第7話 新しい力

 わたしは、ゆめを見ていた。夢の中で、ユウコとばれていた。

 不思議ふしぎな夢だった。ふかい森の中で、一振ひとふりの日本刀にほんとうを手に、植物しょくぶつのモンスターとたたかう夢だった。

 毎晩まいばん、同じ世界のゆめを見る。同じ夢の世界を、たくさんの人が共有きょうゆうしているともく。何ものかの啓示けいじだとか警告けいこくだとか陰謀いんぼうだとか、危険視きけんしする大人もいる。

 でも、普通ふつうの中二女子のわたしには、ゲームであそぶくらいの感覚かんかくしかなかった。


   ◇


「おねぇちゃん。まだないの?」

 半端はんぱけたわたしの部屋へやとびらから、いもうとのセイナがかおした。

 セイナは小学生だ。わたしとおなじく小柄こがら華奢きゃしゃで、なが黒髪くろかみ美少女びしょうじょだ。

 ピンク色のパジャマに着替きがえて、準備じゅんび万端ばんたんである。おやすみの挨拶あいさつたらしい。

「うん。もうちょっとね」

 わたしは、つくえで本をみながらこたえた。

 セイナが部屋へやはいってくる。よこに来て、わたしがむ本をのぞむ。

「おねぇちゃん。剣道けんどう興味きょうみあるの? ちょっと意外いがい

 困惑こんわく美少女びしょうじょがおていた。

 セイナが反応はんのうこま理由りゆうかる。わたしは、まれてから今日きょうまで、スポーツに縁遠えんどおい、えば文学ぶんがく少女しょうじょである。

 それが自発的じはつてき剣道けんどう入門にゅうもんむなんて、かわいいいもうとにはショックだろう。あねのわたしの心境しんきょう変化へんか不安ふあんかんじただろう。DFディーエフのことはらないのだから、なおさらだ。

 わたしは、DFでつよくなりたい。強くならなければならない。

 その方法ほうほうとして、剣道けんどう入門にゅうもんんで日本刀にほんとうあつかかた勉強べんきょうする、と結論けつろんした。本当ほんとう効果こうかがあるのかはからない。ほか方法ほうほうなんてらない。

事情じじょうがあるのよ。おやすみ、セイナ」

「うん。お休みなさい、おねぇちゃん」

 セイナが、笑顔えがおで手をって、部屋へやていく。かわいい。いもうとながら、かわいい。

 わたしは、欠伸あくびして、剣道けんどう入門にゅうもんへと視線しせんもどし、一字いちじ一句いっく丹念たんねんみながら、ページをめくった。いまできることは、こんな程度ていどしかおもいつかなかった。


   ◇


 わたしは、DFで目をました。

 DFは、植物しょくぶつっぽいモンスターの徘徊はいかいする、ゆめの中のふかい森だ。なので、現実げんじつ世界せかいでベッドにはいってねむった、とするべきだろうか。

 まずは、自身じしんかみさわって、現実げんじつかDFかを確認かくにんする。

 DFでは、かみ衣装いしょうきにできる。わたしの姿すがたは、ピンクいろながかみに、白いセーラーふくと、こん色のプリーツスカート、おりのあかいスニーカーである。

「トウカさん、シバタさん。おたせ。夜更よふかししてて、おくれてゴメン」

 ふかい森の中にある広場ひろばに、シバタの誘導ゆうどう辿たどく。トウカとシバタと、ほかにも大勢おおぜいの人があつまっている。

「たくさんあつまってるね。レイトがってた、新規しんきの人たちがDFにるって、本当ほんとうだったんだ」

 わたしはおどろいた。いつもとおなじくらい人がいて、昨晩さくばん大敗たいはいでかなりったとはおもえない。

「うふふ。そうですのよ、ユウコさん。素敵すてき新人しんじんさんもいらっしゃって、大幅おおはば戦力せんりょくアップが期待きたいできそうとのことでしたわ」

 トウカが微笑びしょうむかえる。金色きんいろながかみみ、赤いビキニアーマーと、はだ露出ろしゅつあかるい森にまぶしい。

戦力せんりょくアップって、そんなにつよ新人しんじんがいるの? わたしと同じくらいの戦闘せんとう特化とっか? まさか、わたしよりも強い?」

 このゆめの中の森では、人間にんげん現実げんじつ世界せかいでよりもたか戦闘せんとう能力のうりょくと、生身なまみの人間にはない特殊とくしゅ能力のうりょくゆうする。

 たとえば、おも大鎌おおがま軽々かるがるりまわしたり、遮蔽物しゃへいぶつこうの存在そんざい認識にんしきしたり、思考しこう視覚しかく映像えいぞうべつだれかにつたえたりできる。

 その能力のうりょく使つかって、DFをうろつくモンスターどもと、人間にんげんたちはたたかっている。たたか理由りゆう単純たんじゅんに、モンスターが人間をおそうから、である。DFの意味いみも、たたか意味いみも、だれらない。

「そのたぐいつよさとはちがいましてよ。口で説明せつめいしますより、体験たいけんしていただくとはやいですわ」

 トウカが、トウカの背中せなかかくれていただれかをうながした。トウカの背後はいごから、女の子がおそおそかおした。

「セイナ?!」

 わたしはビックリした。いもうとのセイナだ。なが黒髪くろかみで、見慣みなれたピンクいろのパジャマ姿すがたで、おりの白猫しろねこのヌイグルミをかかえた、間違まちがいなくいもうとのセイナだ。

「おねぇちゃん?!」

 セイナが小走こばしりでる。わたしにきつく。安心あんしんした表情ひょうじょうで、あげる。

「セイナもDFにちゃったのか」

 セイナのちいさなかたきしめる。トウカを見る。おもわずにらんでしまう。

「まさか、トウカさん。セイナを危険きけん戦場せんじょうす気なの? あねとして、そんなことさせられない」

「あらあらまぁまぁ。セイナさんは、ユウコさんのいもうとさんでいらっしゃいますのね。でも、セイナさんの素敵すてき能力のうりょくは、そうではありませんのよ」

 トウカが、満面まんめん笑顔えがおこたえた。

実演じつえんしてあげてください。それがはやいです」

 地図ちずひろげて思案顔しあんがおのレイトが、よこから口をした。サバゲーみたいな迷彩柄めいさいがらふくに、ボサボサのくろ短髪たんぱつ黒縁くろぶち眼鏡めがねという地味じみ格好かっこうだ。

「それでは、セイナさん。おねがいしても、よろしいかしら?」

「はい!」

 セイナが、わたしからはなれて、数歩すうほさがる。わたしをつめて、白猫しろねこのヌイグルミを小脇こわきかかえて、かわいくこぶしにぎる。

「おねぇちゃん、頑張がんばって!」

 かわいいいもうとの、美少女びしょうじょのかわいい応援おうえんだ。ちからみなぎらないわけがない。

「……えっ!?」

 おもわず、自分じぶんの右手を見た。こぶしにぎって、ひらいて、にぎった。

 力がみなぎる。気分きぶんではない。実際じっさいに、いままでの自分じぶん以上いじょうの力が、全身ぜんしんみなぎる。

「セイナさんは、強化能力者バッファーですの。わたくしたち全体ぜんたい戦力せんりょくアップしてくださる、期待きたい新人しんじんさんですのよ」

 トウカが、満面まんめん笑顔えがおこたえて、セイナの背中せなかきついた。

 セイナは、れてかおを赤くする。うれしそうでもある。

強化バフ性能せいのうによっては、王樹おうじゅたおめ手になりるんだよ、ユウコちゃん。セイナちゃんは、まさしくオレたちの勝利しょうり女神めがみさ」

 シバタも、満面まんめん笑顔えがおでセイナを称賛しょうさんした。現実げんじつ世界せかいではイケメンスポーツマンなのに、こっちではレイト同様どうよう地味じみ迷彩服めいさいふくだ。

 セイナのかおが、いよいよになった。

 地図ちずひろげて思案顔しあんがおのレイトの説明せつめいが、よこからはいる。

今日きょうは、てき配置はいちかんがみて、王樹おうじゅのいないてき中規模ちゅうきぼ部隊ぶたい戦闘せんとうする予定よていだ。強化きょうか能力のうりょく性能せいのうと、遠隔えんかく指示しじでどの程度ていど作戦さくせん行動こうどう可能かのうかを確認かくにんしたい。王樹おうじゅ本隊ほんたいくらべるとよわいだろうけど、油断ゆだんはしないでくれ」

「セイナを戦場せんじょうにはさせないわよ。あねとして、そこはゆずれないわ」

 わたしは、セイナをかばってふさがった。

いもうとさんには、安全あんぜん本陣ほんじんでバフをかけてもらう。強化きょうか可能かのう人数にんずう効果こうか範囲はんい効果こうか時間じかんほか解除かいじょ条件じょうけん有無うむ、などなどを調しらべたいからね。いちおう本陣ほんじんは、DFにおいては危険きけんすくない場所ばしょのはずだ」

 レイトのぶんかる。安全性あんぜんせいは、モンスターのうろつく森をげまわるよりも、モンスターの軍勢ぐんぜい前線ぜんせんたたかうよりも、護衛ごえいつきで潜伏せんぷくする本陣ほんじんほううえまっている。DFではもっと安全あんぜんかもれない。

 しかし、あたまではかっていても、気持きもちが納得なっとくできない。いもうとのセイナは、あねのわたしがまもりたい。手のとど距離きょりにいてほしい。

大丈夫だいじょうぶだよ、おねぇちゃん。ここのみなさんが、守ってくれるって」

 セイナが、背中せなかきついてきた。

 納得なっとくできなくとも、許容きょようせざるをない。かわいいいもうとが、レイトたちを信用しんようしたのだ。大丈夫だいじょうぶだと、しんじたのだ。

「まあ、セイナがそううなら、いいけど。セイナを危険きけんな目にわせたら、ゆるさないからね、レイト」

 わたしは、セイナのあたまやさしくでて、レイトをするどにらんだ。レイトはこちらをにするふうもなく、思案顔しあんがお地図ちずを見ていた。


   ◇


「リーダーより指示しじです。ひだりおくてき部隊ぶたい迂回うかいして、みぎおく部隊ぶたいよこから急襲きゅうしゅうします。てき発見はっけんされないように注意ちゅういしてください」

 精鋭せいえい部隊ぶたいあたらしい隊長たいちょうが、緊張きんちょうしたこえした。

 はくラン隊長たいちょうわるしん隊長は、やいばあつ大型おおがたナイフを武器ぶきとし、近未来的きんみらいてき青黒あおぐろいボディスーツ姿すがたの、たか青年せいねんだ。二十歳はたちくらいの、青黒あおぐろかみ中分なかわけにした、たよりなさそうな、どこにでもいそうな普通ふつうおとこの人だ。

 白ラン隊長たいちょうわりになるには、たよりない。隊員たいいんたちの精神的せいしんてき支柱しちゅうには、げん段階だんかいではなりない。

 今日きょう加入かにゅうしたばかりの新規しんきのメンバーだから、たよりなさは仕方しかたないめんもある。

 初日しょにち隊長たいちょうめいじられてけた度胸どきょうは、むしろ尊敬そんけいする。

「……あっ、ダメだ。左おくてき部隊ぶたい発見はっけんされたようだから応戦おうせんして、との指示しじです。み、みなさん、せ、せせ、戦闘せんとう準備じゅんびしてください」

 しん隊長たいちょうが、緊張きんちょうこえふるわせた。はつ戦闘せんとう恐怖きょうふじっていた。

 精鋭せいえい部隊ぶたいであっても、半数はんすう以上いじょうはつ参加さんか隊員たいいんである。DFに初日しょにちに、メガネの分析ぶんせき戦闘せんとう能力のうりょくたかいと評価ひょうかされ、こころ準備じゅんびもなくえらばれてここにいる。モンスターとのはつ戦闘せんとうなんて、こわくてたりまえである。

「わたしが先頭せんとうに立って、モンスターどもをおさえる。みんなはあわてなくていいから、距離きょりたもって、冷静れいせい対処たいしょして」

 わたしは、こし日本刀にほんとうさやからいて、部隊ぶたい先頭せんとうへとすすた。いていた。王樹おうじゅ本隊ほんたいとの戦闘せんとう経験けいけんと、強化バフによりみなぎる力が、自信じしんとなっていた。

 そうだ。多少たしょう緊張きんちょうとか不安感ふあんかんなんて問題もんだいない。

 わたしたちには、強化バフによる能力のうりょくアップがある。ザコモンスターがいくれようと、けるわけがない。おそれるにりない。

流石さすがですわ、ユウコさん。このたたかいは、てきボスをたおすための前哨戦ぜんしょうせんにすぎませんもの。近辺きんぺんのモンスターを一掃いっそうして、わたくしたちの力を見せつけてさしあげましょう」

 赤いビキニアーマーのトウカが、んだ金色きんいろながかみかがやかせ、ぎん色のやりにぎりなおし、わたしのよこならび立つ。

 トウカもいている。露出ろしゅつした背筋せすじをピンとばし、立ちポーズに自信があふれる。すぐにでも力をるいたいと、興奮こうふんほおが赤い。

「お二人とも、たよりにしてます。接敵せってきします」

 しん隊長たいちょう警告けいこく同時どうじに、ガサガサと木々がさわいだ。木々のあいだから、灰色はいいろほそれ木みたいなモンスターどもが姿すがたあらわした。

「うわっ?!」

 後方こうほうから、動揺どうよう恐怖きょうふ悲鳴ひめいこえた。不安ふあんざわめきがひろがった。

 れ木みたいなモンスターのみきには、りあがったくちのようなうろがある。オバケかバケモノにも見える。

 はじめてモンスターとたたかう人たちには、動揺どうよう恐怖きょうふ仕方しかたない。みんな、現実げんじつ世界せかい平和へいわ日常にちじょうしからない。モンスターとの戦闘せんとう経験けいけんなんて、あるわけがない。

 動揺どうよう恐怖きょうふは人のうごきをにぶらせる。簡単かんたんけられる攻撃こうげきたって、うんわるければえる。つよくても、けるときは負ける。

こわいけど、ザコね」

 わたしは、かたなりあげた。

「たぁっっっ!!!」

 全身ぜんしんみなぎる力をせて、袈裟懸けさがけにりおろした。

 れ木みたいなモンスターを五体、両断りょうだんした。えた。

「とぉっっっ!!!」

 りおろした刀のやいばかえす。一足飛いっそくとびにみ、左下から右上へとりあげる。

 れ木みたいなモンスターをさらに五体、両断りょうだんした。えた。

「……うわ、すごい……」

 しん隊長たいちょうつぶやいた。後方こうほうしずかになった。

 たぶん、みんなおどろいている。しかし、みんなの恐怖きょうふえたはずである。

 わたしは、王樹おうじゅ本隊ほんたいとのたたかいをて、つよくなった。あたらしい力をた。

 戦闘せんとう能力のうりょく戦闘せんとう経験けいけんではない。強化バフによるパワーアップでもない。

 レイトやはくラン隊長たいちょうおしえてくれた。

「わたしが、む! みんな、つづいて!」

 かたな頭上ずじょうたかくにかかげて、凛々りりしくこえをあげた。

「うおーっっっ!!!」

 仲間なかまたちが、たからかにこたえた。自信じしんちた、力強ちからづよごえだった。

 わたしは、王樹おうじゅ本隊ほんたいとのたたかいをて、つよくなった。はくラン隊長たいちょうたちのようを見て、あたらしい力をられた。単純たんじゅん腕力わんりょくだけが強さではないと、ることができた。


   ◇


「で、結果けっかは、どんなかんじだったの?」

 わたしは、思案顔しあんがお地図ちずるレイトにこえをかけた。

 戦闘せんとうは、大勝たいしょうだった。わたしも、ほか隊員たいいんたちも、おおくのモンスターをたおせた。

 身体からだが、羽根はねのようにかるかった。はだが、はがねのような頑丈がんじょうさだった。てきを、ゼリーみたいに簡単かんたんきざめた。

 強化バフによる全員ぜんいん能力のうりょく強化きょうかは、予想よそうはるかにえる効果こうかがあった。

 それなのに、戦闘せんとう終了しゅうりょうにDFの広場ひろば合流ごうりゅうしたレイトは、かない表情ひょうじょうだ。勝利しょうりいわ仲間なかまたちの笑顔えがおとは対照的たいしょうてきだ。

予想よそうはしてたけど、遠隔えんかく指示しじでの作戦さくせん実行じっこうむずかしいな。状況じょうきょう把握はあくから指示しじしてかく部隊ぶたい実行じっこうするまでのタイムラグが、どうにもならない。遠隔えんかく指示しじ上手うま機能きのうしないとなると、複雑ふくざつ作戦さくせん実行じっこう無理むりだ」

 レイトがひくいテンションでこたえた。

 わたしたちとレイトでは、今回こんかいたたかいの意味いみちがったのだろう。

 前線ぜんせんたたかったわたしたちは、強化バフのおかげでらくてた、とよろこんだ。司令官しれいかんとしてうごいたレイトは、指揮しきのぞむように機能きのうしなかった、とこまった。

かく部隊ぶたいに、戦術せんじゅつ理解りかいして指示しじ意図いとめる指揮官しきかんがいれば、いいんだけど。現場げんば指揮しきできる人がいるだけでもちがってくるし、そういう人を部隊長ぶたいちょうにしてみるか? いやでも、戦闘せんとう能力のうりょくひくいと前線ぜんせんに立ってられないしなあ」

 レイトが思案顔しあんがおで、むずかしいひとごとつぶやいた。

 わたしは、はなしくのをやめた。いたいことを理解りかいできるがしなかった。

 レイトのひとごとつづく。内容ないようかない。

「おねぇちゃん! 大丈夫だいじょうぶだった?!」

 セイナがけてくる。

「セイナこそ、こわいことなかった? レイトたちにへんなことされなかった?」

 わたしは両手りょうてひろげてけとめる。セイナはなが黒髪くろかみで、見慣みなれたピンクいろのパジャマ姿すがたで、おりの白猫しろねこのヌイグルミをかかえている。

 セイナがわたしのこしきつく。つぶらなひとみ上目うわめづかいにわたしをあげる。

「セイナのおかげで、モンスターどもにてたわ。楽勝らくしょうだったわ。ありがと」

 わたしは笑顔えがおで、セイナのあたまやさしくでた。

 きっとわたしだけでなく、このおおくの人たちがおな認識にんしきだった。セイナの強化バフ能力のうりょくがあれば王樹おうじゅたおせると、確信かくしんしていたにちがいなかった。



少女しょうじょかたなふかもり 第7話 あたらしいちから/END

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