少女と刀と深い森

リュカギン

第1話 夢の中の森

 わたしは、ゆめを見ていた。夢の中で、ユウコとばれていた。

 不思議ふしぎな夢だった。ふかい森の中で、一振ひとふりの日本刀にほんとうを手に、植物しょくぶつのモンスターとたたかう夢だった。

 毎晩まいばん、同じ世界のゆめを見る。同じ夢の世界を、たくさんの人が共有きょうゆうしているともく。何ものかの啓示けいじだとか警告けいこくだとか陰謀いんぼうだとか、危険視きけんしする大人もいる。

 でも、普通ふつうの中二女子のわたしには、ゲームであそぶくらいの感覚かんかくしかなかった。


   ◇


 木漏こもれ日の差す森の中をける。木々の間をって、木のみきりあがる。降下こうかいきおいでスカートをひるがえし、つるきついたぼうみたいなモンスターを、日本刀で袈裟懸けさがけに両断りょうだんする。

「まずは一体!」

 いきおあまって土の上をすべりながら、両断したモンスターが消えたのを確認かくにんする。ゆめの中のモンスターは植物しょくぶつばかりで、ったら消滅しょうめつする。まさに、ゲームの世界である。

「ユウコ! 左から来てるよ!」

 友だちの声がこえた。夢の中で出会であって、夢の中で友だちになった、夢の中のはじめての友だちの、同じ中学二年生の女子だ。

 名前はミカで、青髪あおがみのポニーテールで、背が高く、いつも半袖はんそでTシャツにたんパンにブーツの、明るくて運動部うんどうぶっぽい活発かっぱつである。武器ぶき両刃りょうばの大きなおので、両手でにぎり、体全体を使ってりまわす。むねが大きいので、れる。

まかせて、ミカ!」

 大きく答えて、左へとける。ピンク色の長いかみと、白いセーラーふくと、こん色のプリーツスカートが風になびく。お気に入りの赤いスニーカーが草をむ。

 このゆめの世界では、自由に服をえらべる。こんな服がいいな、とかんがえながらねむると、夢の中でそういう服装ふくそうをしている、というかんじである。

 髪型かみがた髪色かみいろえらべる。体格とかむねの大きさは、なぜか選べない。なぜ選べないのか、理解りかいくるしむ。

「いた!」

 っこであるく低木のモンスターを見つけた。たくさんのえだ触手しょくしゅみたいにうごかして、しげったをガサガサとこすった。見た目が気持きもわるかった。

 日本刀をよこかまえる。モンスターに向けて、けるいきおいでむ。横薙よこなぎに振りく。

 低木のモンスターのみきを、一刀両断いっとうりょうだんした。その瞬間しゅんかんに、目の前で消えた。

「二体目! 楽勝らくしょう!」

 わたしは、大きな声でミカに知らせた。

「さすが、ユウコ!」

 ミカが答えた。

 友だちと一緒いっしょというのは、たのしい。やる気が出る。

 しかも、自分が、現実げんじつとはくらべものにならないくらいに強いのである。

 わたしは小柄こがら華奢きゃしゃな女子で、現実で刃渡はわたり一メートル、重量じゅうりょう二キロの日本刀を振りまわす腕力わんりょくはない。かたい木のモンスターを一刀両断する技術ぎじゅつもない。なんなら、森の中を自由自在に走ったりんだりする脚力きゃくりょくや体力すらない。

「次は、どこかなー?」

 われながら、調子ちょうしに乗った声を出した。周囲しゅういにモンスターの姿すがたはなかった。

「ハァ、ハァ。おつかれ、ユウコ。このあたりには、ハァ、もういないみたい」

 ミカがとなりに来て、かたたたいた。いき切れのあら呼吸こきゅうに合わせて、大きなむねれた。

 わたしは、笑顔えがおで手をる。いわゆる貧乳ひんにゅうなので、れる胸はない。

「ミカもおつかれ。今回も楽勝らくしょうだったね。じゃあ、また明日」

「うん。ユウコのおかげだよ。また明日」

 ミカも笑顔えがおで手を振った。姿すがたうすくなって、消えた。わたしの手も、うすくなって消えた。


   ◇


 わたしは目をました。金曜日の朝だ。

 あのゆめを見るようになってから、四日がつ。毎晩まいばん、同じ世界の夢を見る。状況じょうきょうは、日々ちがう。

「おねぇちゃん。早くきないと遅刻ちこくしちゃうよ?」

 半端はんぱけたとびらから、いもうとかおを出した。

 妹は小学生で、小柄こがら華奢きゃしゃで、長い黒髪くろかみの美少女だ。姉妹しまいの身体的特徴とくちょう酷似こくじは、確実かくじつ遺伝いでんだ。

「うん。もう起きるよ」

 清々すがすがしい気分でベッドから立つ。まどける。快晴かいせいに、夏近いすずしい風がく。

 今日も一日、たのしくごせそうな気がする。


「ミカちゃーん! おはよう!」

 わたしは、登校とうこう途中とちゅうのミカを見つけて、大声で挨拶あいさつした。

「おはよう、ユウコちゃん。朝から元気ね」

 ミカがねむそうな目をして手をった。

 ミカは、同じ中学校のとなりのクラスの女子である。ゆめの世界で仲良くなって、現実げんじつ世界で偶然ぐうぜん出会であって、現実世界でも友だちである。

 黒髪くろかみポニーテールと学校の制服以外の要素ようそは、夢の世界とほとんど一緒いっしょである。背が高くて、むねが大きくて、テニス部に所属しょぞくする。さすがに両刃のおのっていない。

 かく言う自分も、長い黒髪くろかみと学校の制服以外の要素は、夢の世界とほとんど一緒である。華奢きゃしゃ小柄こがらで胸がない部分も、無情むじょうにも同じである。そのくせ、日本刀をっていないし、日本刀を振りまわす腕力わんりょくもない。

「ねぇ、ミカちゃん。今日は、どっちに行く?」

「そうだねぇ。だれかの足跡あしあとがあった方向をさがしてみたいかな。他の人たちにえるかも知れないし」

「分かった。いつもみたいに、先導せんどうはおねがいね」

 もちろん、ゆめの世界の話だ。

 ミカはたよりになる。戦闘せんとうは、わたしの方が強い。でも、ミカは判断はんだん的確てきかくで、優柔不断ゆうじゅうふだんなわたしとちがって決断力けつだんりょくがある。

「ミカさん。おはようございます。またゲームのお話ですか?」

 途中まで一緒いっしょに登校するいもうとが、ミカに丁寧ていねい会釈えしゃくした。

「妹ちゃんも、おはよう。今日もカワイイね」

 ミカが笑顔えがおで返した。

 妹がれて、赤いかおをして、わたしの背中にかくれる。あねの友だちで年上の女の人に対する、小学生の女の子の普通ふつう反応はんのうである。

 妹は、夢の世界にはいない。夢の世界のことを知らない。先ほどの会話も、ゲームの話だと思っている。

 当然とうぜんながら、ゆめの世界に行けるのは、現実世界のごく一部の人だけである。全員が行けるなら、夢の中の森は人間でごった返すはずである。四ばんあるきまわってミカにしか出会であえない、なんてはずがない。

げなくても大丈夫だいじょうぶよ~。おねえさんのやさしい友だちですよ~」

 笑顔えがおで追いかけっこする二人を、わたしも笑顔でながめる。

 良い友だちに出会えて、本当にうれしい。夢の世界に行けて本当に良かったと、心のそこから思っている。


   ◇


 森の中をける。木々の間をって、木のみきりあがる。降下こうかいきおいでスカートをひるがえし、人間よりちょっと小さいサイズのキノコ型モンスターを、日本刀でたて一直線いっちょくせん両断りょうだんする。

「五体目!」

 着地ちゃくち衝撃しょうげきひざ吸収きゅうしゅうする。しゃがんだ姿勢しせいで、両断したモンスターが消えたのを確認かくにんする。森のおくに、次のやつが見える。

「その奥、かずおおいよ! 気をつけて、ユウコ!」

 ミカの声がこえた。声のした方、ならぶ木のみきの先を横目よこめにチラと見た。ミカもキノコ型モンスターに、大きな両刃りょうばおのりおろすところだった。

まかせて、ミカ! 全部、ぷたつにしてやるから!」

 われながら、調子ちょうしに乗った声で答えた。

 木々の間をってける。キノコ型の前にすべみ、白いなか横薙よこなぎに両断し、よこを滑りける。前方に、キノコ型の集団しゅうだんが見える。

「六体目! 本当ほんとだ! たくさんいる!」

 わたしは大声で、ミカに知らせた。興奮こうふんしていた。たのしくて楽しくて仕方しかたなかった。

 キノコ型の集団の前におどり出る。かたな横薙よこなぎに振り抜き、最前列さいぜんれつ数体すうたいの、白いうす茶色のかさく。

 致命ちめいふかさに斬れたやつは消滅しょうめつする。斬り込みがあさかったやつは消えずにのこる。分かりやすい。

 かぞえるのも面倒めんどうなくらいに、たくさんのキノコ型がいる。みじかあしみたいな突起とっきがあって、ヨタヨタと覚束おぼつかない足取りでせまる。短いうでみたいな突起もあって、わたしを目掛めがけてヨロヨロと力なくばす。

おそい!」

 わたしは、見たままのことをドヤがお雄叫おたけんだ。ける気がしなかった。こんなザコどもに負ける自分なんて、欠片かけら想像そうぞうできなかった。

 目の前のキノコ型をたて両断りょうだんする。集団しゅうだんの中にいた隙間すきまけ込み、数体をななめに斬りく。そこから、周囲しゅういのやつらを手当たり次第しだいに斬りまくる。

 キノコ型が消える。次々と消えていく。れば斬っただけ、集団の中に空間が広がる。

 外周がいしゅうのやつらがせまってくるけれど、おそい。れったくて、自分から駆け込む。駆けながら、力任ちからまかせに刀で斬りあげる。

 キノコ型がぷたつになる。途中とちゅうまでける。いきおいよく空にぶ。

「まだまだぁっ!」

 わたしは興奮こうふんたのしさにわらって、えた。刀をりあげ、キノコ型の密集地みっしゅうちに飛び込んだ。刀を振りまわし、何体も斬りいた。

 ザコすぎる。てきにもならない。この程度ていどでは、疲労ひろうすらかんじない。

「ユウコ! 何だか、変なのが近づいてきてる! 一旦いったん、ここはなれよう!」

 ミカのぶ声がこえた。いつも冷静れいせいなミカにしては、動揺どうようあせりが感じられた。

 ミカは、ザコモンスターにけるほどよわくはないが、わたしほど強くもない。そのわりに、周囲しゅういの人間やモンスターを感知かんちできる。

 木々に視界しかいさえぎられる森の中で、五感にたよらずモンスターを発見できるのはすごい。不意討ふいうちされたり、せされたり、不利な地形で戦闘せんとうせずにむ。わたしとミカがえたのも、ミカの感知能力のうりょくあってこそかも知れない。

「分かった! ミカがさきにさがって! 追ってくるザコをたおしながら追っかける!」

 答えて、横目よこめにチラとミカの方を見る。少しとおくの木々の間に、ミカの姿すがたが見える。いきあらくし、あせびっしょりで、大きな両刃のおのを両手でにぎり、力いっぱい振りまわしている。

 モンスターからはなれるミカを確認かくにんする。近くのキノコ型をはらう。周囲を警戒けいかいしつつミカを追う。

 キノコ型の集団しゅうだんが追ってくる。足のはこびが覚束おぼつかないだけあって、おそい。追いつかれる心配しんぱいはなさそうである。

「ユウコ! ちょっと不味まずそうな気がする! いつのにかかこまれてる!」

 ミカの声がこえた。

 ミカは冷静れいせいだ。たたかいにすぐ興奮こうふんして近場ちかばしか見えなくなるわたしとは大違おおちがいだ。

「どんなかんじ? どうすればいい?」

 ミカに追いついた。わたしとちがって、呼吸こきゅうあらく、くるしそうだ。

「ハァッ、ハァッ……。えっと、変なのの反対がわ包囲ほういやぶろうか。それが一番、安全な気がする」

 ミカは、わたしとくらべて、あたまもいい。わたしの頭がわる可能性かのうせいもある。わたしは、自分でもビックリするくらいに、脳筋のうきんだと思う。

「分かった。じゃあ、先行せんこうして、包囲を破るわ。ミカは一応、後方をおねがいね」

「うん。ありがとう、ユウコ」

 ミカのしめした方向へと走る。木々の間をって、森の中をける。

 いた。上端じょうたんとがった背の高い木のみきみたいなモンスターがいた。

 たくさんならんでいる。並びのはしが見えない。

 足は、あるのかないのか分からない。はなく、うでみたいな太いえだが一本だけえている。枝の先には長くて太いやりみたいな木のぼうにぎる。

 おくにも並んでいる。何列いるのかすら分からない。たぶん、分厚ぶあつ包囲ほういされている。

 わたしは、駆ける。木々の間をって、分厚い包囲に向けて、突進とっしんする。

 モンスターどもが、一斉いっせいに木のぼうかまえた。わたしの方へと、一斉にはなった。

 ミカはすごい。本当にたよりになる。ミカのおかげで、先手を取れる。

 地面を強くむ。加速する。ぶ木のぼうの下をくぐり、包囲へとむ。

「まず! 一体目!」

 高い木みたいなモンスターの一体の、根元ねもとあたりをななめに両断りょうだんした。かたかった。まとめて何体もたおす、とはいかなそうだ。

 両断したやつが消えるのを確認かくにんし、となりのやつに斬りつける。左下から右上へと斬りあげ、ふかく。そいつも消える。

 そのまま、モンスターの集団しゅうだんの中へと飛び込んだ。長い木のぼうりまわされても、ふところもぐってしまえばこわくないのだ。

 手近てぢかな一体を横薙よこなぎに斬りく。木のぼうきをはだの感覚でかわす。ぼうの振りまわしは、モンスター同士が邪魔じゃまになって、わたしまでとどきもしない。

 包囲の奥行おくゆきは十体くらいだろうか。突破とっぱだけなら何のもない。ちょっとおおめにたおしておけば、ミカも余裕よゆうけられるはずだ。

「たぁっ!」

 力強くむ。両うでに力を込めて、刀を振り抜く。やいばが風をり、硬いみきを斬りく。

 次の標的ひょうてきさだめつつ、そいつが消えるのを確認かくにんする。消えたら、即座そくざに次に斬りつける。

 このモンスターは、きっと包囲専門せんもんみたいなやつなのだろう。これに包囲されてぼうを投げられまくったら、ちょっとあぶないかも知れない。

 でも、そのぶん敵中てきちゅうに飛び込めれば楽勝らくしょうだ。相手には、中に入ってきた敵への対処たいしょ能力のうりょくがない。

 こっちは、この乱戦らんせんこそが専門と言っていい。遠距離えんきょり戦は手も足も出ないけれど、接近せっきん戦はけない自信がある。

「ユウコ、いそいで! 変なのに追いつかれた!」

 ミカのあせった声がこえた。あわてて、必死ひっしだった。

 わたしもあわてて、ミカの方を見た。

 見あげるサイズの、かなり大きなモンスターがいる。木のみきからみ合って球体きゅうたいになっている。球体から、四本の脚状あしじょうの太い木がえる。

 うでは、同じく球体から、太いえだが八本ほどびる。それぞれの枝の先に、丸鋸まるのこみたいな岩の円盤えんばんがついている。

 見た目が、バケモノすぎる。球体の上に、まれた王冠おうかんっている。め、このモンスターどものおう、といった威風いふうである。

「いいから、ミカ! 早く、こっちに!」

 わたしはあせって、さけんだ。

 バケモノと、ミカが交戦こうせんしている。ギクシャクとぎこちなくうごく枝の先の、丸鋸まるのこみたいな円盤えんばん連撃れんげきを、両刃のおので必死にふせぐ。パワーの差が目に見えて、長くはえられそうにない。

 ミカが無理むり承知しょうちで交戦している理由は、わたしでも分かる。ミカがこっちに来たら、あのバケモノと包囲のモンスターに、二人ともはさちされるからである。

「くっ……」

 思わず、うめいた。

 不味まずい。マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ。このままでは、ミカがあぶない。

 手近な木のモンスターを袈裟懸けさがけに両断りょうだんする。とにかく、一刻いっこくも早く、包囲に突破口とっぱこうけるしかない。

「どけっ!」

 次のやつをく。間髪入かんぱついれず、その次を斬る。必死に、全力で刀をる。

 バキンッ、とてつれる音がした。

「しまっ……」

 いや、しまってなかった。刀は折れてない。じゃあ、何が折れた音だったのか。

 わたしは、あわててミカの方を見た。きっと、顔面蒼白がんめんそうはくだった。

 両刃のおのが、れて空にんでいた。バケモノの丸鋸まるのこが、ミカの体にき立っていた。貫通かんつうして、地面にさっていた。

 直後ちょくごに、ミカが消滅しょうめつした。

「あっ、うぁっ……。ミッ、ミカーーーーーッッッッッ!」

 われながら、泣きそうな声が出た。


 このゆめの中でやぶれた人間がどうなるか、わたしはまだ知らない。



少女しょうじょかたなふかもり 第1話 ゆめなかもり/END

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