第4話 日曜日の作戦会議

 わたしは、ゆめを見ていた。夢の中で、ユウコとばれていた。

 不思議ふしぎな夢だった。ふかい森の中で、一振ひとふりの日本刀にほんとうを手に、植物しょくぶつのモンスターとたたかう夢だった。

 毎晩まいばん、同じ世界のゆめを見る。同じ夢の世界を、たくさんの人が共有きょうゆうしているともく。何ものかの啓示けいじだとか警告けいこくだとか陰謀いんぼうだとか、危険視きけんしする大人もいる。

 でも、普通ふつうの中二女子のわたしには、ゲームであそぶくらいの感覚かんかくしかなかった。


   ◇


 わたしは、ひる作戦さくせん会議かいぎ参加さんかすることにした。

 日曜日にちようび真昼まひるの、場所ばしょはトウカたく庭先にわさきである。

豪邸ごうていですね。広い芝生しばふのおにわですね。トウカさんって、本当ほんとう御嬢様おじょうさまなんですね」

 唖然あぜんとして、おもったままを口にす。閑静かんせい住宅街じゅうたくがいにある、広い庭のある、大きな白い邸宅ていたくである。庶民しょみんの思いえがく、お金持かねもちのいえである。

 トウカが、れたような、こまったような微笑びしょうをする。高校生で、が高くて、美女びじょで、スタイルが良くて、サラサラストレートの長い黒髪くろかみである。自宅じたくだからか、昨日きのう露出ろしゅつおおふくではなくて、御嬢様おじょうさまっぽい、フリルフリルしつつも清楚せいそなブラウスとスカートである。

おやのものであって、わたくしのものではありませんわ。私は、何の力もない、ただの高校生ですもの」

 嫌味いやみのない、おしとやかな口調くちょうだ。御嬢様おじょうさまだ。

 芝生しばふにわには、ドラマとかで豪邸ごうていの庭にあるような、一本足の白いまるテーブルがある。オシャレなデザインの白いイスがかこむ。

「本日は、おまねきいただきありがとうございます。私は、こういうものです。DF《ディーエフ》内と同様どうように、『メガネ』とおびください」

 スーツにほそ眼鏡めがねのサラリーマン男性が、名刺めいしし出した。

 各人かくじんがそれぞれった。メガネの見た目がDF内と同じすぎて、全員ぜんいん困惑こんわくしていた。

「あ、あの、あの、私は、『カメラ』です。よ、よ、よろしくおねがいします」

 長くヤボったい黒髪くろかみの、地味じみなワンピース姿すがたの大人の女性が、から一歩いっぽさがった距離きょりあたまをさげた。

 カメラは、DFでの目立めだ印象いんしょう真逆まぎゃくの、地味でパッとしない見た目だ。遠慮えんりょのない性格せいかくとも真逆の、内気うちき思案じあんかんじだ。

みなさんって、頻繁ひんぱんに作戦会議かいぎしてるんですか?」

 わたしは、緊張きんちょう気味ぎみに、参加者さんかしゃを見まわした。ちょっといい余所行よそいきのふくで来た。

「今回がはじめてだよ。オレたち学生だけならあつまりやすいけど、大人の人たちは時間じかんとかが合わせづらいからね」

 シバタが笑顔えがおこたえた。となり町の高校生男子で、長身ちょうしん体格たいかくのいい、短髪たんぱつのスポーツマンだ。Tシャツにジーンズとラフな服装ふくそうで、相変あいかわらずイケメンな笑顔えがおまぶしい。

 参加者は、わたし、レイト、シバタ、トウカ、メガネ、カメラ、大学生くらいの男女、の合計ごうけい八人である。大学生くらいの男女にかんしては、記憶きおくにない。DF《あっち》では数十人すうじゅうにんいたし、全員ぜんいんかおおぼえているわけもない。

みなさんにも都合つごうがあるでしょうから、早速さっそくですが、作戦会議かいぎはじめます」

 レイトが、まるテーブルのまえに立って、ひくいテンションで宣言せんげんした。

 レイトは同じ中学校の同じクラスの男子で、小柄こがらで、かみがボサボサで、黒縁くろぶち眼鏡めがねで、くらそうな、もとい、勉強べんきょうのできそうなタイプだ。相変あいかわらず、いかにも普段着ふだんぎな、ラフでヨレた服装ふくそうだ。

「まずは、ボクたちの最終さいしゅう目標もくひょう、『王樹おうじゅ』について説明せつめいしてもらいます。メガネさん、おねがいします」

「はい。皆様みなさま、こちらをごらんください」

 メガネが、丸テーブルにタブレットPC《ピーシー》をいた。

 全員ぜんいんあつまって、タブレットPCをのぞむ。モニターに、王樹が表示ひょうじされている。写真しゃしんのわけがなく、である。

 王樹おうじゅとは、モンスターどものボスともくされる、大型おおがたのモンスターだ。

 胴体どうたいは、木のみきからみ合って球体きゅうたいになっている。球体から、四本の脚状あしじょうの太い木がえる。

 うでは、同じく球体から、太いえだが八本ほどびる。それぞれの枝の先に、丸鋸まるのこみたいな岩の円盤えんばんがついている。

 球体の上に、まれた王冠おうかんっている。まさに、モンスターどもの王の威風いふうの、バケモノである。

「あらあらまぁまぁ。メガネさんって、がお上手じょうずですのね」

「いやいや、おずかしい。趣味しゅみ程度ていどいているだけです」

 トウカとメガネのなごやかな会話かいわに参加する気にはなれない。王樹おうじゅの絵を見た途端とたんに、王樹へのいかりが沸々ふつふつきあがる。

「えー、コホン。私は、DF内では人間の特殊とくしゅ能力のうりょくを見ることができます。そして、モンスターを直接ちょくせつ見れば、その弱点じゃくてんが見えます」

 メガネが、王樹おうじゅの絵の一点をゆびさす。

「王樹の弱点は、木のみきからみ合う球体、いわゆる胴体どうたい中央ちゅうおうです。そこに的確てきかくなダメージをあたえれば、たおせるはずです」

「それには、どうすればいいんですか!?」

 わたしは、説明せつめいするメガネにせまった。

 予想外よそうがいいつきの良さにおどろいたのか、メガネが引き気味ぎみ一歩いっぽさがった。

「そこからは、ボクが説明します」

 リーダーであり司令官しれいかんのレイトが、ひくいテンションでしゃべす。

作戦さくせんはシンプルです。できるだけちかづいて、遠距離えんきょり攻撃こうげきおこないます。遠距離えんきょり攻撃こうげきは、トウカさんに担当たんとうしてもらうつもりです」

「それ、わたしにやらせて!」

 わたしは、説明をぶった切って挙手きょしゅした。

近接きんせつ武器ぶきじゃ無理むりだよ。王樹おうじゅ本隊ほんたいあつい守りは、トウカさんの射程しゃていまではいるのも簡単かんたんじゃないとおもう」

 レイトが、困惑こんわく気味に、残酷ざんこく現実げんじつしめした。

 かえせない。他の人の実力もモンスターどもの実情じつじょうも、ほとんど分かっていない。みんなをあつめてリーダーとなったレイトとちがって、何も知らない。

 だまったわたしから、くらそうな視線しせんもどし、レイトが説明せつめい再開さいかいする。

「ではどうやって近づくか、を説明します。これもまあシンプルに、精鋭せいえい部隊ぶたいてき主力しゅりょく集中しゅうちゅうさせて、トウカさんを編入へんにゅうした右翼うよく左翼さよく敵陣てきじんふかくに突入とつにゅうするかんじをかんがえてます。精鋭せいえい部隊をおとりにして、てき陣形じんけいうごかすように誘導ゆうどうする作戦さくせんです」

「そう上手うまくいくのか? あのモンスターどもに、こっちの動きに合わせて対応たいおうえる、みたいな知能ちのうがあるとは思えないぜ?」

 シバタが、かんがむイケメンの表情ひょうじょうで、疑問ぎもんていした。

「そこは大丈夫だいじょうぶです。本来ほんらいならこちらに都合つごうわるいと言うべきですが、戦闘せんとう中のヤツらのうごきには、明確めいかく統率とうそつ指揮しき系統けいとうが見て取れます。DF全体を見たかんじ、何かしらの情報じょうほう伝達でんたつ手段しゅだんもあると思います」

「だったらむしろ、戦闘せんとうが長引いて援軍えんぐんが来るほう警戒けいかいすべき、ってことか」

「はい。その可能性かのうせいかんがえて作戦さくせんを立てます。迅速じんそく敵陣てきじんくずし、迅速じんそく突入とつにゅうし、迅速じんそく王樹おうじゅたおして、迅速じんそく撤退てったいする、までが必須ひっすですね」

 きゅうむずかしい話になった。いよいよ何も言えなくなった。

「作戦のかなめは、トウカさんと、ユウコちゃんか。ユウコちゃんは、精鋭せいえい部隊ぶたいか、トウカさんとおなじ部隊か、どっちにするんだ?」

「あっ、そっ、それは、トウカさんと同じ部隊でおねがいします!」

 わたしはあわててねがた。トウカと同じ部隊に入って、チャンスがあれば自分が王樹に突撃とつげきしたいからだ。

「ユウコは、精鋭せいえい部隊だよ。派手はであばれて、てきの主力をなるべくたくさん引きつけてもらいたい。作戦さくせん成否せいひは、トウカさんとユウコの二人にかかってるから」

 急におもい話になった。何も意見いけんできなかった。

 期待きたいとか責任せきにんとかは苦手にがてだ。ゲームみたいな世界せかいでも、役立やくたたずとか敗因はいいんとかにはなりたくない。たよられるのも得意とくいではない。

「チャンスがあったら、わたしも王樹おうじゅ突撃とつげきしていいよね?」

「ユウコが無理むりしててきされたら、たぶんこっちの陣形じんけい維持いじできなくなる。三部隊ぶたいともにふか突入とつにゅうする前提ぜんていの作戦だから、失敗しっぱいしたら前線ぜんせん大半たいはんの人が消えることになるとおもってくれ」

「うっ……。何それ……。そういうの、ちょっとおもいんだけど……」

 期待きたい責任せきにんどころではなかった。オマエがヘマしたら全滅ぜんめつする、とか完全かんぜんばつゲームだ。

 レイトは、くらそうなうつむ加減かげんで、表情ひょうじょう一つ変えずにこたえる。

「これが、もっと勝率しょうりつの高いだろう作戦さくせんだよ。それに、こっちから仕掛しかけなければ、どうせヤツらに人が消されつづけて、いつかは全滅ぜんめつする。作戦の失敗しっぱい全滅ぜんめつしても、仕掛しかけないよりもわる結果けっかにはならないから、気負きおうことはないかな」

 レイトの口調くちょうかるい。ひくいテンションで、たりまえのように全滅ぜんめつを口にする。

「ないかな、とか言われても……」

 わたしには、全滅ぜんめつという言葉ことばは、あまりにもおもい。げたくなるほどおもい。

 でも、たたか理由りゆうがある。王樹おうじゅゆるせないいかりがある。逃げる気は、微塵みじんもない。

「……まあ、かったわ。王樹をたおせるなら、何でもしてやるわ」

 わたしは、覚悟かくごを口にした。

 たのもしいとよろこんだのか、他のだれもがあかるくどよめいた。

 でも、わたしの覚悟かくごは、みんながかんがえるものとは、きっとちがっていた。


   ◇


 ゆめの中の森『DF《ディーエフ》』で、レイトたちと合流ごうりゅうした。シバタの指示しじしたがって森の中を移動いどうして、やっぱり一時間じかんくらいはかかった。

 集合しゅうごう場所ばしょの、森の中にある広場ひろばには、昨日きのうと同じく五十人以上いる。大人もいる。同じく中学生くらいの子供もいる。

「もうちょっと早く集合しゅうごうできないかな。早く集合できれば、そのぶん長くたたかえるのに」

仕方しかたないよ。各人かくじん出現しゅつげん場所ばしょは、一応いちおう固定こていみたいだけどバラバラだし。集合場所を決めてあっても、走ってあつまるしかないし」

 レイトが、地図ちずに何かをみながらこたえた。

 レイトは変わらず、サバゲーみたいな迷彩柄めいさいがらふくに、ボサボサの黒い短髪たんぱつ黒縁くろぶち眼鏡めがねという地味じみさである。せっかく格好かっこう勝手かってできる世界なのに、現実げんじつ世界と同じ、目立めだたない印象いんしょうの見た目をしている。

 あつまった人たちは各々おのおのが、おもい思いの格好かっこうで、色々な武器ぶきつ。派手はでなパーティードレスに大きなかまの女の人や、中世ふうの全身甲冑かっちゅう着込きこんだ人、金髪きんぱつ逆立さかだてて色いエレキギターを持つ男の人、白い学ランに短髪たんぱつの女の人、スーツにほそ眼鏡めがねのサラリーマンそのままの男の人は、はつ参加さんかのときと同様どうように、やっぱり目立つ。

「よし。この配置はいちなら、王樹おうじゅ仕掛しかけられる。みなさん、集まってください」

 レイトが、ひくいテンションで、みんなをび集めた。

「これから、作戦さくせん説明せつめいします。王樹おうじゅ本隊ほんたいとの戦闘せんとうになるので、なるべくしっかりといてください」

 全員ぜんいんに、緊張きんちょうが走る。動揺どうようが広がる。ザワザワと不安の声がこえる。

「ユウコさん。たよりにしていますわ。力を合わせて、王樹をたおしましょうね」

 金色の長いかみみ込んで、露出ろしゅつおおい赤色のビキニアーマーのトウカが、満面まんめん笑顔えがおかたに手をいた。

「うん。頑張がんばる」

 わたしは、決意けつい覚悟かくごむねいだいて、緊張きんちょうした表情ひょうじょううなずいた。

「作戦は、シンプルにこんなかんじです。こまかい指示しじ変更へんこうは、いつものようにシバタさん経由けいゆつたえます。現場げんば指揮しきは、各隊かくたいのリーダーさんにおねがいします」

 レイトの説明せつめいわる。たたかいのときがせまる。

勝算しょうさんのある作戦だと保証ほしょうします。王樹おうじゅたおせば、DFはもっと安全あんぜん場所ばしょになります。自分たちのこの先のためにも、これから来る人たちのためにも、絶対ぜったいに王樹をたおしましょう」

 レイトは相変あいかわらずのひくいテンションで宣言せんげんして、右のこぶしを天へときあげた。有能ゆうのうなリーダーではあるのだろうけれど、仲間なかま鼓舞こぶできる指導者しどうしゃではなさそうだった。

『おおーっ!!!』

 それでも、全員がたからかに声をあげた。武器ぶきを高くかかげ、リーダーの鼓舞こぶこたえた。

 全員が緊張きんちょうしていた。手がかすかにふるえていた。

 ついに、王樹おうじゅにリベンジできるチャンスが来た。わたしは、心にしずかにいかりをやしていた。



少女しょうじょかたなふかもり 第4話 日曜日にちようび作戦さくせん会議かいぎ/END

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