第6話 ユウコの悩みとレイトの迷い

 わたしは、ゆめを見ていた。夢の中で、ユウコとばれていた。

 不思議ふしぎな夢だった。ふかい森の中で、一振ひとふりの日本刀にほんとうを手に、植物しょくぶつのモンスターとたたかう夢だった。

 毎晩まいばん、同じ世界のゆめを見る。同じ夢の世界を、たくさんの人が共有きょうゆうしているともく。何ものかの啓示けいじだとか警告けいこくだとか陰謀いんぼうだとか、危険視きけんしする大人もいる。

 でも、普通ふつうの中二女子のわたしには、ゲームであそぶくらいの感覚かんかくしかなかった。


   ◇


 わたしは今、かよれた中学校にいる。朝礼ちょうれいまえの、生徒せいとたちが行き廊下ろうかである。

 月曜日げつようびあさなので、学校にいて当然とうぜんだ。DFディーエフでは最前線さいぜんせんたたか戦士せんしでも、目がめれば普通ふつうの中学生女子だ。DFで大敗たいはいきっした直後ちょくごあさだからと、失意しつい寝込ねこむわけにもいかないのだ。

 学校の制服せいふくは、白いセーラーふくこん色のプリーツスカートで、DFとほとんどわらない。校舎こうしゃない上履うわばきなので、おりの赤いスニーカーではない。

 かみ色は普通ふつうくろい。ながさはかたとどくくらいしかない。DFでのピンク色の長いかみは、こんなだといいな、みたいな願望がんぼう多分たぶんにある。

「……あっ」

 廊下ろうかに、ミカの姿すがたを見つけた。ポニーテールで、たかくて、むねの大きい女子だ。ゆめの中の森でって、仲良なかよくなって、王樹おうじゅけて、ゆめの中の森やわたしのことをわすれた、大事だいじともだちだ。

「おはよう、ミカ! ちょっとはなしいてよ!」

 わたしは、ミカにこえをかけた。緊張きんちょうしていた。ゆめの中の森についてミカにきちんと説明せつめいしてみよう、と心にめていた。


   ◇


 ボクは、ひくいテンションで、ユウコにこえをかける。

「まだ、あきらめてなかったんだ?」

 ボクはレイト。ユウコとおなじクラスの中学生男子だ。DFでは、モンスターとたたか人間にんげんたちのリーダーだ。

 中学生の平均へいきんくらべると小柄こがらである。見た目をかざることには興味きょうみなくて、だしなみなんてにせず、かみはボサボサ、眼鏡めがねをかけ、学生服がくせいふくはヨレてシワがおおい。くらそうなタイプだと、よくわれる。

 まあ、他人たにんからの評価ひょうかなんて意味いみないから、問題もんだいない。

 ユウコがミカとはなしているのを、廊下ろうかで見かけた。ユウコの懸命けんめい様子ようすに、だまって様子ようすを見ていた。ドンきしたミカがるのを確認かくにんして、ようやくこえをかけたのだ。

たりまえよ。絶対ぜったいに、おもさせてみせるんだから」

 ユウコが、鼻息はないきあら断言だんげんした。

「思い出すのは、無理むりだと思うよ。たぶん、新規しんきともだちになったほう確実かくじつはやい」

 ボクは、他人事ひとごとと、ひくいテンションでこたえた。

 めるのはユウコ自身じしんである。

 ミカに面識めんしきのないボクが口を出すことではない。かる一般論いっぱんろん以上いじょうを口に出すもない。

いやよ。わたしは、ただの友だちじゃなくて、戦友せんゆうもどりたいの。ミカに、一緒いっしょたたかった日々を思い出してほしいの」

「いやいや。ボクの情報じょうほう経験けいけんでは、不可能ふかのうだと思うよ。まだ二週間にしゅうかんくらいのデータしかないけど、記憶きおくもどった前例ぜんれいがないんだよね」

「どっちにしろ、おそいわよ。DFで一緒いっしょたたかってたって説明せつめいしちゃったし。ろくな面識めんしきもないのにゆめで友だちだったから思い出して、ってはなしだからドン引きされたわ」

 ユウコが、途方とほうれた表情ひょうじょうあたまかかえた。

 それはまあそうなるだろう。

 とんだ妄言もうげんだ。空想くうそう現実げんじつ区別くべつのつかない不思議ふしぎちゃんだ。

「まあ、きにすればいいさ。のぞ結果けっかにならなくても、のぞ結果けっか目指めざすべきだ。未来みらい後悔こうかいしないためにね」

 ボクは、ひくいテンションで結論けつろんした。意見いけんとしては、よくある一般論いっぱんろんだ。しゃべりのテンションが低いのは、そういう性格せいかくだからだ。

 ユウコにかるく手をって、教室きょうしつはいろうとする。手首を、ユウコにつかまれる。ちょっとて、ということなのだろうな、とかえる。

「ねえ、レイト。話があるから、放課後ほうかごにいい?」

 ユウコが、真面目まじめ表情ひょうじょうをしていた。

「うん。ひまだし、べつにいいけど」

 ボクに、ことわ理由りゆうはなかった。


   ◇


 放課後ほうかごになった。

 わたしは、レイトと二人で、夕方ゆうがた公園こうえんにいる。れた空が、夕焼ゆうやけに赤くまる。カラスのごえが、とおくにこえる。

 ちいさな公園こうえんで、ほかに人はいない。すみにある屋根やねつきのベンチに、二人ならんですわる。

「で、はなしって、なに?」

 レイトから、話をしてきた。

 わたしは、どうはなはじめればいいのか、まよっていた。話しにくい内容ないようだった。

 でも、せっかく相手あいてからいてくれたので、うつむ気味ぎみに口をひらく。いてもらえたおかげで、話し出しやすい。たすかる。

「わたしが勝手かって王樹おうじゅ突撃とつげきしたせいで、はくラン隊長たいちょうとか、たくさん被害者ひがいしゃたわ。本当ほんとうに、ごめん」

 あたまをさげた。

 王樹おうじゅ討伐戦とうばつせんで、いかりにまかせて、何もかんがえずにうごいた。結果的けっかてきに、仲間なかまが何人もえた。もうわけなさと、後悔こうかいがあった。

敵味方てきみかた配置はいちからかんがえても、カメラさんの映像えいぞうを見ても、ユウコのうごきはすべ適切てきせつだった」

 レイトが、ひくいテンションで断言だんげんした。

「で、でも」

陣形じんけいんで集団戦しゅうだんせんをする相手あいてに、今回こんかい失敗しっぱいしてもつぎがある、みたいな認識にんしきあまいよ。次はかならず、警戒けいかいされて対策たいさくされて、もっとむずかしい作戦さくせん行動こうどう必要ひつようになる」

 わたしの反論はんろん片手かたてさえぎったレイトが、淡々たんたんつづける。

戦闘せんとう素人しろうと一般人いっぱんじん集団しゅうだんに、むずかしい作戦さくせん行動こうどう無理むりだ。昨晩さくばんみたいな、シンプルな陽動ようどう作戦が精々せいぜいだとおもう。だから、昨晩さくばん王樹おうじゅ討伐戦とうばつせん必要ひつようだったのは、作戦さくせん失敗しっぱいしてもみなのこることじゃなくて、どんな犠牲ぎせいしてでも王樹おうじゅたおすことだった」

「でも、結局けっきょくたおせなかったわ。失敗しっぱいして、たくさんの犠牲者ぎせいしゃを出したわ」

 わたしは、くやしさに歯噛はがみした。くやしかったのは、自身じしん非力ひりきと、自惚うぬぼれだ。

 レイトが、うつむいていきをつく。ひくいテンションで、淡々たんたんとした口調くちょうで、こたえる。

失敗しっぱいは、司令官しれいかんであるボクの責任せきにんだ。王樹おうじゅが、トウカさんでもユウコでもたおせないほどつよいなんて、予想よそうできなかった。DFはクリアできるゲームで、王樹おうじゅたお手段しゅだんのあるてきボスなんだって、思いみがどこかにあったんだ」

「あっ、それは、なんとなくかるわ。きゅうにあんな世界せかいにいて、自分じぶん現実げんじつよりちょう強くなってて、モンスターがおそってきて、完全かんぜんにゲームだよね。わたしも、ゲーム気分きぶんがなかったとは、えない」

「ボクやユウコだけじゃない。けても、記憶きおく参加権さんかけんうしなうだけで、死にはしない。きっと全員ぜんいんに、ゲームにちか認識にんしきがあった」

 レイトが、ベンチからしずかに立ちあがった。

 わたしは、ベンチにすわったまま、レイトを見あげる。相変あいかわらず、くらそうな、気力きりょくかんじられないをしている。

王樹おうじゅたおすために、わたしはどうすればいい? どうすれば、もっとつよくなれる?」

「そんなの、分かるわけないだろ。現実げんじつの強さと、DFの強さが一致いっちするわけでもないし。方法ほうほうがあるとするなら、たたかかた勉強べんきょうするくらいだろうけど、一朝一夕いっちょういっせきでどうにかなるものでもないよ」

 レイトが、木の下にあるく。足元あしもとをきょろきょろとまわす。かがみ、木のえだひろい、わたしをかえる。

「せっかくだから、つぎ作戦さくせんを、説明せつめいしていいかな? 昨晩さくばんよりも複雑ふくざつなものになるから、一人でもおおくに、すこしでも正確せいかく把握はあくしておいてもらいたい」

 わらずテンションのひくい、淡々たんたんとした口調くちょうだった。

 わたしは、レイトを見つめた。気力きりょくのないくらそうな目をして、じつだれよりも本気ほんきで、王樹おうじゅたおそうとしているのかもれないな、と漠然ばくぜんかんじていた。


   ◇


 ベンチにすわるユウコが、疑念ぎねんをボクにけ、口をひらく。

つぎ作戦さくせんはいいけど、メンバーはどうするの? モンスターと戦闘せんとうできる人たちは半数はんすう以上いじょうえたって、ってたでしょ?」

 ボクはすこかんがえて、口をひらく。

「たぶんだけど、DFで人がると、新規しんきに人がはいってくる。総数そうすうおおきく変動へんどうしてる気配けはいはない。合流ごうりゅうして説明せつめいして能力のうりょく確認かくにんして、って手間てまはあるけど、人数にんずうもどせる」

いてないわよ?」

 ユウコがビックリした。

はなしてないから。人がえるのはわらないし、消えた人がもどるわけでもないし、リーダーのボク以外いがいってても意味いみのない情報じょうほうだ」

 ボクは、どうでもいい世間話せけんばなし口調くちょうこたえた。

 ユウコが、ジッとこちらをる。真顔まがおで、なにかをかんがえている。

 だまってつ。っていると、きゅうに口をひらく。

「ねえ。仲間なかまえるにしても、どうやって王樹おうじゅたおすの? わたしでもトウカさんでもたおせないヤツを、作戦さくせんたおせるの?」

 脳筋のうきんのユウコにしては、とう質問しつもんだ。

 昨晩さくばんたたかいでおもい知った。結局けっきょくのところ、王樹おうじゅたおせる火力かりょくがなければ、王樹おうじゅたおせない。

困難こんなんではあっても、万策ばんさくきてはいないはずだ。ボクとしては、トウカさんの強化きょうかかんがえてる。トウカさん自身じしんの強化は無理むりだけど、より強力きょうりょくやり入手にゅうしゅ可能性かのうせいがあると思う」

「そうか、それよ! わたしも、もっとつよかたなはいれば、強くなれるんじゃない?!」

 ユウコが興奮こうふん気味ぎみに立ちあがった。

「どうかな? 手持てもちの固定こてい武器ぶき新規しんき入手にゅうしゅは、いたことない。やり使つかての消耗品しょうもうひんみたいなところがあるから、くしても一定いってい時間じかんさい入手できる、しかも毎回まいかいちょっとちがうやつになる、ってトウカさんからいてる」

「……そっかあ」

 ユウコが気落きお気味ぎみかんがんだ。腕組うでぐみして、真顔まがおだ。

 ボクは、にせずつづける。他人たにん反応はんのうにも、興味きょうみない。

おもするど貫通力かんつうりょくたかやりるまでって、王樹おうじゅ可能かのうかぎ接近せっきんする。射線しゃせんじょうのモンスターをすべ排除はいじょして、戦闘員せんとういん全員ぜんいんでトウカさんをまもって、トウカさんに全力ぜんりょく投擲とうてきしてもらう。それが現状げんじょう最善さいぜんだとかんがえてる」

「そっかあ……」

 ユウコが気落きお気味ぎみいきをついた。

「ユウコには、みちふさぐモンスターの殲滅せんめつをおねがいするつもりだ。トウカさんとおなじくらい、重要じゅうよう役割やくわりだよ。つぎ素人しろうとにできる作戦さくせんむずかしさの上限じょうげんだとすると、現状げんじょう戦力せんりょくでは最後さいごのチャンスかもれないしさ」

 ボクは、いつものひくいテンションでこたえた。性格的せいかくてきに、この口調くちょうでしかこたえできない。口調をえる必要ひつようせいかんじない。

 ユウコがベンチにすわる。かたとし、ボクをあげる。

大事だいじ一戦いっせんになるなら、はくラン隊長たいちょうたちがいたらかったのにね。どうにかして記憶きおくもどったら、DFに復活ふっかつするなんてことあったりしないかな?」

 ユウコの意識いしき変化へんかが、その言葉ことばうかがえる。

 かつてのユウコは、一人で王樹おうじゅたおそうとしていた。おのれちから自惚うぬぼれ、悲劇ひげきのヒロインといしれ、自身じしん王樹おうじゅたおしてともかたきることしかかんがえていなかった。

 いまのユウコは、王樹おうじゅたおすには仲間なかまたちの協力きょうりょく必要ひつようだと理解りかいしている。自分じぶんの力だけでは目的もくてき達成たっせいできないと見せつけられ、思い知り、それでもあきらめずに、べつ方法ほうほうさがそうと足掻あがいている。

 どろまみれ、つちつめて、いしばり、みっともなくいずろうとも、まえへとすすむ。その姿すがたは、こころざしは、高潔こうけつうつくしい。

「そういうのもあって、ミカにDFの説明せつめいをしようって、めたんだよね。わたしはやっぱり、ミカに思いしてほしいし、またミカと一緒いっしょたたかいたいし。もしミカが上手うまくいったら、白ラン隊長たいちょうたちでも上手うまくいくかも、って」

 ユウコが微笑ほほえむ。すこしだけ、さみしさがじる。

 ボクはまよう。こたえを躊躇ちゅうちょする。

 他人たにんがどうかんがえようと、どんな反応はんのうをしようと、興味きょうみはない。そんなものでボクの思考しこうらがないし、ボクのかたわらない。

 でも、まよった。ユウコの反応はんのう予想よそうできて、そんな反応をさせてしまうのがいやだった。いや理由りゆうは、からなかった。

「……やっぱり、ないとおもう。そもそも、DFの記憶きおくもどるのも、ないと思う。だって、これまでも、えた人たちには可能かのうかぎり、説明せつめいのメールをおくったけど、一通いっつうたりとも返信へんしんはなかったからね」

 ボクは、なぜからして、ひくいテンションでこたえた。


   ◇


 わたしは、おどろいて、レイトをつめた。

 レイトはやっぱり、だれよりも必死ひっしに、本気ほんき王樹おうじゅたおそうと、足掻あがいて足掻あがいて足掻あがつづけているのかもれない。



少女しょうじょかたなふかもり 第6話 ユウコのなやみとレイトのまよい/END

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