込みますと、ほか皆様みなさまいていけずに、陣形じんけいが三角形になってしまいますわ。そうなってしまっては、全員ぜんいんてきはさまれますから、攻撃こうげきえられずつぶされますでしょうね。そうなりませんための、目的もくてき半分はんぶん部隊ぶたい陣形じんけい維持いじで、みすぎずがりすぎずの位置いち調整ちょうせい大切たいせつですの」

 トウカの説明せつめいに、わたしはあたまかかえた。なるべく簡単かんたん説明せつめいしてくれているのだろうけれど、まだむずかしい。かんがえるのは苦手にがてだ。

むずかしいようでしたら、なるべくうごかずにモンスターをたおつづける、でもよろしくてよ。戦闘中せんとうちゅうこえをかけますから、そんなにご心配しんぱいなさらず」

 トウカが、ちょっとこまったような微笑びしょうくくった。

 DFではトウカも、わたし同様どうよう脳筋のうきんサイドである。でも、現実げんじつ世界せかいでの素養そようがあってあたまがいい。うらやましい。

「あ、ありがとう……」

 ったみでこたえた。トウカの存在そんざいと、トウカがおなたい所属しょぞくしていることには、感謝かんしゃしかなかった。


   ◇


戦況せんきょうはどうだい、レイト司令しれい?」

 シバタが、余裕よゆうみでボクをた。

 シバタは、現実げんじつ世界せかいではイケメンスポーツマンだ。DFでは、ボク同様どうよう迷彩柄めいさいがらふくで、目立めだたない。

 いまは、しゃがんでおおしげみにかくれている。この状態じょうたいでボクとシバタがてき発見はっけんされることは、ほぼない。

わるくないです。かく部隊ぶたい予想よそう以上いじょうつよい」

 ボクは、感知かんち能力のうりょくてき味方みかた配置はいち確認かくにんしながらこたえた。

 かく部隊ぶたいともに王樹おうじゅ本隊ほんたいっている、と分かる。能力のうりょくで、かく個体こたいてんうごきとして認識にんしきできる。カメラに、戦場せんじょう映像えいぞう共有きょうゆうしてもらってもいる。

 とくに、ユウコのつよさが突出とっしゅつしている。本当ほんとうに、予想よそう以上いじょうに強い。

 ここ三日の戦闘せんとうでは、ユウコとトウカのつよさを確認かくにんできなかった。二人が全力ぜんりょくせる強敵きょうてきがいなかったからだ。

 今回こんかいは、王樹おうじゅ本隊ほんたい主力しゅりょくぼうちモンスター部隊ぶたいがいる。その強敵きょうてき集団しゅうだん相手あいてに、強化バフたユウコが優位ゆういに立っている。精鋭せいえい部隊ぶたい面々めんめんも、善戦ぜんせんしている。

 セイナの強化バフは、セイナが現実げんじつ世界せかいで目をましてDFからえるまで、持続じぞくするはずだ。すくなくとも、かかった強化バフセイナバッファーとの距離きょり時間じかん経過けいかえることはなかった。

「おねぇちゃんたち、大丈夫だいじょうぶですか?」

 一緒いっしょにいるセイナが、心配顔しんぱいがおいてきた。

 この本陣ほんじんには、ボクとシバタとセイナと護衛ごえい四人の、けい七人がいる。セイナがるまでは四人の本陣ほんじんだったから、いま人数にんずうおおい。不安ふあん要素ようそひとつではある。

大丈夫だいじょうぶだよ、いもうとさん。キミのおねえさんは、いまやDFでも二番目にばんめくらいにはつよい。精鋭せいえい部隊ぶたい陣形じんけいととのって、目のまえてき専念せんねんできるうちは、ぼうちモンスターの部隊ぶたいすらてきじゃない」

 一番いちばん強いのは、もちろん王樹おうじゅだ。強化バフがあればユウコが王樹おうじゅてる、なんてあまかんがえはたないほうがいい。

「おねぇちゃんって、そんなにつよいんですね」

 セイナが、安心顔あんしんがお微笑ほほえんだ。

「そうさ。ユウコちゃんは、オレたちの常識じょうしきくつがえしたほどに強いんだぜ。もちろん、セイナちゃんもね」

 シバタが、イケメンスポーツマンのみで補足ほそくした。

 セイナが、れて赤面せきめんしてうつむく。

 緊張感きんちょうかんのない本陣ほんじんだとはおもう。てき本隊ほんたいからはなれて、かくれて、遠隔えんかく指示しじす。安全性あんぜんせいたかさゆえに、ゆるむ。

 問題もんだいはない。自分じぶんには、DF全体ぜんたいてき味方みかたうごきが見える。近隣きんりんにモンスターの集団しゅうだんはいないし、一体いったいだけちかくをうろつくモンスターも、一体だけならどうとでもなる。

「そろそろ頃合ころあいです。精鋭せいえい部隊ぶたい前進ぜんしん指示しじを出してください。戦況せんきょうが大きくうご可能性かのうせいがあるので、指揮しき集中しゅうちゅうします」

 ボクは、思考しこうかぶ配置はいちに、意識いしき集中しゅうちゅうした。王樹おうじゅ本隊ほんたい自軍じぐんかく部隊ぶたいうごきを把握はあくし、先読さきよみするのだ。

 シバタの遠隔えんかく指示しじで、精鋭せいえい部隊ぶたい前進ぜんしん開始かいしする。王樹おうじゅ前方ぜんぽうぼうちモンスター部隊ぶたいむ。接敵せってきしたぼうちをしつつ、さらにし込む。

右翼うよく左翼さよく部隊ぶたいにも、前進ぜんしん指示しじしてください。陣形じんけい維持いじして、無理むりのない程度ていどむように念押ねんおしもしてください」

かった」

 シバタがこたえた。

 シバタは、遠隔えんかく思考しこうつたえる能力のうりょく特化とっかしている。はなれた戦場せんじょうかく部隊ぶたい隊長たいちょうに、ボクの指示しじつたえる役割やくわりである。

右翼うよく左翼さよくともに問題もんだいなし。トウカさんの投擲とうてきまでめそうです。あとは、トウカさん次第しだいですね」

「そりゃあ、ったも同然どうぜんだぜ」

 シバタの軽口かるくちじって、しげみがガサガサとれた。ボクはおとのしたほうた。

 女の子が、しげみをき分けて、かおしていた。わらっていた。

 不思議ふしぎ光景こうけいだった。

「ざぁこ、ざぁこ。コソコソかくれちゃって、本当ホントに、ざぁこ」

 小学生か中学生かくらいの女の子だろうか。見たことはない。

 ふわふわとしたくせながむらさき色のかみで、はだ日焼ひやけして、わらう口に八重歯やえばのぞく。きめこまかいのレースの、くろいリボンがきついた、黒いチューブトップに黒いミニスカートをている。

 ……いや、おかしい。そこには、モンスターをしめてんがある。人間にんげんではない。

 その女の子のほそちいさな手は、くろいレースの長手袋ながてぶくろつつまれ、小さなからだ不似合ふにあいな、長い突剣レイピアにぎる。隙間すきまからひかり反射はんしゃして、ほそやいば白銀はくぎん色にかがやく。

 護衛ごえい四人がいない。てき発見はっけんされた場合ばあいはボクたちをれてげる想定そうていで、移動いどう速度そくど隠密性おんみつせい特化とっかした護衛ごえいえらんだ。完全かんぜん裏目うらめてしまった。

「ざぁこは弱々よわよわでビビリでげてばかりで、ずぅっと見つけられずにいたけど、ざぁこがたくさんあつまってくれたおかげで、やぁっと見つけられたじゃん。本当ホントに、ざぁこ、ざぁこ」

 女の子がわらう。獲物えものもてあそ捕食者ほしょくしゃの目で嘲笑あざわらう。

「ねぇねぇ。ざぁこちゃんたちは、いま、どんな気持きもち?」

「シバタさん! ぜん部隊ぶたい撤退てったい指示しじを」

 ボクはあわててさけんだ。すべては、手遅ておくれだった。


   ◇


「リーダーより指示しじです! 精鋭せいえい部隊ぶたいで、ぼうちモンスター部隊ぶたいみます。ふかはいりすぎて包囲ほういされないようにだけ気をつけてください!」

 精鋭せいえい部隊ぶたい隊長たいちょうから指示しじんだ。

 隊長たいちょうは、やいばあつ大型おおがたナイフを武器ぶきとし、近未来的きんみらいてき青黒あおぐろいボディスーツ姿すがたの、たか青年せいねんだ。二十歳はたちくらいの、青黒あおぐろかみ中分なかわけにした、たよりになりそうなたよりにならなそうな、どこにでもいそうな普通ふつうおとこの人だ。

「分かった! わたしがむから、まえすぎたらおしえて!」

 わたしは力強ちからづよ一歩いっぽみ、両手りょうてにぎかたなりあげ、眼前がんぜんぼうちモンスターへとりおろした。

 ならんだぼうちモンスター二体が、ななめに両断りょうだんされてえた。

 強化バフすごい。やいばとどけば、ぼうち三体まで一刀いっとうたおせる。実質的じっしつてきに、二倍にばい以上いじょうのパワーアップになる。

 精鋭せいえい部隊ぶたいほか隊員たいいんも、ぼうちと対等たいとうわたっている。強化バフなしのころとは大違おおちがいである。

 これなら、きっとてる。王樹おうじゅたおせる。

「あれっ? へん通信つうしんが。リーダーたちのほうなにかあったかも?」

 隊長たいちょうが、唐突とうとつに、不思議ふしぎそうにくびひねった。

 ほぼおなじタイミングで、強化バフえた。

 みなぎっていたちからける。もとつよさにもどるだけではある。でも、強化バフ強力きょうりょくだったせいで、自分じぶんよわくなった錯覚さっかくおちいる。

 本陣ほんじんに何かあったのか。セイナが現実げんじつ世界せかいで目をましただけなら、問題もんだいはない。問題もんだいがないこともないが、大きな問題もんだいはない。

 ああ、動揺どうようしている。自分の動揺どうようが分かる。みんなの動揺どうようも分かる。

 目のまえぼうちモンスターにかたなりおろす。かたみきみたいな胴体どうたいに、やいばっかかる。

 動揺どうようのせいで、ききれない。一刀いっとうたおせない。

「すっ、すみません。リーダーの指示しじがっ、なっ、なくて」

 隊長たいちょうこえが、狼狽うろたえてふるえた。

 このまま攻撃こうげきすればいいのか、からない。後退こうたいしたほうがいいのか、分からない。撤退てったいすらかんがえてしまう状況じょうきょうでも、撤退てったいしていいのか判断はんだんできない。

 うす土色つちいろぬの全身ぜんしんおおかくしたトウカが、ちあがる。周囲しゅういまわし、しずかにげる。

ふかんだタイミングでしたから、完全かんぜんかこまれてしまいましたわね。リーダーさんの指示しじもなく離脱りだつするわけにもいきませんし、どうしましょうかしら?」

 トウカですら、判断はんだんまよっていた。けを覚悟かくごしたように、すこくやしげだった。

 トウカに判断はんだんできないことが、わたしに判断はんだんできるわけがなかった。わたしは、もうあたまなかしろになって、何もできずに立ちくした。


   ◇


「おはよう、おねぇちゃん。もうきないと、遅刻ちこくしちゃうよ」

 半端はんぱけたわたしの部屋へやとびらから、いもうとのセイナがかおした。

 セイナは小学生だ。わたしとおなじく小柄こがら華奢きゃしゃで、なが黒髪くろかみ美少女びしょうじょだ。

 すでに、小学校の制服せいふく着替きがえている。あさ挨拶あいさつねて、わたしをこしにたらしい。

「ふぁ~い。あうっふぅ。いまきる~」

 わたしは、大きく欠伸あくびをして、ベッドからからだこした。

 ぐっすりとねむってゆめなかった。たぶんここ一週間いっしゅうかんくらい、ゆめを見ていない。中学生生活せいかつつかれているのだろうか。

 まだねむい。くとまぶたじそうだ。

 あさ苦手にがてだ。着替きがえは、朝食ちょうしょくのあとでいいだろう。

 黄色きいろのパジャマのまま、廊下ろうかる。階段かいだんをおりて、リビングルームにはいる。

 朝食ちょうしょくならぶテーブルに、セイナがく。テレビに、あさのニュースがながれている。

大雨おおあめつづく×××ですが、河川かせん氾濫はんらん収束しゅうそくかいつつあるとの発表はっぴょうがされました。被害ひがいは……』

 いたこともない地名ちめいの、洪水こうずいのニュースだ。

氾濫はんらんした河川かせん沿岸部えんがんぶ奇妙きみょう植物しょくぶつおおわれている、との未確認みかくにん情報じょうほうもあります。一帯いったいには成分せいぶん不明ふめいのガスが充満じゅうまんしており、周辺しゅうへん住民じゅうみん避難ひなん同時どうじ関連性かんれんせい調査ちょうさすすめているとも……』

「……なにそれ? こっわ

 わたしは、おもわずつぶやいた。ゲームやマンガじゃあるまいし、そんな現実げんじつてきなことが現実げんじつにあるわけないじゃん、とこころの中でおどろいていた。



少女しょうじょかたなふかもり 第9話 決戦けっせん決着けっちゃくと/END

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