第2話 失ったものと得たものと

 わたしは、ゆめを見ていた。夢の中で、ユウコとばれていた。

 不思議ふしぎな夢だった。ふかい森の中で、一振ひとふりの日本刀にほんとうを手に、植物しょくぶつのモンスターとたたかう夢だった。

 毎晩まいばん、同じ世界のゆめを見る。同じ夢の世界を、たくさんの人が共有きょうゆうしているともく。何ものかの啓示けいじだとか警告けいこくだとか陰謀いんぼうだとか、危険視きけんしする大人もいる。

 でも、普通ふつうの中二女子のわたしには、ゲームであそぶくらいの感覚かんかくしかなかった。


   ◇


 ミカが消えた。木のバケモノに負けて、消滅しょうめつした。

「うあぁーーーーーっっっっっ!」

 わたしの動揺どうよう失意しついは、一瞬いっしゅん憤怒ふんぬへと昇華しょうかした。

 ミカを消したバケモノへと、ける。見あげるサイズの、木のみきからみ合った球体きゅうたいの、太い木のあしが四本、先端せんたん丸鋸まるのこのついたえだうでが八本ある、まれた王冠おうかんいただく、バケモノである。

 背後で、ぼうはなたれる音がする。無視むしして、前へと走る。いかりにまかせ、全力疾走しっそうする。

 前方の地面にさった木のぼうけきれず、かたが当たった。ころびそうになって、それでも怒りがみとどまらせた。

 次の足を前に出す。木のぼううでかすめる。たおれそうになるのを、強く地面をんでこらえる。

「こんなもんでぇっ!」

 わたしは怒声どせいをあげた。刀をりまわした。

 でも、次から次にぼうって、眼前におりのようにき立ちならんで、もう前にはすすめなかった。

「ミカをっ! ミカをっ!」

 いかりがあふれる。道を作ろうとぼうきざむ。斬るよりもおおくのぼうが、森に次々と突き立つ。

 わたしは、冷静れいせいではなかった。冷静でいられなかった。あらがいがたい憤怒ふんぬに、思考しこう沸騰ふっとうしていた。

 これは、モンスターどもの意図いと通りの布陣ふじんだ。挟撃きょうげきし、ぼう遠距離えんきょり攻撃こうげき仕留しとめる作戦さくせんだ。そんな、子供でも分かる理屈りくつにすら気づけない、え立つような精神せいしん状態じょうたいだった。

「よくもっっっっっ!!!!!」

 ふかい森で、える。むなしく木霊こだまする。木のバケモノはとおく、やいば到底とうていとどかない。

大量たいりょうのモンスターにかこまれてる人、いてくれ』

 不意ふいに、あたまの中に声が聞こえた。ちょっと年上くらいの、男子の声だった。

一番いちばん大きなやつを正面しょうめんに見て、左手方向にげろ。その先はってつたえる』

 わけが分からず、周囲しゅういを見まわす。見える範囲はんい内には、森の木々と、植物しょくぶつのモンスターどもしかいない。

「こいつらは、ミカを消したのよ! かたきたずに逃げるなんて、できないわ!」

 わたしは、大きくさけんだ。姿すがたを見せない何ものかに向けて、叫ばずにはいられなかった。

『ちなみに、オレは思考しこうを伝えるしかできない。そっちで何か言っても、こっちには伝わらないから、そのつもりでたのむ』

 こちらの精神せいしん状態じょうたいなんて知らぬぞんぜぬの、淡々たんたんとした口調くちょうだった。

『キミと一緒いっしょにいて消えた人は、この世界に入る権利けんりうしなっただけで、無事ぶじだ。キミが消されずにげきれたら、そのあたりもきちんと説明せつめいできる。と、オレらのリーダーが言ってる』

「……えっ?」

 わたしはおどろいた。いかりが急速にめていった。周囲のモンスターどもなんて、どうでもよくなっていた。

携帯けいたい番号をおしえておくから、その気があるならかけてきてくれ』

「ちょっ、ちょっとってよ。わたし、番号暗記あんきできるほどあたま良くないわよ」

『番号は』

 こっちの声はこえないみたいなことを言っていたから、こっちで何を言っても無駄むだなのだろう。

 モンスターの包囲ほうい突破とっぱする。全力で逃げる。頭の中に容赦ようしゃなく聞こえる番号を、必死ひっしに暗記する。

 ミカが無事なら、それで良かった。何か知っているらしい男子から、知っていることを聞きたかった。わたしは、ミカのために、できることなら何でもする覚悟かくごだった。


   ◇


「こんな偶然ぐうぜんって、あるんですね」

 わたしは、地元じもとではメジャーなファーストフードショップの窓際まどぎわのテーブルに、ドリンクのったトレイをいた。四人用の四角いテーブルだ。

「同じ中学校が二人に、近くの高校が一人に、となり町の高校が一人、か。よっぽど、うんが良かったんだな」

 となり町の高校生男子が、窓際まどぎわせきすわった。長身ちょうしんで体格のいい、短髪たんぱつのスポーツマンだ。Tシャツにジーンズとラフな服装ふくそうで、イケメンな笑顔えがおまぶしい。

 ゆめの中では思考を遠方えんぽうに伝えられるテレパシー使いだとも名乗なのった。び名は、おぼえやすいように夢の中と同じ『シバタ』で、と言われた。

偶然ぐうぜんにしては、できすぎだと思うっす。何かしらの作為さくいみたいなものがあると、警戒けいかいした方がいいっすね」

 同じ中学校の同じクラスの男子が、シバタのとなりの席に座った。小柄こがらで、かみがボサボサで、眼鏡めがねで、くらそうな、もとい、勉強べんきょうのできそうなタイプだ。いかにも普段着ふだんぎな、ラフでヨレた服装だ。

 夢の中では、マップ全体のてき味方みかた位置いち把握はあくできる、とんでもない能力のうりょくちらしい。本名ほんみょうは知らないが、『レイト』と呼ばれている。夢の中で人をあつめ、その集まりのリーダーをしているらしい。

「レイトさんは、いつもかんがえすぎですのよ。ユウコさんも、そう思いますわよね?」

 わたしのとなりの席に、近くの高校の女子が座った。明るくやさしい年上の女の人、みたいなかんじだ。背が高くて、美女びじょで、スタイルが良くて、サラサラストレートの長い黒髪くろかみで、オシャレで大人びた、それでいてかたへそ太腿ふともも露出ろしゅつおお独特どくとくの服装だ。

 現実げんじつでは読書どくしょ趣味しゅみ御嬢様おじょうさまゆめの中では投げナイフや投げやりといった投擲とうてき武器ぶき得意とくい戦闘せんとうタイプ、といている。び名は、『トウカ』である。性別、性格、戦闘せんとうタイプ的に、男子二人よりは仲良くできそうな気がする。

「わっ、わたしは、むずかしいことは分かりません」

 わたしは、動揺どうようしながら答えて、ストローを口にくわえた。

 緊張きんちょうする。人見知りではないつもりだったが、年上相手は緊張せざるを得ない。それがイケメンと美女となれば、なおさらである。

 わたしも、レイトと同じくラフな普段着ふだんぎで来てしまった。七分袖しちぶそでのプリントシャツにハーフパンツだ。気持きもちに余裕よゆうがなかったとはいえ、もうちょっとオシャレに気をつかうべきだった。

 オレンジジュースをむ。ぎこちなくむ。きっと、赤いかおをしている。

 ゆめの中でいた携帯けいたい番号を必死ひっしに思い出して、声のぬしとどうにかコンタクトを取れた。情報じょうほう交換こうかんしてみたら、意外いがいと近くに住んでいたので、ってはなすことになった。ち合わせ場所ばしょには、この三人がいた。

「そっ、それより、ミカのこと、あの夢のこと、くわしくおしえてください」

 レイトからは、ミカは無事ぶじだとかされた。ミカ本人にまえ説明せつめいしたいことがあると、近くの店に入ったのだ。

「それは、ボクが説明する。DF《ディーエフ》では、……あ、あの夢の中の森のことを、ボクたちは、『ドリームフォレスト』、りゃくして『DF』と呼んでる」

 レイトが、説明を始める。レイトも緊張きんちょうした様子ようすで、コーラを一口む。

「DFでは、人間と植物しょくぶつみたいなモンスターとがたたかってる。戦う理由はなくて、モンスターにおそわれるから抵抗ていこうしているかんじだ」

「わたしも、ミカも、同じよ。何も分からず森の中にいて、モンスターにおそわれたわ」

 同じクラスの同い年くらいの相手なので、年上よりは話しやすい。気をつかったり敬語けいごを使ったりせずにむので気楽きらくである。

「DFにいる人間は、たぶんおおくはない。存在する時間帯じかんたいのズレがあるだろうから、明確めいかく人数にんずうは分からないけど」

「そういうこまかい情報じょうほうはいいから、ミカがどうなったのか早くおしえてよ」

 わたしはレイトをかした。レイトは、話の長そうな、理屈りくつっぽいしゃべり方をしていた。

「ああ、うん、えっと、DFでやぶれた人間は、DFから追い出されて、DFに入る権利けんりうしなうんだ。同時に、DFでの記憶きおくも、DFの存在も、わすれてしまう」

 レイトが断言だんげんした。

「どうして、そうだって断言できるの? きみがそうなったことはないんでしょ?」

 唐突とうとつに、うたがいが芽生めばえる。語気ごきあらくなる。

 死んだ人間がどうなるのか、生きた人間が説明せつめいする、みたいな話である。断言できるのは、さすがに不自然ふしぜんな気がする。

 ……いや、うたがいたかったのはきっと、それが、わたし自身にとって不都合ふつごう事象じしょうだからだ。ミカがわたしを忘れてしまうなんて、いやだったからだ。

「オレの友だちが、DFで負けて消えたことがあるからだよ」

 シバタがよこから口をはさんだ。

「学校で休み時間に他愛たあいない話をする程度ていどの、うすっぺらい友だちだった。それが、DFでって、背中をあずけ合ってたたかって、とても仲良く、いや、かけがえのない戦友せんゆうになれた」

「それ、分かります」

 わたしは相槌あいづちを打った。わたしとミカの関係かんけいも、まさにそれだ。

「その友だちが、モンスターに負けて、DFから消えた。目をましたオレは、いのるような思いで学校に行って、そいつの無事ぶじ確認かくにんした。感極かんきわまって泣きながら声をかけたが、反応はんのうがおかしかった」

 シバタが淡々たんたんかたる。面白おもしろおかしいわらばなしみたいなかる口調くりょうだが、結末けつまつおそろしいものだと予想よそうがつく。

「そいつは、綺麗きれいさっぱり、DFのことを忘れていた。オレとのせっし方も、うすっぺらい友だちにもどってしまっていた。オレはショックで、一日泣いたね」

 冗談じょうだんのような、事実じじつのような、おどけたむすびだった。

 わたしは、きっと、蒼褪あおざめていた。

「えっ、じゃあ、ミカが、わたしのこと忘れてるかも知れないってことですか? わたし、ゆめの森でミカと知り合って友だちになったんですよ?」

「その覚悟かくごはしておいた方が、いいと思うよ」

 レイトが、同情どうじょうするように、し目がちに答えた。


   ◇


 かよれた、おかの上の中学校に到着とうちゃくした。学校は休みだが、ミカはテニス部の練習れんしゅうに来ているはずだ。

 レイトと二人で、正門から敷地しきちに入る。グラウンドに向かう。

 自然しぜんと、あるきが早まる。一刻いっこくも早く、ミカの無事ぶじ状態じょうたい確認かくにんしたい。したくてしたくてたまらない。

 グラウンドの片隅かたすみの、青いフェンスにかこまれた多目的たもくてきコートに辿たどく。フェンスをつかんで、コートで練習中のテニス部員を凝視ぎょうしする。いのるような気持きもちで、ミカの姿すがたさがす。

 いた! ミカだ! 半袖はんそでシャツたんパンの体操服たいそうふくで元気に練習中だ。

「ミカ! 無事で良かった!」

 わたしは、シバタたちの説明せつめいをすっかり失念しつねんして、ミカに明るく声をかけた。ミカの無事が、それほどにうれしかった。他の色々なんて、どうでもよかった。

 ミカがこっちを見る。わたしは大きく手をる。ミカが歩いてくる。

 ミカの切れ長の目が、いぶかしげにわたしを見る。首をかしげ、躊躇ためらいがちに口をひらく。

だれ? 別のクラスの人? 何か用?」

 完全に、わたしを知らない人の口調くちょうだった。完全に、わたしを忘れていた。

「……えっ、あっ、その」

 動揺どうようしてしまって、まともに答えられるはずがない。

「用がないなら、練習中だから。じゃあ」

 ミカは首をかしげつつ、行ってしまった。

 わたしは、かける言葉をうしなったまま、背中を見送った。

 失意しついが心にちる。液体えきたいみたいにまる失意が、ボコリ、と泡立あわだつ。

 あわえ、ボコボコとき立つ。失意が、いかりに変わる。怒りが、心をあふこぼれる。

「あのバケモノっ……。絶対ぜったいゆるさない……」

 わたしは、フェンスをにぎりしめ、歯噛はがみした。

っぱの王冠おうかんかぶった球体のやつだよね? ボクたちは、植物しょくぶつモンスターたちの王、『王樹おうじゅ』とんでる」

 レイトが、同情どうじょう気味ぎみに声をかけた。

「あいつが、ミカを消したのよ」

「さっきの女子だよね? 消えてはいないと思うけど」

「わたしの友だちのミカは、消えたわ」

 わたしは、はげしく断言だんげんした。

 かたいからせ、大股おおまたで、グラウンドを横切よこぎり、校門へと歩く。レイトがだまってついてくる。

 校門でっていたシバタとトウカが手をっている。

「ユウコちゃん。友だちは、無事だった?」

 合流ごうりゅうと同時に、心配しんぱいげにシバタがいてきた。

「ミカは、無事でした。友だちのミカは、消えました」

 わたしは、くやしさに歯噛はがみしながら、答えた。

 同様どうよう経験けいけんのあるシバタの表情ひょうじょうくもる。結果けっかが分かっていても、結果にがっかりするのは仕方しかたない。

「でしたら、わたくしたちと友だちになりませんこと?」

 トウカが、名案めいあんを思いついた笑顔えがおで、両手をたたき合わせた。

 唐突とうとつ提案ていあんに、わたしはビックリした。キョトンと目を丸くして、トウカを見た。

「あ、あの、お気持きもちはうれしいのですが、今は、そんな気分には」

「そうと決まれば、みんなで一緒いっしょにプリクラをりましょう! ここに来る途中とちゅうで、見かけましたの。私、プリクラって初めてですから、たのしみですわぁ」

「それって、自分がプリクラってみたいだけっすよね、トウカさん」

「まあ、いいんじゃないか。ぎてしまった喪失そうしつなげくよりも、あらたな出会であいをもとめたほうが健全けんぜんだ」

 三人が、勝手かってに話をすすめる。

 わたしは呆然ぼうぜんとして、三人を見つめる。

「あの、今はまだ、そんな気分にはなれないのですが……」

 困惑こんわくしていた。でも、心のどこかには、うれしい気持きもちもあったかも知れない。



少女しょうじょかたなふかもり 第2話 うしなったものとたものと/END

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